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2012年4月26日 (木)

天皇の神聖性について

「近代成文憲法上の『皇祖』とは神武天皇である」という説があるそうである。私は聞いたことがない。天皇の神聖性は、天皇が天照大神の「生みの御子」であらせられ、天照大神の地上における御代理・御顕現であらせられるという事にあるである。

天皇陛下が、登極・即位礼において、「天津日嗣の高御座」(天照大御神の御神霊のおられるところ)にお昇りになるのは、天皇陛下が天照大神の御神霊と一体になられるということである。

『源平盛衰記』には、安徳天皇の御事を「人皇八十代の帝高倉院の后立ちの皇子に坐せば、天照大神も定めて入替らせ給ひて」と記している。日蓮上人は、『高橋入道御返事』という文書に「日本国の王となる人は天照大神の御魂の入代らせ給ふ王也」と書いている。

天皇は、天照大神の地上における御代理として君臨され、その御神格は天照大神と全く同じなのである。だから、「現御神」「現人神」と申し上げるのである。

即位礼の登極の儀式も、大嘗祭も、天照大神の御神霊が天皇の玉體に天降られ、ご一体になられる神聖きわまりない儀式であり祭祀であると拝する。

折口信夫氏は、「古代日本の考へ方によれば、血統上では、先帝から今上天皇が皇位を継承した事になるが信仰上からは、先帝も今上も皆同一で、等しく天照大御神の御孫で居られる。御身体はご一代毎に変るが、すめみまのみことといふ詞は、決して、天照大神の末の孫の方々といふ意味ではなく、御孫といふ事である。天照大神との御関係は、にゝぎの尊も、神武天皇も、今上天皇もみな同一である」(『大嘗祭の本義』)と論じている。

だから、『神皇正統記』には「大日本者神国他。天祖はじめて基をひらき、日神ながく統を伝へ給ふ」と記され、『新論』には「神州は太陽の出ずるところ、元気の始まる所にして、天日の之嗣宸極を御し、終古易らず」と記されているのである。

皇祖は、天照大神である。これは近代成文憲法においてもゆるぎない神話的真実である。『天皇は神聖にして侵すべからず』という条文は、そのことに基づくのである。神話的真実の無視あるいは否定は、神国日本・神聖君主日本天皇を否定することにつながる。

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