« 2012年3月 | トップページ | 2012年5月 »

2012年4月30日 (月)

『維新公論会議』における八木秀次高崎経済大学教授の講義内容

四月二十一日の行なわれた『維新公論会議』における八木秀次高崎経済大学教授の講義内容で印象に残ったことを記します。

「一般の人への分かりやすい説明の仕方として、Y染色体論を用いた。マスコミの若い人たちが味方になった。マスコミの論調が変わった。男系継承の重要性が認識されるようになった。

秋篠宮妃殿下が御年三十九歳で御懐妊された。男子ご誕生の報を聴いて男系継承がつながった、日本がつながったと思った。涙が出た。

古川・羽毛田・園部という人たちは、自分たちの浅薄な発想で伝統を作り替えようとしている。法匪そのもの。歴史の重みを無視。

旧宮家の方々に皇籍に復帰していただき、親宮家を創設していただくのが良い。すっきりする。神話時代からの男系の血統を正しく継承された百%原理主義的制度を作っている。能力ではなく血統で継承し、女系は無い。それが大原則。百%血統原理。血の重みは時間の重み。

大学の法学部では、『日本国憲法』の『前文』から『第一章』と順番に教えない。基本原則(三原理)を抽出して教える。『憲法三原理』は、昭和三十年代に日教組が持ち込んだ原理、『立憲君主制』『議会制民主主義』が原理であるとしても良い。『国民主権』を教えるためにそれに関する条文を教える。『天皇』を教えない。『天皇条項』には批判的に触れる。大学入試でも『天皇』のことが出題されることはない。

国民主権論の『人民主権』は天皇と矛盾する。『ナシオン主権』は過去現在未来の国民。『人民主権』を代表するのは議会。『ナシオン主権』を代表するのは君主。『人民主権』の立場に立つと、天皇は国民主権に対立する悪しき存在とする」。

              ◎

もっと重要なことが語られたのであるが、國體・皇位継承の重大事であるので、小生のメモと記憶によって記すことは遠慮する。

| | トラックバック (0)

千駄木庵日乗四月二十九日

午前は、母のお世話。

午後二時より、新橋生涯学習センターにて、『第22回日本の心を学ぶ会』開催。瀬戸弘幸氏及び小生が「昭和維新とは」と題して講演。活発な質疑応答が行われた。

120429_1425010001

講演する瀬戸弘幸氏

帰途、御徒町にて知人と懇談。

帰宅後は、原稿執筆・資料の整理。

| | トラックバック (0)

2012年4月29日 (日)

昭和維新と現代の変革

近代化・西洋化が、日本の本来的な精神即ち神への仰慕を忘却させた。近代日本の精神的危機は相当深刻であった。近代日本の根本的欠陥は、神々の喪失即ち無信仰である。それは日本傳統信仰の忘却と言ひ換へることもできる。文明開化・西洋崇拝そして日清日露戦争の勝利による国民の慢心がもたらしたものは、神々の喪失であり、傳統信仰の忘却であった。

近代日本の矛盾の克服は現代においても喫緊の課題である

日本の西洋覇道精神・欧化路線即ち近代日本の負の部分に対する反省が昭和維新運動である。昭和維新運動とは日本傳統精神の復興による「近代の超克」を目指す運動であった。近代とは欧米的近代主義である。近代日本が猛烈に勢いで輸入した「欧米近代」なるものへの痛烈な反省である。それは、明治維新の真精神即ち神武創業の精神・日本の傳統信仰の復興であった。しかし、昭和維新は未完に終わった。

神への回帰こそが、近代日本において必要だった。近代の超克・西欧模倣からの脱却は、日本に神々への回帰、日本傳統信仰の復興によって行はれなければならなかった。大正末期から昭和初期にかけての皇道大本や昭和十年代の生長の家が、日本国民の神への回帰を促す運動であったと小生は理解してゐる。

大東亜戦争はアメリカの科学技術と物量に負けたといふ面は勿論ある。しかしそれと共に、日本自身の精神的頽廃=神の喪失・傳統精神隠蔽が大東亜戦争だけでなく近代日本の歴史に大きな影響を与へたことは事実である。

近代日本の矛盾の克服は、現代においても喫緊の課題である。近代の超克・西欧模倣からの脱却は今日においてこそ行はれなければならない。わが日本は、西洋覇道精神を清算し日本傳統精神を復興し日本の神々に回帰しなければならない。

西洋から発した唯物文明・強いもの勝ちの覇道精神を反省し訂正せしめるものとして農耕生活から発した大自然と人間の共生の精神たる日本伝統精神がある。天皇がその祭祀主であられ体現者であられる日本伝統精神よって西洋唯物文明を克服するべきである。日本伝統精神は、現代の危機を打開し将来の日本及びアジアそして地球の救済の力となり得る。

| | トラックバック (0)

千駄木庵日乗四月二十八日

午前は、母のお世話。

午後二時より、靖国神社境内の靖国会館にて、『第一回・先哲に学ぶ会』(日本学協会主催)開催。永江太郎同協会常務理事が挨拶。但野正弘植草学園短期大学名誉教授(水戸史学会理事)が「継承された水戸の心」と題して講演。内容は後日報告します。

120428_1614010001_2

新緑が瑞々しい靖国神社の銀杏並木

120428_140002_2

挨拶する永江太郎氏

120428_140401

講演する但野正弘氏

帰宅後は、明日の『日本の心を学ぶ会』における講演の準備など。

| | トラックバック (0)

2012年4月28日 (土)

小沢一郎を政界から追放することが、維新の第一歩

小沢は、ソウルの国民大学で、「日本は騎馬民族に征服された」「天皇・皇室は騎馬民族の子孫だ」「日本人の若者は漠然と他人に寄生し寄生虫として生きているとんでもない害虫だ」「もともと日本人の親達もどうかしている。日本人は動物にも劣る民族といっても過言ではない」「日本人はもともと民度が劣るから、君達韓国人のような優秀な民族の血を日本人に入れない限り、他人やアジアに寄生して生きる害虫日本人が増えるだけだ」「(日本の古代歴史についても) 韓半島南部の権力者が日本の国家を樹立したもの」「天皇は政府の言いなりになれ」「天皇御陵を暴け」などと言った男である。

小沢は絶対に許し難い国賊であることは間違いないのである。こんな男に権力を握らせてはならない。小沢一郎を政界から追放することが、維新の第一歩である。

| | トラックバック (0)

神話の世界と現実世界は断絶していない。今即神代である。

神話の世界と現実世界を断絶させる議論がある。「近代成文憲法上の皇祖とは天照大神ではない」といふ議論はその最たるものである。

「神話の精神」は今日唯今、「天皇の祭祀」に脈々と継承され生きてゐる。わが国には、「今即神代・神代即今」「高天原を地上へ」といふ言葉がある。

西田幾多郎氏は、「神皇正統記が大日本者神国なり、異朝には其たぐいなしという我国の国体には、絶対の歴史的世界性が含まれて居るのである。我皇室が万世一系として永遠の過去から永遠の未来へと云うことは、単に直線的と云うことではなく、永遠の今として、何処までも我々の始であり終であると云うことでなければならない。天地の始は今日を始とするという理も、そこから出て来るのである。慈遍は神代在今、莫謂往昔とも云う(旧事本紀玄義)。日本精神の真髄は、何処までも超越的なるものが内在的、内在的なるものが超越的と云うことにあるのである。」(世界新秩序の原理・「西田幾多郎全集 第十二巻」所収)

「日本精神の真髄は、何処までも超越的なるものが内在的、内在的なるものが超越的と云うことにある」といふことが非常に重要である。わが民族は、神代・天上の理想国を地上・今の代と隔絶した存在とは決して考へなかったのである。神代は時間を超越した実在である。今此処が神代なのである。「神代今に在り、往昔と謂ふ莫れ」とはさういふことを意味する。それは観念的論議ではない。日本の天地自然の中に神々は生きてゐたまふといふわが国の傳統信仰である。

「神代即今」「今即神代」の理想を継承し顕現させることによって、現代を祓ひ清め変革するのである。これが真の「復古即革新」すなはち維新である。「復古」の「古」とは「元初の日本」「永遠にして常に新しい神代」のことである。

現状の穢れを祓ひ錆を落とすために、「元初の清浄なる日本」に帰ることが維新である。

| | トラックバック (0)

千駄木庵日乗四月二十七日

午前は、母のお世話。ケアマネージャの方と母の介護について相談。

午後からは在宅して、諸雑務・資料の整理など。

| | トラックバック (0)

2012年4月27日 (金)

歴史は繰り返す

歴史は繰り返すと言はれる。今日の日本も幕末当時と同じやうに、内憂外患交々来たるといった状況になってゐる。日本人の英知と行動力によって、この厄介な状況を正しく克服し、乗り切り、発展していかねばならない。

今日、「第三の開国」などといふ言葉が横行してゐるが、「第一の開国」とされる明治維新も、「第二の開国」と言はれる敗戦も、すべて外圧の結果である。敗戦が「第二の開国」だなどと言ふのは言葉のまやかしだ。屈辱的な戦勝国支配体制に入ったのだ。今日「第三の開国」とやらも外圧によって行はれようとしてゐる。

グローバル時代における「第三の開国」といふ危機を克服し乗り切るためには、祖国日本の回復、日本の道統の回復、日本国家・日本民族の総合的力量の回復が断行されねばならない。そして真の独立と自由を回復しなければならない。

そのためには、アメリカとの関係、支那との関係をどうするか、日本の対米自立は実現可能か、共産支那の我が国に対する圧迫をどう撥ね退けるか、これが今後の日本にとって極めて重大な課題である。戦後日本の「吉田ドクトリン」「護憲安保体制」を続けるわけにはいかない。

今日わが日本そして日本国民は、グローバル化の潮流に押し流されないために、そして共産支那・ロシア・南北朝鮮の圧迫に押し潰されないために、確固たる祖国愛・国家意識を回復しなければならない。

孫文は、日本に対して「東洋王道路線と西洋覇道路線のどちらを行くか」と呼びかけた。しかし、今日唯今は、アジアにおける最大のそして最悪の覇道国家は共産支那である。この現実にどうやって対処するのか。

アメリカ覇権主義そして中華帝國主義さらには北朝鮮の暴虐の渦中にあって、わが日本は、祖国の独立と安全を守るために必死になって戦はなければならない。にもかかはらず、残念ながら、国民の多くは日本の傳統精神、國體精神を忘却し、内部から破壊されつつある。

幕末期の『黒船来航』は、グローバリズムの威力だと言はれてゐる。確かにさうであらう。その時、日本国民は朝野を上げて「国家意識」に目覚め、「尊皇攘夷」の精神で国家を確信し、その後、「尊皇開国」の精神で近代化を遂げ、危機を乗り切った。

