« 千駄木庵日乗四月二十七日 | トップページ | 小沢一郎を政界から追放することが、維新の第一歩 »

2012年4月28日 (土)

神話の世界と現実世界は断絶していない。今即神代である。

神話の世界と現実世界を断絶させる議論がある。「近代成文憲法上の皇祖とは天照大神ではない」といふ議論はその最たるものである。

「神話の精神」は今日唯今、「天皇の祭祀」に脈々と継承され生きてゐる。わが国には、「今即神代・神代即今」「高天原を地上へ」といふ言葉がある。

西田幾多郎氏は、「神皇正統記が大日本者神国なり、異朝には其たぐいなしという我国の国体には、絶対の歴史的世界性が含まれて居るのである。我皇室が万世一系として永遠の過去から永遠の未来へと云うことは、単に直線的と云うことではなく、永遠の今として、何処までも我々の始であり終であると云うことでなければならない。天地の始は今日を始とするという理も、そこから出て来るのである。慈遍は神代在今、莫謂往昔とも云う(旧事本紀玄義)。日本精神の真髄は、何処までも超越的なるものが内在的、内在的なるものが超越的と云うことにあるのである。」(世界新秩序の原理・「西田幾多郎全集 第十二巻」所収)

「日本精神の真髄は、何処までも超越的なるものが内在的、内在的なるものが超越的と云うことにある」といふことが非常に重要である。わが民族は、神代・天上の理想国を地上・今の代と隔絶した存在とは決して考へなかったのである。神代は時間を超越した実在である。今此処が神代なのである。「神代今に在り、往昔と謂ふ莫れ」とはさういふことを意味する。それは観念的論議ではない。日本の天地自然の中に神々は生きてゐたまふといふわが国の傳統信仰である。

「神代即今」「今即神代」の理想を継承し顕現させることによって、現代を祓ひ清め変革するのである。これが真の「復古即革新」すなはち維新である。「復古」の「古」とは「元初の日本」「永遠にして常に新しい神代」のことである。

現状の穢れを祓ひ錆を落とすために、「元初の清浄なる日本」に帰ることが維新である。

|

« 千駄木庵日乗四月二十七日 | トップページ | 小沢一郎を政界から追放することが、維新の第一歩 »

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/121949/54575139

この記事へのトラックバック一覧です: 神話の世界と現実世界は断絶していない。今即神代である。:

« 千駄木庵日乗四月二十七日 | トップページ | 小沢一郎を政界から追放することが、維新の第一歩 »