今日の日本も内憂外患を除去するために、明治維新の精神に回帰し、明治維新と同じように、日本的変革の原理たる「天皇中心の國體の明徴化」の理念を基本とした大変革即ち平成維新を断行しなければならない。日本は、「尊皇攘夷」「神武創業への回帰」といふ明治維新の理想に回帰すべきである。

| | トラックバック (0)

千駄木庵日乗四月二十六日

午前は、母のお世話。

午後二時より、衆議院第一議員会館にて、原口一博衆議院議員にインタビュー。『伝統と革新』次号に掲載のためなり。原口氏とは会合で何回かお会いしたが、ゆっくり話すのは初めて。テレビなどでの印象よりも良かった。

帰途、大手町にて知人と懇談。小沢判決が話題になる。無罪だろうと有罪だろうと、小沢一郎が日本を害する政治家であることに何ら変わりはない。小沢は、最後のご奉公と言うけれど、いったいこれまでどんなご奉公をしてきたのであろうか?権力闘争だけではなかったか。

帰宅後は、資料の整理など。

| | トラックバック (0)

2012年4月26日 (木)

天皇の神聖性について

「近代成文憲法上の『皇祖』とは神武天皇である」という説があるそうである。私は聞いたことがない。天皇の神聖性は、天皇が天照大神の「生みの御子」であらせられ、天照大神の地上における御代理・御顕現であらせられるという事にあるである。

天皇陛下が、登極・即位礼において、「天津日嗣の高御座」(天照大御神の御神霊のおられるところ)にお昇りになるのは、天皇陛下が天照大神の御神霊と一体になられるということである。

『源平盛衰記』には、安徳天皇の御事を「人皇八十代の帝高倉院の后立ちの皇子に坐せば、天照大神も定めて入替らせ給ひて」と記している。日蓮上人は、『高橋入道御返事』という文書に「日本国の王となる人は天照大神の御魂の入代らせ給ふ王也」と書いている。

天皇は、天照大神の地上における御代理として君臨され、その御神格は天照大神と全く同じなのである。だから、「現御神」「現人神」と申し上げるのである。

即位礼の登極の儀式も、大嘗祭も、天照大神の御神霊が天皇の玉體に天降られ、ご一体になられる神聖きわまりない儀式であり祭祀であると拝する。

折口信夫氏は、「古代日本の考へ方によれば、血統上では、先帝から今上天皇が皇位を継承した事になるが信仰上からは、先帝も今上も皆同一で、等しく天照大御神の御孫で居られる。御身体はご一代毎に変るが、すめみまのみことといふ詞は、決して、天照大神の末の孫の方々といふ意味ではなく、御孫といふ事である。天照大神との御関係は、にゝぎの尊も、神武天皇も、今上天皇もみな同一である」(『大嘗祭の本義』)と論じている。

だから、『神皇正統記』には「大日本者神国他。天祖はじめて基をひらき、日神ながく統を伝へ給ふ」と記され、『新論』には「神州は太陽の出ずるところ、元気の始まる所にして、天日の之嗣宸極を御し、終古易らず」と記されているのである。

皇祖は、天照大神である。これは近代成文憲法においてもゆるぎない神話的真実である。『天皇は神聖にして侵すべからず』という条文は、そのことに基づくのである。神話的真実の無視あるいは否定は、神国日本・神聖君主日本天皇を否定することにつながる。

| | トラックバック (0)

千駄木庵日乗四月二十五日

午前は、母のお世話。

午後は、『伝統と革新』編集の仕事。

午後六時より、千駄木のおでん屋「高橋」(通称・高橋おでん)にて、『論語』学習会の方々との懇談会。

帰宅後は、原稿執筆の準備など。

| | トラックバック (0)

2012年4月25日 (水)

『女性宰相待望論の出版を祝う会』における登壇者の発言

『自由社刊「女性宰相待望論」の出版を祝う会』における登壇者の発言は次の通り。

          ○

加瀬英明氏「日本は下り坂を転げ落ちている。これは男に政治を任せて来たから」。

岸信雄参院議員「この九人の女性議員が日本を守り日本を良くする」。

加藤清隆氏(著者)「女性政治家は男性政治家と比べてブレない。いったんこうと決めたら動かない」。

藤岡信勝氏「大学は女子が優秀。政治家も女子が優秀。男性政治家は妥協する」。

小池百合子衆院議員「民主党政権打倒まで髪の毛を切らないことにしたら、今や三つ編みになった。政治は国を守ることが最優先。情報収集のためにもっと予算をつけるべし。中東における私の経験を活かす。意思決定の場に女性がいることが大事」。

山谷えり子参院議員「私は合気道三段。領土議連会長を八年間やっている。四十九の島が無名だった。それらに名前を付けた。正直・勤勉・親切・親孝行の日本人の心を取り戻さねばならない」。

佐藤ゆかり参院議員「私は生粋のナショナリスト。豊かな経済を作るために努力したい」。

稲田朋美衆院議員「国家の名誉を守るためにここまでやって来た。私は総理大臣を目指しています。頑張ります」。

有村治子参院議員「ウーマンリブというと一昔前まではリベラルの人が多かった。日本を愛し、女性だからではなく人間性が愛される政治家になっていきたい」。

亀井亜紀子参院議員「政治家として私は筋を通した。カナダにいた時冷戦が終わった。歴史が動いた。カナダから帰国して日本のテレビニュースを見たら、カルガモが道路を横断したことを報道していた。日本は平和ボケだと思った。今日も朱鷺が雛を生んだことがニュースになった」。

三原じゅん子参院議員「意志の強さは誰にも負けない。サッチャーは『鉄の女』と言われたが、私は鉄よりもダイヤモンドになりたい」。

           ○

女性の権力の問題については色々思いもありますが、今日は記しません。今日の日本の男性政治家に大きな期待を寄せることが出来る人が少ないことは事実です。真正保守の立場に立つ女性政治家が多く活躍していることは実に喜ばしいと思います。

| | トラックバック (0)

千駄木庵日乗四月二十四日

午前は、母のお世話。

昼は、知人と懇談。内外の諸情勢について意見交換。

午後は、『伝統と革新』編集の仕事など。

午後六時半より、虎ノ門のホテルオークラにて、『自由社刊「女性宰相待望論」の出版を祝う会』開催。多くの知人・友人・同志に会う。

Photo

出席した女性議員たち

帰宅後は、原稿執筆。

| | トラックバック (0)

2012年4月24日 (火)

「非義の勅命は勅命に非ず」という考え方は正しいのか。

大久保利通は、第二次長州征伐の時、「非義の勅命は勅命に非ず」と言って、孝明天皇の勅命に従わなくても良いという考えを西郷隆盛に手紙で伝えた。これは臣下として正しい態度であろうか。

自分の意志や思想と一致する天皇を尊ぶことなら誰にでもできる。しかし、自分の意志や思想と異なる行動をされた天皇に対しても忠義を尽くし従い奉るのが真の尊皇であり勤皇である。そのことは、日本武尊の御事績・楠正成の事績を見ればあまりにも明らかである。

久保田収氏は、「楠正成が、わが国史上の英雄として崇拝されて来たのは、その絶対尊皇の精神と行動にある。『太平記』四十巻の中で、近世の人々が最も感動深く読んだものは、正成の活動と忠誠とであった。…天和二年(一六八二)に亡くなった山崎闇斎の学問の流れを汲んだ若林強斎が、その書斎を望楠軒といって、楠公を崇拝する気持ちを明白にし、正成が『仮にも君を怨みたてまつる心おこらば、天照大神の御名を唱うべし』と申したということに感じて楠公崇拝の心をおこした、と伝えている。強斎は、このことばが『わが国士臣の目当』であると考え、正成を日本人の理想像として仰いだのである。」と論じている。(『建武中興』)

正成公がの『仮にも君を怨みたてまつる心おこらば、天照大神の御名を唱うべし』こそ、わが国の臣民のあるべき態度である。天皇を現御神と仰ぎ絶対の信を寄せることが日本の臣道である。尊皇精神とは、日本国の祭祀主として神聖なる君主であられる天皇へのかしこみの心である。

本居宣長先生は、「から國にて、臣君を三度諌めて聽ざる時は去といひ、子父を三たびいさめて聽ざるときは泣てしたがふといへり、これは父のみに厚くして、君に薄き悪風俗也。…皇国の君は、神代より天地と共に動き給はぬ君にましまして、臣下たる者去べき道理もなく、まして背くべき道理もなければ、したがひ奉るより外なし。なほその君の御しわざ悪くましまして、従ふに忍びずと思はば、楠主の如く、夜見の國へまかるより外はなきことと知べし、たとひ天地はくつがへるといふとも、君臣の義は違ふまじき道なり…然れば君あししといへ共、ひたふるに畏こみ敬ひて、従ひ奉るは一わたりは婦人の道に近きに似たれ共、永く君臣の義の敗るまじき正道にして、つひには其益広大なり。」(『葛花』)と論じている。

天皇は現御神であらせられ絶対的に尊ぶべき御存在である。もしも、万が一、天皇の御心や御行動が、自分の考えや思想や理想と異なることがあっても、天皇陛下をあからさまに批判する事は絶対にあってはならない。むしろ自らの祈りが足りないことを反省すべきである。楠正成が言われた如く「仮にも君を怨みたてまつる心おこらば、天照大神の御名を唱うべし」なのである。

天皇陛下が間違ったご命令を下されたり行動をされているとたとえ思ったとしても、国民は勅命に反してはならず、まして御退位を願ったりしてはならない。どうしても従えない場合は自ら死を選ぶべきであるというのが、わが国の尊皇の道であり、勤皇の道であるということを本居宣長先生は教えているのである。

| | トラックバック (0)

千駄木庵日乗四月二十三日

午前は、母のお世話。

昼は、知人と懇談。内外の諸情勢について意見交換。

午後からは、在宅して、諸雑務、原稿執筆など。

| | トラックバック (0)

2012年4月23日 (月)

『西郷南洲翁銅像清洗式』における小生の祝辞

本日行われた『西郷南洲翁銅像清洗式』において、小生は次のような祝辞を申し述べました。

「日本には多くの銅像が建てられていますが、上野公園の西郷像程庶民に親しまれている銅像はありません。西郷さんは、権力や地位に恋々としない人であり慈しみの心を持った人でした。

明治六年の政変で、岩倉具視や大久保利通の策略に遭った時、西郷さんは陸軍大将・筆頭参議・近衛都督の地位にあったのですから、武力を用いて大久保・岩倉を排除することが出来たのですが、それをせず、下野してさっさと鹿児島に帰ってしまいました。また、西郷さんは、戊辰戦争の時、敗者である幕府方に温情をもって接しました。

しかし、天皇・國家を守るためには強い姿勢をもって臨まれ、獅子奮迅の戦いをされました。

『大西郷遺訓』には、「正道を踏み国を以て斃(たお)るるの精神無くば、外国交際は全(まった)かる可からず。彼の強大に萎縮し、円滑を主として、曲げて彼の意に順従する時は、軽侮を招き、好親却て破れ、終に彼の制を受るに至らん。」「國の凌辱せらるるに當りては、縱令國を以て斃るるとも、正道を踏み義を盡すは、政府の本務なり」と書かれております。

我國は現在、支那・韓国・北朝鮮からなめられ、恫喝され、主権を侵され、国家の尊厳性を喪失しています。文字通り、内憂外患こもごも来るといった状況にある今こそ、我々日本人は、『大西郷の精神』を学ばなければなりません。特に政府・権力者は大西郷の精神を継承し、実践する時であると存じます。

| | トラックバック (0)

千駄木庵日乗四月二十二日

朝は、母のお世話。

午前十一時より上野公園にて、西郷南洲翁銅像清洗式挙行。神事・主催者(早瀬内海会長)挨拶などが行われた。小生は祝辞を述べさせていたいた。銅像を清洗した後、紋付袴を着していただいた。この銅像の完成式で、西郷隆盛の未亡人は、着流し姿の銅像を見て弟の西郷従道に『うちの人はこんな格好で人前に出る人ではなか』と言ったといわれている。西郷さんの奥様も喜んでおられるのではないでしょうか。写真は、袴を着用した南洲像とお祝いのお神輿です。

120422_115801

120422_1140010001

帰宅後は、『政治文化情報』発送作業。発送終了。購読者の皆様には火曜日にはお届けできるともいます。

この後、諸雑務。

| | トラックバック (0)

2012年4月22日 (日)

今日の勉強会に出席して考えたこと

今日行われた二つの勉強会はとても勉強になった。國體の根幹にかかわることであり、且つ、「皇室典範」について極めて微妙な内容であった。発表しても差し支えない範囲内で、後日報告させていただく。

そこで、二つの勉強会において私が発言したこと、考えたことを少し書かせていただきたい。

皇室に関する事柄は、何よりも伝統に則して考えるべきである。『現行憲法』の条文を金科玉条にして論じるべきではない。

②「皇祖皇宗」の「皇祖」とは、天照大神の御事であり、「皇宗」とは、瓊瓊杵尊以来神武天皇をはじめとした歴代天皇に御事である。

③国会の開会式、総理大臣の任命式、各閣僚の認証式を拝すれば、天皇陛下が日本国の元首であらせられるのは火を見るよりも明らかである。

④『大日本帝国憲法』の國體条項は理想に近い。現代においてこれをいかに生かすかが大切である。

『皇室典範』は本来「勅定」であり、議会が干渉することはあってはならない。『皇室典範』を衆参両院において審議し改定することは、わが国の伝統を侵すこととなる。戦後、『皇室典範』が『憲法』の下位法になり、皇位継承という皇室の重大事が権力機構である国会で決められてしまうようになったのは、重大なる國體隠蔽、激しく厳密・厳格に言えば「革命」「國體破壊」への道を切り開くものである。

権力機構たる議会や政府が、『皇室典範』改定を行うことは、政體が國體を規制し、権力が権威を規制し、「俗」が「聖」を規制し、臣下国民が、天皇皇室を規制し、権力国家が信仰共同体国家を規制することになる。これは文字通り國體破壊である。衆参両院議員の過半数によって、國體の根幹が変更されたり、否定されたり改変されることは絶対にあってはならないことである。

| | トラックバック (0)

千駄木庵日乗四月二十一日

午前は、母のお世話。

午後二時より、四谷にて、「維新公論会議」開催。犬塚博英氏が座長。八木秀次高崎経済大学教授が講義。質疑応答。

120421_1431010001_2

講義する八木秀次氏

午後六時より、神田学士会館にて、『憲法懇話会』開催。高乗正臣平成国際大学教授が座長。「三潴憲法学から見た憲法試案・國體条項についての議論』をテーマにして出席者が討論。

帰宅後は、明日の式典におけるスピーチの準備など。

| | トラックバック (0)

2012年4月21日 (土)

日本人はなぜ桜の花を好むのか

 桜の季節は終わってしまったが、桜のことを詠んだ代表的な歌は近世の國学者・本居宣長の次の歌である。

 敷島の大和心を人問はば 朝日ににほふ山桜花

 「大和心をどういうものかと人に問われたら、朝日に美しく映える山桜だと答えよう」というほどの意である。

 神の生みたまいし美しい國に生まれた日本人は、美しいものを見たら素直に「美しい」と感動する。その「素直な心」「そのままの心」「純真無垢の心」「無我の心」が、日本民族固有の精神である。それは、理智・理屈・理論ではない。一切の先入観を取り除いた心である。大和心即ち日本伝統精神は、純粋な感性である。嘘の無い心即ち「真心」である。

 「朝日ににほふ山桜花」の美しさは神々しさの典型である。宣長は、日の神の神々しさを讃えている。そこにわが國民信仰の根幹である太陽信仰(天照大神への信仰)があり、神の命に対する畏敬の念がある。

 「真心」とは、一切の偽りも影も嘘もない、清らかで明るい心である。これを「清明心」という。それが即ち大和心である。

 日本人はただ単に感覚的に美しいものを好むのではない。日本人の「真心」は一種の厳粛さ・神々しさを伴う。古代日本人にとって、桜の花に限らずすべての花や草木は宗教的・神秘的存在であった。「花」(ハナ)の語源は、端(ハナ)即ち、物の突き出した所、はし(端)であると共に、幣(ハタ)・旗(ハタ)であったという。「幣」とは、神に祈る時に捧げ、また祓いに使う、紙・麻などを切って垂らしたもので、幣帛(へいはく)・御幣(ごへい) とも言う。日本人は、桜の花を素直に美しく感ずる思いと共に、桜の花にある神秘性・神々しさというものに畏敬の念を持った。

 日本の伝統的な行事である「お花見」の起源は、生命の盛りである花の下に人間が入ることによって、花の精気が人間に移り、自分自身の生命を豊かにするという信仰である。

 日本人は、桜に滅びの美しさを見た。桜はすぐに散ってしまうから、人はなおさらその美しさを感ずるのである。桜が咲いている姿にすぐに散ってしまう影を感じる。桜は、「三日見ぬ間の桜かな」という言葉があるように他の花々よりも咲いている時間が非常に短い。また、雨や風に当たればすぐに散ってしまう。日本人はそういう桜花の「潔さ」をとりわけ好む。これを「散華の美」という。

 日本人は、未練がましく現世の命に恋々としないという精神を抱いている。こうした心は、「七生報國」の楠公精神そして神風特別攻撃隊の「散華の精神」に継承されてゆく。 日本人が最も美しいと感じる窮極的なものは、花そのものや花の命と共に、花の命が開き且つ散る「時」なのである。

 日本人は、花とは見事に咲き潔く散って行くべきであると考えた。人間もまたそうあらねばならないとした。この世に恋々として生き延びるのはそれ自体が汚れた行為であり、潔くないし、醜いと考えた。

 しかし、桜の花の命は、はかなくそして見事に散ってしまえば、それで消滅してしまうのではない。桜の花は散ってしまうのであるが、来年の春になると必ずまた美しく咲く。つまり、花が散るというのは花の命が消滅したのではなく、花の命は必ず甦るのである。肉体は滅びても人の命は永遠である。ただ現世における命には限りがあるということなのである。

 桜の花は散ってもまた来年の春に甦る。滅亡の奥に永遠の命がある。それが楠正成公の「七生報國」(七度生まれて國に報いる)の精神である。理屈なしに素直に國のため大君のために命を捨てるという純粋なる精神もまた大和心なのである。生命の永遠を信じているからこそ、潔く散ることをいとわないのである。

| | トラックバック (0)

千駄木庵日乗四月二十日

朝、母のお世話。

午前十時より、永田町の事務所にて、平沼赳夫衆院議員にインタビュー。『伝統と革新』誌に掲載のためなり。平沼氏とゆっくりお話ししたのは初めてである。礼儀正しく、品格があり、尊皇精神が旺盛な方であることをあらためて実感した。今、こういう政治家はあまりおられないのではないか。

いったん帰宅し、資料の整理など。

午後、六時半より、浅草公会堂にて、『明るすぎる劇団・東州定期公演』鑑賞。深い内容のテーマを明るくコミカルに演じていた。

帰宅後も、諸雑務。

| | トラックバック (0)

2012年4月20日 (金)

対支那戦略と『現行占領憲法』

「わが国は共産支那と経済的互恵関係を維持し『政経分離』で上手に付き合って行くべきだ」という考え方がある。これは間違いだ。田中角栄による「日中国交樹立」以来、こういう考え方で共産支那の経済技術協力を行ってきた結果が今日なのである。今日の支那の経済発展は、日本の協力なくしてあり得なかった。ところが支那はその恩義に報いるのに、わが国に対して様々な内政干渉・主権侵害・軍事的圧迫を行っている。そろそろ日本は支那に対して反撃しなければならない。韓国も同じだ。「漢江の奇跡」は日本の協力なしにできなかった。しかしに韓国は日本に感謝したことはない。それどころか竹島を軍事占領し続けている。

わが国は、アメリカ・インド・アセアン諸国・オーストラリアなどと一緒に、政治的・軍事的・経済的に支那に対する包囲網を構築すべきである。北朝鮮と支那に対しては強硬な姿勢で臨むべきである。

『現行占領憲法』第九条の「国の交戦権は、これを認めない」という規定は、日本が独立国家であるという事を否定している。自衛権とは交戦権である。交戦権が無いのに自衛隊があるのがそもそもおかしい。こんな憲法を持っているから、北朝鮮・韓国・共産支那・ロシアからなめられるのだ。

日米同盟は大切だ。しかしそれはあくまでも対等であらねばならない。日米関係が対等になるには、わが国が自主防衛体制を構築しなければならない。アメリカから押し付けられた『現行占領憲法』を後生大事にしていて、真の日米同盟関係が構築できるはずがない。

日本は「法治国家」と言われている。「法治」とは、どんな法律でも頑なに遵守するという意味ではない。「法」によって国家・国民を守るという意味である。国家と国民を正しく守ることの出来ない「法」は廃棄するのが当然だ。主権・独立・国民の生命財産、そして何よりも日本の歴史・伝統・文化を守るために、『現行占領憲法』を破棄すべきである。それによって支那からの侵略から祖国を守ることができるのである。

| | トラックバック (0)

千駄木庵日乗四月十九日

午前は、母のお世話。

午後からは、在宅して『伝統と革新』編集の仕事。明日行うインタビューの準備。続いて資料の整理など。

| | トラックバック (0)

2012年4月19日 (木)

『日米欧の専門家と語る世界共通の課題ーー第一回東京フォーラムからの報告』における登壇者の発言

四月十七日に行われた東京財団主催『日米欧の専門家と語る世界共通の課題ーー第一回東京フォーラムからの報告』における登壇者の発言は次の通り。

フォルカー・シュタンツェル駐日ドイツ大使「エネルギー・移民・高齢化・介護ケア・資源ナショナリズムにどう対処するのか。二〇一〇年終わりに日本もレアアース問題に直面した。中国の抬頭はヨーロッパにも大きな影響を与えている。ロシアは日欧にとって隣国。インターネットを政府が管理すべきではないという主張をしている海賊党がベルリンで議席を獲得した。一一%の支持を得た。インターネットが如何に大きなインパクトを与えているか。コントロールの問題を議論すべし。日米欧が戦略上の議論を行い、様々な問題についてルール作りが必要。」。

フレッド・ハイアット米ワシントンポスト紙論説委員「政治家が国益のために活動できるのか。アメリカの共和党と民主党は協力できなくなっている。日本は人口動態変化に見舞われている。韓国・インドネシア・東ヨーロッパは民主主義国家になってきつつある。アフガン戦争でアメリカは多くの同盟国と共に戦った。アメリカ国民の多くが支持していた。中国の民主化を世界は辛抱強く待つべきか。共産党以外の政党を求めると刑務所に入れてしまう、政治体制の進化に声を発することが出来ないのが問題。インターネットが我々にとって破壊的であると共に実りあるものになっている。人々は自分の賛成できる記事しか読まないようになった。相手の意見は聞かないという選択をしている。他の若い民主国家がどうやって進んでいったらいいか教えてあげること。マッカーサーの日本民主化のやり方は理想的ではなかった。アラブ世界が繁栄する国になれば素晴らしいでしょう。民主化のシステムについて実務的・技術的な支援ができる」。

デビッド・ピリング英フィナンシャルタイムズ紙コラムニスト「日本に陰鬱な雰囲気がある。政治を進めることが出来ない。次の戦争はサイバーの中での戦いになるという意見があった。パワーとは軍事力経済と言われている。アメリカと日本は防衛予算が減っている。フィナンシャルタイムズには『社説』はあっても謀略は無い。自由に書いている。フィナンシャルタイムズはニュース組織であり、ニューペーパーではない。明確冷静なレフリーの役割を果たす。ちゃんとしたチェックをするのが我々の役目」。

細谷雄一慶應義塾大学法学部教授「二〇一一年二月から中東で民主化が広がった。イスラム諸国で民主化が可能かという議論があったが、速いスピードで民主化が広がった。アラブの春とはそれまでの政権を打倒すると暖かい幸せな季節が来るという希望があるということ。それがどの程度妥当するのか。中国の抬頭によって先進民主主義国はこれからどうなるのか。経済成長を考えるために民主主義はベストなのか。これからの世界はどういう方向に向いているのか。日本・ヨーロッパ・アメリカが共に罹っている病理・行き詰まりの最も重要なものは難しい決断が出来なくなっていること。TPP、増税が出来なくなっている。国民の意見が二つに割れている。民主主義の政治的決断は可能なのか。選挙が左右する。ポピュリズムの問題。民主主義は最も優れたモデルか。政治学の学界ではインターネットガバナンスの問題が広がっている。ソーシャルネットの問題と両方を考えていかねばならない。日本は一九四五年以降、民主主義なしでは経済発展できなかった。アメリカと同じ政治制度を持てと中国に言うべきではない。しかし、中国の政治は民主主義の分野を拡大して行くべし。民主主義は正当性に結びついている。全ての決定に正当性を持つ。難しい時代になっていく。国際秩序が作られるのは世界戦争の後。世界秩序を作るのは非常に難しい。今の秩序は一九四五年の後に米英そしてソ連が作った。国連も然り。今後、日米欧で合意してインドが理解して世界秩序を作る」。

石井正文外務省総合外交政策局審議官「この地域の安全保障を考える時、抬頭する中国と如何に付き合うか。中国が体制の違い、リーダーを選ぶシステムを説明できないところに難しさがある。そういう中国とどう付き合っていくのか。アメリカはアジアに関心を移してきている。世界の脅威は変わってきているのでアメリカ一国では立ち向かえない。各国の協力が必要。ヨーロッパの役割が重要。日本の選択は日米同盟を背骨にして中国と握手をするというのでいいのか。今後はやり方を変えるべし。武器輸出の新しい基準を作り日米同盟をもっと強化すべし。日米・日豪・米豪というネットワークが重要。ルールを守るのは楽だが、新しい国の抬頭でのルールをどうするのか。中国をエンゲージして行く。中国と話し利益を共有するのが大事。日本の国の決断が大事。日本自身の選択が大事。サイバースペースをどう守るか。表現の自由との兼ね合いが問題。国連中心のルール作りが始まる。日米欧が一つになってやる。中露との関係をどうするかに日米欧が協力することが大事。ユーロ危機は中国経済にも大きい影響がある」。

            ○

抬頭する共産支那に日米欧が協力して対応するというのが共通の認識であった。支那の軍事的政治的抬頭というよりも圧迫をまともに受けているのがわが国である。わが国自身が強くなることが大切である。そしてアメリカやヨーロッパ諸国と協力して、共産支那の理不尽にして無法な侵略主義・覇権主義を抑制しなければならない。

| | トラックバック (0)

千駄木庵日乗四月十八日

午前は、母のお世話。

午後一時半より、三田で開かれた大行社幹部会にて顧問の一人としてスピーチ。

帰宅後は、『伝統と革新』編集の仕事・原稿執筆など。

| | トラックバック (0)

2012年4月18日 (水)

近隣諸国のどこに「公正と信義」なるものがあるのか

『現行占領憲法』が諸悪の因であるという事は以前から語られてきたことであるが、最近本当にそのことを実感する。

『占領憲法』の「前文」に、「平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した」と書かれている。

日本国及び日本国民の安全と生存を外国の「公正と信義」に信頼して保持するというのだ。北朝鮮、共産支那・ロシア・韓国という日本のいわゆる「近隣諸国」の何処に「公正と信義」なるものがあるのか。全く馬鹿馬鹿しい考えである。

わが国同胞を拉致しわが国に対するミサイル攻撃を準備し自国民を迫害し餓死させている北朝鮮、軍事力を増強しわが国領土・領海・領空を侵害し尖閣と沖縄侵略を狙っている共産支那、わが国固有の領土南樺太全千島を占拠し続けているロシア、そしてわが国固有の領土竹島を軍事占領している韓国に、公正と信義なるものはかけらもないことは明らかだ。

このような国に囲まれている日本がその安全のみならず生存すらこれらの国に信頼して保持しようなど書かれている「憲法」は一日も早く廃棄すべきである。

| | トラックバック (0)

千駄木庵日乗四月十七日

午前は、母のお世話。訪問介護の方と共なり。

午後二時より、赤坂の日本財団会議室にて、東京財団主催『日米欧の専門家と語る世界共通の課題ーー第一回東京フォーラムからの報告』開催。フォルカー・シュタンツェル駐日ドイツ大使、フレッド・ハイアット米ワシントンポスト紙論説委員、デビッド・ピリング英フナンシャルタイムズ紙コラムニスト,細谷雄一慶應義塾大学法学部教授、石井正文外務省総合外交政策局審議官がパネリストとなり討論。司会は、今井章子東京財団研究員。大変興味深い内容であった。詳細は後日報告します。日米欧が結束して、抬頭する共産支那に対応しなければならないということが語られた。

120417_1513020001

帰宅後は、『政治文化情報』発送準備・資料の整理など。

| | トラックバック (0)

2012年4月17日 (火)

『国民主権論』という革命思想の危険性

『現行占領憲法』に日本國體と絶対に相容れない「国民主権論」が取り入れられたことは、単なる「日本弱体化」などではない。近年の「皇室典範改定論議」を見ていて日本國體破壊の導火線であったと思い知った。また『皇室典範』が『憲法』の下位法となり、衆参両院で改定できるようになったことは、重大なる國體破壊である。

『現行憲法』には、第一条「天皇は、日本国の象徴であり日本国民統合の象徴であって、この地位は、主権の存する日本国民の総意に基く」とある

天皇は、主権者たる国民の総意によってその地位にあるのだから、国民の代表者たる衆参両院議員、そして議員によって指名され選出された内閣の決定に、天皇及び皇族は従わねばならない」という考え方が今日大手を振って歩いている。小沢一郎の不敬発言も、こうした法解釈に基づくのである。

「国民の総意」の「国民」について、現在の生きている日本国民ではなく、過去現在未来にわたる『日本国民』であるという説がある。「占領憲法」を出来得る限り『日本國體』に合致させようという解釈である。しかし、現実には、衆参両院議員の過半数に意思によって『皇室典範』が改定されてしまうのである。それどころではない。衆参両院議員の三分の二の意思によって、「天皇を君主と仰ぐ日本國體」すら廃絶される危険すらある。そんなことはあり得ないという意見もあるだろうが、可能性は皆無ではない。

まさに「諸悪の因は現行憲法」なのである。ともかく、国民主権論という國體破壊思想をわが国から祓い清めねばならない。

| | トラックバック (0)

千駄木庵日乗四月十六日

午前は、母のお世話。

午後からは、在宅して『伝統と革新』編集の仕事。資料の整理など。

| | トラックバック (0)

2012年4月16日 (月)

真の国家変革・危機打開とは

今の日本は混迷を極めている。国家の根幹において危機的状況にある。政権政党もそして野党も、その信頼を失っている。今の日本の危機を打開するであろうという期待を託すことのできる政治家・政党は無いと断言したくなるくらいである。

ただ、自民党や民主党などに多少なりとも存在する真正保守の政治家に期待する。そして、石原慎太郎・平沼赳夫両氏などがリーダーシップをとって真正保守政治勢力を結集すべきと思う。

敗戦後の日本において、戦勝国が行った数々の日本弱体化策謀が、今日の日本の混迷の根本原因である。そのことを正しく見極め、それを是正することが緊急の課題である。

戦後戦勝国が日本に対して行った策謀は、「弱体化」などという生易しいものではない。文字通り、日本の破壊であり、革命であった。それが今日実を結び、花開いているのである。軽々しく論じるべきことではないかもしれないが、皇室に関する様々な問題も、まさに戦争直後に行われた戦勝国による策謀が、今日実を結んでいると言える。

「真正保守」とは、天皇国日本の歴史と伝統を守るという事である。それが現状維持・戦後体制維持の「保守」との根本的違いである。日本の伝統文化を護持し正しく回復することによって現状を正しく変革することが真正保守である。それは「復古即革新」であり、「維新」である。

今日、「維新」という言葉が様々な政治勢力によって安易に語られ過ぎている。真正保守の立場を明確にしない維新は似非維新と断じていい。「尊皇精神」「攘夷の精神」のない者が「維新」という言葉を使うべきではない。

ともかく維新の精神を継承して、真の国家革新を断行すべき時である。

| | トラックバック (0)

千駄木庵日乗四月十五日

午前は、母のお世話。

古語からは、在宅して資料の整理、原稿執筆など。

| | トラックバック (0)

2012年4月15日 (日)

日本国家について

国家を否定し、国旗日の丸や国歌君が代も認めず、愛国心を嫌う人々は、「国家」を権力機構としてのみとらえているのである。権力機構としての国家を否定することは或いは可能かもしれない。例えば「腐敗堕落して政治家や官僚や財界人が好き勝手なことをしているから国に税金なんか納めない」と主張し、それを実行することは可能である。(勿論それによって権力機構から制裁を加えられるだろうが…)しかし、自分が今「父祖の国」「母国」としての国家に生まれ育ち生きている事実は否定できない。

三島由紀夫氏は「私は(国家には・註)統治的国家と祭祀的国家とあると考えて、近代政治学の考えるネーション(国家と訳されている・注)というのは統治的国家だけれども、この統治的国家のために死ぬということは、僕はむずかしいと思う…もう一つネーションというものは祭祀的な国家というものが本源的にあって、これは管理機能あるいは統治機能と全然関係がないものだ。ここにネーションというものの根拠を求めなければ、私は将来守ることはできないのだという考えを持っている。…ラショナル(合理的・注)な機能を統治国家が代表して、イラショナル(非合理的・注)なイロジカル(非論理的・注)機能をこの祭祀国家が代表している。…この二つのイロジカルな国家とロジカルな国家が表裏一体になることがぼくの考えるいい国家なんです」(村上一郎氏との対談『尚武の心と憤怒の抒情』)と語っている。

  

我々の愛する国家とは権力機構としての国家ではない。否定しても否定し切れないところの国である。海という大自然をめぐらし、緑濃き山と清らかな河とを有する国、農耕を営み、優れた文化感覚を持つ国「日本」である。

この麗しき国日本は、村落共同体から出発して、次第にその範囲を広め、日本という国家を形成した。その本質は、地縁・血縁によって結ばれただけでなく、稲作生活から生まれた祭祀を基本とする伝統信仰によって結合している共同体である。その信仰共同体の祭り主が天皇(すめらみこと)なのである。故に日本という国とはいかなる国であるかと問われれば、「天皇中心の信仰共同体である」と答えるのが正しいのである。

 我々日本人が理想とする国家とは、麗しい天皇中心の信仰共同体とこれを統治する政治機構が包含され一体となったものなのである。

 

国家が暴力装置であり支配と被支配との関係の機関的存在であるとして扱われ、国家に対する愛が薄れ共同体意識が無くなりつつある現代においてこのことを正しく認識することは非常に重要であり最大の課題であると言える。

日本という国家は、人の魂が結び合って生まれてきた生命体なのである。日本民族の農耕を中心とする伝統的生活のから培われた信仰(自然信仰と祖霊崇拝・自然と祖霊を神として拝む心)が根幹となって生まれてきた生命体が日本国なのである。そしてその〈むすび〉の中核が日本伝統信仰の祭祀主である天皇である。これが三島由紀夫氏の言う「祭祀的国家」としての日本なのである。

我々はまず以て「国家観」を正しく確立しなければならない。言うまでもなく日本と欧米とは歴史・文化・宗教・社会構造・人間関係を異にしているのだから、日本国を近代西欧流の国家法人説・国家暴力装置説などの「国家観」によって論じてはならない。 

| | トラックバック (0)

千駄木庵日乗四月十四日

午前は、母のお世話。

午後からは、在宅して、書状執筆、資料の整理など。

| | トラックバック (0)

2012年4月14日 (土)

『アジア問題懇話会』における浅川光紀武蔵野大学教授の講演内容

四月七日に行われた『アジア問題懇話会』における浅川光紀武蔵野大学教授の講演内容は次の通りです。

「流れとしてオバマが当選しそう。アメリカ国民は不承不承オバマに託そうとしている。大統領選は州の事情で毎日変わる。三月六日にスーパーチューズディがあった。この時に決まると思われていたが、ロムニーは倒閣が打てなかった。三月二十日にイリノイ州でロムニーが勝った。

常識的には、民主党でも共和党でもアメリカのアジア政策は変わらない。共にアジア重視。二一世紀は太平洋の時代という共通認識。オバマ大統領は国防省に赴いてアジア戦略を国防長官と一緒に発表した。それだけアジアに力を入れているという事。オバマはアジア太平洋地域に軸足を移す。

中国の台頭は現代世界史の世界情勢で最も重要な現象。中国の海軍力増強は西太平洋地域の主要な潜在的脅威。中国の軍事力は台湾独立阻止に必要水準を超える。民主党政権の迷走で日米同盟関係がギクシャクしている。米国はアーシーバトル(空軍と海軍の統合作戦)で対抗。

米陸軍を四九万人に縮小する。ハイテク化により能力を強化する。アメリカは日本ではなくオーストラリアに海兵隊を駐留させる。広範囲に機動力に富むアジア太平洋戦略を展開する構え。

キャンベル米国務次官補は、二月六日の下院外交委員会で証言し、『日本、韓国、オーストラリア、タイ、フィリッピンとの同盟関係を深化拡大させる。東南アジア諸国連合などアジア太平洋地域の地域協力機関への取り組みと関与を強化する』と述べた。

アメリカの経済的困難が対外コミットメントの足枷になる可能性あり。アメリカ国民に厭戦気分あり。日米関係にはアメリカにも日本にも予算上の制約あり。制約の中で同日米協力をするのか。役割分担・相乗効果への期待がある。これから同盟国の軍隊同士の相互運用性の期待が高まる。オバマは、両岸関係に波風が立たないで欲しいと思っている。アメリカは太平洋国家であると宣言したいのではないか。

TPPは共和党政権でも継続する。TPPにアメリカの戦略に押し込まれるという意味合いはない。関税ゼロベースの中で日本の主張をすれば良い。乗ることによって自己主張して日本が豊かになれば良い。

一九九〇年から十五人の首相が交代した。野田総理は小沢の操り人形ではないという事でアメリカに多少期待されている。日本の首相は一年以上続かないという事がアメリカのコンセンサスになっている。野田の後誰になるか、誰もいないではないか、という事で野田を買っているふしがある」。

          ○

無法国家共産支那と国際テロ国家北朝鮮に対峙し、祖国日本の平和・独立を守り抜かねばならない。日本に自主防衛体制が確立していない以上、アメリカとの同盟と協力は不可欠である。加藤紘一等自民党の中にも存在する「日米中トライアングル」などという主張は全く誤りであり危険千万である。また、民主党政権の内政・外交の混乱と迷走は、国家の危機をより一層高めている。

| | トラックバック (0)

千駄木庵日乗四月十三日

午前は、母のお世話。

午後は、『政治文化情報』の原稿脱稿、印刷所に送付。

この後、『伝統と革新』編集の仕事、資料の整理など。

| | トラックバック (0)

2012年4月13日 (金)

『竹内栖鳳と京都画壇展』参観と江戸川公園散策

今日参観した『竹内栖鳳と京都画壇展』は、「皇都千年の歴史を誇る京都は、日本文化を代表する都。美術の面においても水墨画、大和絵、また狩野派、琳派、円山・四条派など日本の絵画のさまざまな様式を生み出してきました。明治、大正、昭和とつづく近代日本画壇においても、京都は、東京とともに重要な拠点となっています。なかでも竹内栖鳳は、東の大観、西の栖鳳と称された、京都画壇の巨星です。はじめ四条派を学びながら、やがて流派にとらわれず西洋画法までも摂取して、新しい日本画の創造にとりくみました。その画技の確かさが高く評価され、昭和12年(1937)には、横山大観らとともに第一回文化勲章を受賞。今回の展示では、栖鳳をはじめ、上村松園、土田麦僊、小野竹喬といった栖鳳の門下から輩出された俊英たち、さらには当時栖鳳の好敵手と認められていた山元春挙など、近代日本画壇の一大勢力である京都画壇に焦点を定めた、精鋭たちの美世界をご堪能いただきます。」との趣旨で開催された。

竹内栖鳳の「鮮魚」「猛虎」「古城枩翠」をはじめ上村松園の「塩汲ノ図」、土田麦僊の「都踊りの宵」、堂本印象の「清泉」、木島桜谷の「嵐晴」などの作品を観る。各作家の「十二ケ月図」という色紙も展示されていた。日本画の美しさをあらためて実感した。日本の美しい風物、日本女性の美しい姿をさらに美しく描いているという感じてあった。竹内栖鳳の描く絵は写実であって単なる写実ではない。見飽きない美しさがある。上村松園は竹内栖鳳の弟子筋にあたるというが、この人の美人画は他の追随を許さない。野間記念館は、講談社の講談社野間記念館は、講談社創業90周年事業の一環として 20004月に設立されました。野間記念館は、講談社の創業者・野間清治氏が、収集した美術品を主体とする「野間コレクション」や、明治から平成にわたり蓄積されてきた「出版文化資料」などが収蔵されている。私設文部省と言われた講談社そしてその創業者の野間清二氏の「力」が大きなものであったかを示す美術館である。

この後、江戸川公園を散策。水神社参拝。創建の年代は不明。祭神は、速秋津彦命、速秋津姫命、応神天皇。「江戸砂子」には「上水開けてより関口水門の守護神なり」とあるという。江戸時代、このあたりは田園地帯で清らかな神田上水が流れていた。早稲田という地名があるくらいだから田園地帯だったのであろう。

神田川(昔は江戸川と呼ばれていた)に沿って歩く。今から四十年ほど前まで不忍通りを江戸川橋行きの都電が走っていた。この公園は神田川の北側の河岸に位置している。江戸時代にはこの辺りに神田上水の堰があったという。桜は、昨日の風雨で大分散っていたが、神田川を桜の花びらが流れていく姿に風情が感じられた。

神田川を流れる桜の花びら。何とも美しい眺めであった

120412_1710010001

桜の花びらを浮かべて流れる神田川

120412_165701

関口芭蕉庵(芭蕉がここに住んでいたという)

120412_1650010001

神田川(旧名江戸川)

120412_164901

水神社(すいじんじゃと読むという)

120412_164601

野間記念館の枝垂れ桜

120412_163401

| | トラックバック (0)

千駄木庵日乗四月十二日

午前は、母のお世話。

午後は、文京区関口の講談社野間記念館にて開催中の『竹内栖鳳と京都画壇展』参観。

この後、江戸川公園を散策。

帰宅後は、『政治文化情報』の原稿執筆。

| | トラックバック (0)

2012年4月12日 (木)

この頃詠みし歌

頭上より鳥の鳴き声聞こえ来て見上げれば春の空うららなり

春来たりそよ風の吹く神宮にあまたの人ら参り来にけり(明治神宮参拝)

限りなく晴れわたりたる春の空 大日輪が輝きてゐる()

晴れわたる天を仰ぎて 大君の御製口ずさむ神宮の森()

春嵐吹き荒ぶ中 墓前祭(金玉均先生墓前祭)

友どちと語り合ふ時に春の雷(同)

無残なる死を遂げし人の墓所(かはどころ)春の嵐が吹付けるなり()

み祭りが終はると同時に強き雨降り来たりける不可思議さかな()

おだやかに一日(ひとひ)過ごせし夜にして一人静かに煙草くゆらす

朝光(あさかげ)に照らされてゐる街眺め今日の一日(ひとひ)が始まらむとす

光明の照り輝ける朝にしてスカイツリーもくっきりと見ゆ

春嵐吹き荒ぶ夜は家に籠り原稿を書く楽しさにをり

風に吹かれ街歩み行く肥満体 しっかりとした足取りで行け

広らけき東御苑に春来たり 桜の花が咲き初めにけり

嵐去り春となりたる東御苑 民草われは一人し歩む

日の本の麗しき伝統を伝へたまふ 皇后さまの養蚕の御業(「皇后陛下喜寿記念特別展・紅葉山(もみじやま)御養蚕所と正倉院裂(ぎれ)復元のその後」展拝観)

(くれなゐ)の色美しき織物を仰ぎて嬉しき晴れし春の日()

皇后様の養ひたまひし繭の玉 宝石の如く輝きてゐる()

胃を病むと嘆きゐる友の傍らに座しつつ長き縁(えにし)を思ふ

友も我も還暦を過ぎて様々な悩みはあれど生き行かむかな

葬儀屋より贈りくれたる葬式の写真を見つつ悲しみ新た

百合の花開き切りたるその姿美しきかも父の仏壇

百合の花の美しき白 父上の遺影の前に置きて祈れり

遠く見ゆる諏訪台の桜咲き初めていよいよ日本に春は来にけり

日暮里の駅に降り立ち満開の桜並木を歩みてぞ行く

谷中大仏 慈悲の尊顔仰ぎては 今此處このまま極楽浄土

命あることのうれしさ桜花咲き満ちてゐる園を歩めば

宇宙人がイランに行きては余計なこと話して世の中を騒がせにけり

友愛といふ甘き言葉を唱へては混乱を起こす愚かなる人

国難の時にはあれど春四月 桜花咲き満つる東京の町

春の夜空渡り行く気球一つ怪しく光り宇宙船のごとし

桜花咲き満ちてゐる町を歩み春の盛りを楽しみにけり

久方の空晴れわたる下にして桜花爛漫 春はめでたし

| | トラックバック (0)

千駄木庵日乗四月十一日

午前は、母のお世話。

午後は、『政治文化情報』の原稿執筆。

午後六時半より、豊島区立地域文化創造館にて、『萬葉古代史研究会』開催。小生が、大津皇子の御歌などを講義。質疑応答。

帰宅後も、原稿執筆。

| | トラックバック (0)

2012年4月11日 (水)

明治維新の精神

今日、多くの政治家や政治勢力が「維新」という言葉を使っている。

わが國有史以来未曾有の大変革であるところの明治維新の基本精神は、慶應三年十二月九日、明治天皇『王政復古の大号令』に示されているように「諸事、神武創業の始に原(もと)づき、……至當(しとう)の公議を竭(つく)し、天下と休戚(きゅうせき)を同く遊ばさる可(べき)き叡念」ということである。「休戚」とは「喜びも悲しみも」という意である。「万事、神武天皇御創業の根本精神にたちかえり、……積極的に筋の通った公正な論議を尽くして、天下の民と喜びも悲しみも共にされるという御心……」というほどの意であると拝する。

 慶應四年八月二十七日に京都御所紫宸殿で行われた明治天皇即位式の『宣命』には、「方今(いま)天下(あめのした)の大政(おほまつりごと)古(いにしへ)に復(かへ)し賜ひて、橿原の宮に御宇(あめのしたしろしめし)し天皇(すめらみこと)御創業(おんことはじめ)の古(いにしへ)に基き……」と示されている。

 明治天皇は、さらに、

「橿原のとほつみおやの宮柱たてそめしより國はうごかず」

「橿原の宮のおきてにもとづきてわが日本(ひのもと)の國をたもたむ」

 と詠ませられている。    

 明治維新の基本精神は、「神武創業への回帰」すなわち、神武天皇が大和橿原の地に都を定められた精神に帰ろうということである。この精神に基づいて大変革を断行したのである。明治維新そして明治期の日本近代化は、実に神武創業への回帰の精神がその根底にあったのである。

 ただし、明治維新の基本精神たる「神武創業への回帰」とは、時計の針を昔に戻すということではなかった。

「諸事神武創業の始めに原(もとづ)き」とは、「復古」の精神であり、「至当の公議を竭(つく)し」「旧来の驕惰の汚習を洗ひ」とは、「革新」の精神である。議会政治を開き民意をきこしめす精神が示されてゐる。「神武創業の精神」に基づいて旧体制(幕藩体制)を根本的に変革し、封建体制を解体し、廃藩置県を断行し、身分差別をなくし、さらには憲法を制定し、議会を開設するなどの大変革を行ったのである。ここに、外国の革命とは全く異なる日本的変革すなはち維新の根本がある。

| | トラックバック (0)

千駄木庵日乗四月十日

午前は、母のお世話。

午後からは、在宅して、明日の『萬葉古代史研究会』における講義の準備、『政治文化情報』の原稿執筆。

| | トラックバック (0)

2012年4月10日 (火)

日本民族の神観念

 <神と人との合一><罪の意識の浄化>を最高形態としている信仰は、日本伝統信仰・神ながらの道である。全人類を戰爭の慘禍から救う道は、日本伝統信仰への回帰である。日本伝統信仰の世界的に宣揚することが私たち日本民族の使命である。

 日本の四季の変化が規則正しく温和な自然環境は、自然を友とし自然の中に神を観る信仰を生んだ。日本民族は、天地自然を神として拝む。神は到る処に充ち満ちています。自然が神である。

 日本の神とはいかなるものか。本居宣長の『古事記伝』には次のように書かれている。 「凡て迦微とは、古御典等(イニシヘノフミドモ) に見えたる天地の諸(モロモロ)の神たちを始めて、其(ソ) を祀(マツ)れる社に坐御靈(イマスミタマ)をも申し、又人はさらにも云鳥獣(トリケモノ) 木草のたぐひ海山など、其余何(ソノホカナニニ) にまれ、尋常(ヨノツネ)ならずすぐれたる徳(コト)のありて、可畏(カシコ) き物を迦微とは云なり」と。

 宣長は「尋常ならずすぐれたる徳のありて可畏(かしこ)きものが神である」と定義している。「可畏し」という言葉の意味は、おそれおおい、もったいない、貴い、はなはだしい等々であろうが、それらを総合したような感情において神を考えるということであろう。

日本民族は、天地自然に素直なる感動と畏敬の念を持ち、天地自然を神として拝んだのである。また、死者の靈も神として拝んだ。一神教の神観念とは大きく異なる。

 それでは、日本民族の神観念と一神教の神観念とは全く相容れないかというとそうではない。日本人の神観念には、「神はこんな形だ」という一定の相形(すがたかたち)はない。神は無限である。だから、神はありとあらゆる姿に現れる。神は無相であると共に無限の相たり得るのである。日も月も山も海も大木も風も水も神として拝まれる。神は本来が無相であり無限であり、どんな姿にでも現れ、我々を護りたまうのである。

| | トラックバック (0)

千駄木庵日乗四月九日

午前は、母のお世話。訪問介護の方と共なり。

午後からは、在宅して、水曜日の『萬葉古代史研究会』における講義の準備、『伝統と革新』誌編集準備、書状執筆など。

| | トラックバック (0)

2012年4月 9日 (月)

萬葉古代史研究會

萬葉古代史研究會

小生が講師となりて「萬葉集」を勉強する會が次の通り開かれます。主要作品を鑑賞しつつ古代日本の歴史精神と美感覚を學んでおります。多くの方々の御出席をお待ちしております。

日時 四月十一日(毎月第二水曜日) 午後六時半より

會場 豊島区立駒込地域文化創造館

東京都豊島区駒込二の二の二 電話〇三(三九四〇)二四〇〇 山手線駒込駅北口徒歩二分

會費 千円

テキストは、岩波文庫本『萬葉集』(佐佐木信綱編)下巻。

初参加の方はテキストはなくても結構です。初めての方でも分かりやすい内容です。

| | トラックバック (0)

谷中散策記・その二

120408_1609010001_2

経王寺山門に残る弾痕。政府軍が撃ったものという。

120408_161501

谷中墓地の桜。満開でした。

120408_1619020001

谷中天王寺の僧侶による声明公演。丁度花祭りが行われていました。『仏像彫刻作品展』も参観しました。

120408_162401

天王寺釈迦牟尼仏像・谷中大仏と呼ばれています。

120408_1625010001_2

天王寺の枝垂桜・満開でした。

120408_1703010001_2

東叡山寛永寺根本中堂。江戸時代はもっと壮麗で巨大でしたが、戊辰戦争で焼失しました。

120408_173701_2

谷中三丁目にある岡倉天心記念公園。お堂の中に岡倉天心像が安置されています。夕日に照らされきれいでした。この地に岡倉が校長をしていた美術学校があったとのことです。

| | トラックバック (0)

谷中散策記・その一

120408_154601

日暮里諏方神社・この神社は諏訪とは書かない。日暮里・谷中総鎮守。

120408_160301

西日暮里養源寺弘法大師像。我が家も真言宗なので何時も拝礼します。

120408_160801

日暮里経王寺本堂・このお寺は日蓮宗。日蓮上人真作といふ「大黒天」が安置されている。戊辰戦争の時、敗走した彰義隊が立て籠もったという。

| | トラックバック (0)

千駄木庵日乗四月八日

午前は、母のお世話。

午後は、日暮里・谷中散策。

夕刻、谷中のあるお寺の住職と懇談。

帰宅後は、書状執筆など。

| | トラックバック (0)

2012年4月 8日 (日)

皇后陛下の御歌を拝し奉りて

皇后陛下は、色々な御苦労を重ねられつつ、天神地祇への祈りを深められ、皇后様としてのご使命を果たして来られた。恐懼のほかはない。皇后陛下に対し奉り、國體否定論者ではなく、國體擁護の立場にある人からも色々な批判を耳にすることがある。中には「正田王朝」などといふ言葉を用いる「學者」もゐる。不届き至極である。

昭和三十四年のご成婚の時、「皇后は民間出身であってはならない」といふ批判が起って以来皇后陛下に対する反感が、、一部の人々に地下のマグマのやうにくすぶり続けて来た。あってはならないことである。

皇后陛下は、皇族・華族の家柄のご出身ではないけれども、宮中祭祀への伺候をはじめ「皇后」としてのご使命を果たされるべくつとめてこられた。

皇后陛下の御歌を拝すれば、皇后陛下が、日本傳統精神そして皇室の傳統を常に重んじられ、回帰されつつ、皇后としての尊き道を歩まれてをられるがか分かる。

平成十五年  皇后陛下御歌

出雲大社に詣でて 

国譲(ゆづ)り祀(まつ)られましし大神の奇しき御業(みわざ)を偲びて止まず

平成十三年

外国(とつくに)の風招(まね)きつつ国柱(くにばしら)太しくあれと守り給ひき 

宮内庁ホームページの説明には「明治の開国にあたり,明治天皇が広く世界の叡智に学ぶことを奨励なさると共に,日本古来の思想や習慣を重んじられ,国の基を大切にお守りになったことへの崇敬をお詠みになった御歌。明治神宮御鎮座八十周年にあたり,御製,御歌の願い出があったが,六月に香淳皇后が崩御になり,今年の御献詠となった。」 とある。 

 

平成十一年

結婚四十年を迎えて 

遠白(とほしろ)き神代の時に入るごとく伊勢参道を君とゆきし日

平成八年

 終戦記念日に 

海陸(うみくが)のいづへを知らず姿なきあまたのみ霊(たま)国護(まも)るらむ

平成五年

 御遷宮の夜半に 

秋草の園生(そのふ)に虫の声満ちてみ遷(うつ)りの刻(とき)次第に近し

平成三年

 立太子礼 

赤玉の緒(を)さへ光りて日嗣(ひつぎ)なる皇子(みこ)とし立たす春をことほぐ

平成二年

 明治神宮御鎮座七〇周年 

聖(ひじり)なる帝(みかど)にまして越(こ)ゆるべき心の山のありと宣(の)らしき 

宮内庁ホームページの説明には「この御歌は,明治天皇の御製『しづかなる心のおくにこえぬべきちとせの山はありとこそきけ』を拝してお詠みになったものです。」とある。

   御即位を祝して 

ながき年目に親しみしみ衣(ころも)の黄丹(に)の色に御代の朝あけ 

畏れながら、「遠白(とほしろ)き神代の時に入るごとく伊勢参道を君とゆきし日」の御歌は、「今即神代」「神代即今」といふ日本傳統信仰の基本精神を、つつましくも清らかに歌はれた御歌と拝する。

「赤玉の緒(を)さへ光りて日嗣(ひつぎ)なる皇子(みこ)とし立たす春をことほぐ」の御歌は、皇太子殿下は、天照大御神の靈統を継がれる御方であるといふ古来の傳統信仰すなはち現御神信仰を歌はれたのである。

| | トラックバック (0)

千駄木庵日乗四月七日

午前は、母のお世話。

午後二時より、内幸町の日本プレスセンターにて、『アジア問題懇話会』開催。浅川公紀武蔵野大学教授が「米大統領選挙の行方とアジア」と題して講演。質疑応答。

120407_152301

講演する浅川氏

この後、有楽町の日本外国特派員協会にて開催された『藤田裕行君と佐藤ひろみさんの結婚を祝う会』に出席。菅家一比古氏が祭主となり、神事執行。そして、披露宴が行われた。多くの同志友人が参列されていた。

120407_1642010001

帰宅後は、『政治文化情報』の原稿執筆など。

| | トラックバック (0)

2012年4月 7日 (土)

石原・平沼両氏は亀井氏と手を組んで新党など結成しないよう強く望む

私は亀井静香という政治家に小沢一郎ほどではないが、好感を持っていない。

亀井静香氏は、金融・郵政担当大臣だった平成二十一年十二月二十七日、テレビ朝日の番組で、同月二十四日に、天皇陛下に謁を賜った際、「権力の象徴だった江戸城に今もお住まいになるのは、お立場上ふさわしくないのではないか。京都か、(亀井氏の地元の)広島に(お住まいになれば)」と申し上げたことを明らかにした。

閣僚が、天皇陛下に対し奉り申し上げた話の内容を明らかにするのは、『皇室の政治利用』につながる恐れが十分にあり、あってはならないことである。

一閣僚の分際で、天皇陛下に京都のお遷り願うなどという重大な事柄を、軽々しく申し上げるなどということは、まことに以て不謹慎である。まして、自分の選挙区の広島にお遷りになったらいいなどと申し上げるなどということは、不敬千万であり、『皇室の政治利用』の最たるものである。亀井氏は即刻罷免されるべきであった。

亀井氏は、平成二十年十一月、田母神俊雄氏が航空幕僚長を更迭された時にも、テレビ番組で「田母神だか、死神だか知らないが」と言って、田母神氏を侮辱した。

このような人物が政治家として大手を振って歩き、新党結成など言っている日本という国は全くおかしい。石原・平沼両氏はこんな人物と手を組んで新党など結成しないように強く望む。

| | トラックバック (0)

千駄木庵日乗四月六日

午前は、母のお世話。医師の往診あり。母と小生が診察を受ける。

午後は、医療関係に詳しい知人と懇談。母と小生の健康問題を相談。

この後は、在宅して、『政治文化情報』の原稿執筆など。

| | トラックバック (0)

2012年4月 6日 (金)

祭祀と現代の危機

宮中祭祀は、現代に生きる神話である。個人の生存も共同体の存立も「肇(はじめ)の時」「始原の時間」への回帰が大切である。個人も共同体も年の初めに新たなる希望と決意を燃やす。祭祀とはその「肇の時」「原初への回帰」の行事である。

日本の神話は、天皇の祭祀によって生きた現実として太古より今日まで継承されてきてゐる。世界に国家多しといへども、建国以来、国家元首が祭祀を行ひ続けてゐる国は日本のみである。宮中祭祀は、現代に生きる神話であり、文化・文藝・政治・経済・宗教など人間のあらゆる「いとなみ」を聖化し「いとなみ」の模範となる行事である。これを廃絶せよなどといふ論議は、まさに狂気の沙汰としか言ひやうがない。

大嘗祭・新嘗祭をはじめとした宮中祭祀には、日本民族の傳統的世界観・国家観・人間観・神観が示されてをり、日本文化の中核である。

祭祀は、原初・始原への回帰であり、天地宇宙開闢への回帰である。それがそのまま新生となり革新となる。決定的な危機に際して、「原初の神話」を繰り返すことによってこれを打開する。

宮中祭祀を中核とする日本の祭祀は、自然神と祖霊を祀る行事である。今日、公害・自然破壊・核兵器・原発事故など物質文明・近代科学技術文明が生んだ様々な「悪」によって人類全体が大きな危機に瀕してゐる。科学技術文明が徹底的に生態系を破壊せんとしてゐる。文明の進歩によってかへって人間の生命が蝕まれ精神が荒廃してゐる。さらに、「自然との共生」どころではなく、自然の猛威によって人類が大変な苦難に遭遇している。

かかる状況を打開するためには、イデオロギーや特定の教義によるのではなく、自然と共に生きるといふ日本傳統信仰を回復し、自然と人間に宿る生命を護る態度を養ふことが大切である。宮中祭祀を中核とする日本傳統信仰の祭祀こそ、その原基となるのである。

| | トラックバック (0)

千駄木庵日乗四月五日

午前は、母のお世話。

午後は、諸雑務。

午後四時より、西荻窪にて、『伝統と革新』誌次号の編集会議。終了後、出席者と懇談。

帰宅後は、資料の整理。

| | トラックバック (0)

2012年4月 5日 (木)

「皇后陛下喜寿記念特別展・紅葉山御養蚕所と正倉院裂復元のその後」展を拝観して

今日参観した「皇后陛下喜寿記念特別展・紅葉山(もみじやま)御養蚕所と正倉院裂(ぎれ)復元のその後」展は次のような趣旨で開催された。

「皇室の伝統文化の一つに,明治四年,昭憲皇太后がお始めになり,大正,昭和を経て平成の御代に入った今も,現在の皇后さまにより大切に引き継ぎ,保たれているご養蚕があります。近年,皇后さまがお育ての日本純産種の蚕である『小石丸』から採れる大変に繊細な絹糸が,古代裂の復元に不可欠なものであることが明らかになり,正倉院宝物の復元や貴重な文化財の修理に用いられたことから,次第に人々の間に伝統的な養蚕や古くより日本に伝わる絹糸に対する関心が高まってきています。

この度,宮内庁では,皇后さまが喜寿を迎えられたことを記念し,ご養蚕に関係する品々,これまで二十余年にわたり大切にお育てになり,十六年間にわたり,欠かさずに御下賜を続けられた小石丸の絹糸によって復元された正倉院宝物の染織品や,傷んだ表紙裂(ひょうしぎれ)及び巻緒(まきお)の修理を行った鎌倉時代の絵巻の名品『春日権現験記絵』(かすがごんげんきえ)などの展示を通し,文化的にも意義深い貢献となった皇后さまのご養蚕につき,紹介することといたしました。…公的なお務めを果たされる中,年毎に行われるご養蚕の諸行事にご出席になり,桑摘みや御給桑を始め様々な作業に携わっていらっしゃる皇后さまには,こうした養蚕のお仕事を,歴代の皇后さまからお譲られになったお仕事として大切になさっており,作業をお助けする関係者の助力に感謝されつつ,楽しくお続けになっていらっしゃいます。また,蚕とは異なり,戸外のケージの中で櫟(くぬぎ)の葉で育つ野生の蚕である天蚕の発育も,若木に卵をつけられてからの成育,繭の完成までを常に注意深くご覧になり,こちらは天皇陛下もその飼育環境の改善等にご関心をもたれ,時にご一緒に作業をなさることもあります。

日本の風土に根付き,人々の知恵と努力に支えられてきた産業や文化の古き良きものを大切に伝えていこうとされるご姿勢は,皇室の様々な伝統文化を継承されること全てにつながっているとも言えましょう。

明治の初めに昭憲皇太后が始められて以来,貞明皇后,香淳皇后,そして皇后さまへと引き継がれてきた宮中のご養蚕に,平成の御代,奈良期の古代裂(こだいぎれ)の復元という新たな道が開かれました。その成果や関係する品々をご覧いただき,紅葉山のご養蚕に,ひいては広く日本の養蚕につき一層理解を深めていただければ幸いです。」(案内書)

純国産の小石丸などの紅葉山御養蚕所の繭、天皇陛下から皇后陛下に贈られた糸箪笥、皇后陛下がお作りになった藁蔟(蚕が繭を作るときの足場にするもの)など御養蚕所で飼育されている日本純産種の蚕などの養蚕用具,小石丸の繭から採れる糸を使用して復元された正倉院裂、『春日権現験記絵』、高村光雲作の木彫『養蚕天女』像などを拝観した。

皇室の麗しい伝統を目の当たりにすることができた。皇后さまのお育てになった蚕によってつくられた絹の生糸・織物などは実に美しかった。

稲作と養蚕は、日本国の大切な生産の営みであり、わが国の重要な産業である。天皇陛下は皇居内で稲作を行なわれ、皇后陛下は養蚕を行なわれる。これは、民のなりわい・生業を、両陛下が御自ら実践されるということであり、まさに『君民一体』のわが國體を体現あそばされているのである。まことにありがたき限りである。

天照大御神は五穀の生産と養蚕を始められたと『日本書紀』に記されている。日本国の統治者が、御自ら稲作と養蚕を行なわせられるのは、神代以来の伝統なのである。宇佐八幡神宮に鎮まる養蚕神社は、天照大神が御祭神である。

人代においては、雄略天皇の六年三月、皇妃御自らみずから桑こきをして養蚕をされたと『日本書紀』に記されている。

神代以来の日本の良き伝統の保持と継承を、天皇皇后両陛下御自ら実践せられていることに無上の感激を覚えた。

天皇皇后両陛下がご成婚あそばされた昭和三十四年四月十日は、小生が中学校に入学した直後であった。桜が咲き、よく晴れた日であったと記憶している。

天皇皇后両陛下の萬壽無窮を衷心より祈念し奉ります。

| | トラックバック (0)

千駄木庵日乗四月四日

午前は、母のお世話。訪問介護の方と共なり。

午後は、皇居東御苑の三の丸尚蔵館にて開催中の『皇后陛下喜寿記念特別展・紅葉山御養蚕所と正倉院裂復元のその後』展拝観。

続いて、東御苑散策。

120404_1449010001

120404_1551030001

120404_1609010001

120404_1609020001

帰宅後は、明日の会合の準備、原稿執筆。

| | トラックバック (0)

2012年4月 4日 (水)

日本伝統信仰と天台本覚論

梅原猛氏がこれからの文明論として大切であると指摘した「天台本覚論」と日本人の自然観について論じてみたい。

佛教が日本に受容されたのは、佛教と日本伝統信仰の根底にある自然観が、非常に共通するものがあったからである。日本人は、天地に遍満する自然神を八百万の神として仰いだ。佛教も、天地自然を佛の命として拝んだ。自然と日本の神と佛の三つは一つのものとして把握されたのである。それは日本の自然が美しく人間に対してやさしい存在であるからである。神佛習合(日本の神道と外来の佛教とを結びつける信仰思想)は日本の自然環境が生んだと言ってもいい。

佛教と日本の伝統信仰とが、融合する形で現れたのが天台本覚論である。天台本覚論とは、平安後期に始まり、中世に盛行した現実を肯定的にとらえる佛教理論で、「本覚」とは人間に本来的にそなわっている悟りの心のことである。

天台本覚論は、人間および天地自然は佛の命そのものであると説く。天台本覚論には「一切衆生悉有佛性」(天地一切の生きとし生けるものはすべて佛性を持っている)「草木國土悉皆成佛」(草木も國土もみな成佛している)という言葉がある。これは日本伝統信仰の自然の神を見る精神と同じである。

日本において、自然も人間も佛と分かちがたい存在であるとする天台本覚論が生まれたのは、現実世界をそのまま神の生きる國であるとする現世肯定的な日本の伝統信仰があったからである。本覚思想が佛教の融合を促進した理論であったと共に、本覚思想を生んだのも日本伝統信仰だったのである。

| | トラックバック (0)

千駄木庵日乗四月三日

早朝より、母のお世話。

午後からは、在宅して、原稿校正、執筆、資料の整理などをして過ごす。

夕方から春の嵐が吹き荒ぶ。

『昭和維新青年日本の歌』の

「見よ九天の雲は垂れ  四海の水は雄叫(おたけ)びて  革新の機(とき)到りぬと  吹くや日本の夕嵐」

という一節を思い起こした。

| | トラックバック (0)

2012年4月 3日 (火)

自然に宿る神や霊魂を畏敬する心を復活することが大切

津田左右吉氏は「萬葉歌人の自然に対する態度についていふべきことは、自然を我が友として見、無情の生物を人と同じく有情のものとすることである。」(『文学に現はれたる我が国民思想の研究』)と論じてゐる。

古代日本人は、自然も人間と同じやうに生きてゐるものであり、神が宿ってゐるものなのだと信じたのである。「有情非情同時成道、山川草木国土悉皆成仏」といふ「天台本覚思想」は、まさに古代日本の信仰精神を継承し、仏教的に展開した思想である。

古代日本人にとって、自然は人間と対立するものではなく、人間と一体のものであった。だから西洋のやうに「自然を征服する」とか「自然を改造する」などといふ考へ方は本来なかった。

古代日本人は、人生も自然であり、人の生活は自然の中にあるものであって、人間は自然の摂理と共に生きるべきと考へた。

「山びこ」(山の谷などで起こる声や音の反響)のことをこだま即ち「木霊」「木魂」といふ。山野の樹木に霊が宿るといふ信仰から出た言葉である。まさに日本人は、山野に霊が宿ってゐると思ひ、深山幽谷は古代人の眼から見れば、精霊の世界だったのである。

かうした信仰精神を今日に蘇らせることが自然保護の最高の方策である。法令や罰則の強化は必要ないとは言はないが、それ以前に、自然に宿る神や霊魂を畏敬する心を復活することが大切である。

| | トラックバック (0)

千駄木庵日乗四月二日

午前は、母のお世話。訪問介護の方と共なり。

午後は、原稿執筆。(『月刊日本』に連載中の『萬葉集』講義)

夕刻、若き日にお世話になった先輩方と懇談。「光陰矢のごとし」という言葉を実感。

帰宅後も、原稿執筆。

| | トラックバック (0)

2012年4月 2日 (月)

梅原猛氏の話を聞いて・日本伝統信仰への回帰による危機の打開

NHKのEテレ(以前は教育テレビと言っていた)で、今日の午後六時から放送された「311をどう生きる」という番組で、哲学者の梅原猛氏が述べたことを紹介します。

「現代文明を乗り越える思想は日本にある。山川草木国土悉皆成仏という思想である。地球上のあらゆるものに仏が宿っている、魂を持つという思想である。これは縄文以来の日本の思想を受け継いだもの。草木も石も仏性を持っているという思想。木がものを言う。宮沢賢治の世界。木が、人間と同じような悲しみを持っている。植物を中心に見て共存する。

『君が代』の『さざれ石が大きな岩となる』という歌に草木国土悉皆成仏の心が込められている。石も生きている。

自分の命は過去から受け継ぎ、未来へ続く。永劫回帰の思想。自然に対する畏敬の念。人間と自然が永劫に交わっていく。原始的生命は未来永劫に続いていく。生命を与えてくれる自然に対する深い畏敬の念が文明の中心にならねばならない。

エジプトに行って太陽崇拝を見たことが日本思想を見直す大きなきっかけとなった。エジプトではナイル川の増水と太陽の光が農業を栄えさせた。ラーの神、太陽神を崇拝し、水を大切にした。日本仏教は大日如来を崇め、水の瓶を持つ十一面観音を大切にした。太陽と水が日本の神の中心。

ギリシア文明で自然との共生が失われた。森が破壊された。ギリシアとユダヤはそういう思想。ギリシアは海賊国家。太陽の恵みを忘れた文明が近代文明。それが現代に続き原子力をエネルギーの根源として使っている。脱原発=自然エネルギーに帰っていくことは、エネルギーの問題ではなく宗教の問題。太陽と水への崇拝に回帰しないと人類は滅びる。

日本神道の本質は自然の恐ろしさから出発。捧げ物をすることによって恐ろしい自然を、恵みの自然に変えていく。自然は暴君のような恐ろしいものであると共に、慈母のような優しいものである。人間と自然を分け、人間を主体とする思想を反省するべし。

日本人はヨーロッパ文明・科学技術文明の恩恵を受けた。しかし、西洋科学技術文明のマイナス面が広島長崎の原爆と今度の原発災害。世界への教訓。世界史的教訓。

トインビーが四十年前に来日し対談した。トインビーは『日本は植民地にならず西洋文明を取り入れた。新しい歴史は非西洋文明が作る。それがどういう原理かは君が考えろ』と私に言った。その宿題への回答である。

西洋文明には感謝しなければならないが限界がある。今の文明は間違っている。新しい哲学を作る。それが亡くなった人たちへの鎮魂だ。」

            ◎

「山川草木国土悉皆成仏」というのは、平安時代以降の日本仏教の原点と言っていい「天台本覚思想」である。私はこの言葉を高校時代に谷口雅春先生の著書で初めて知った。「草木もの言う」「自然に神が宿る」という信仰は、日本伝統信仰である。日本神道は太陽神と国土の神と水の神を崇める。龍神信仰は水の神への信仰である。全てに神を観る日本伝統信仰への回帰が現代の混迷を打開するのである。こういう思想は、中河与一先生も論じておられた。

奈良の大仏も大日如来も、日本の太陽信仰・天照大御神信仰の仏教的展開である。

それともう一つ、日本伝統信仰の大きな柱が祖霊崇拝・死者への鎮魂である。

| | トラックバック (0)

千駄木庵日乗四月一日

午前は、母のお世話。

午後からは、在宅して書状執筆、原稿執筆の準備など。

| | トラックバック (0)

2012年4月 1日 (日)

独立不羈三千年来の大日本

何処の國の革命も変革も、洋の東西・時の今昔を問はず、外國との関連・外國からの圧力によって為し遂げられた。古代日本の大変革たる大化改新も支那・朝鮮からの侵攻の危機下に行はれた。ロシア革命も日露戦争・第一次世界大戦の影響下に行はれた。

明治維新もしかりである。アメリカなどの西欧列強は「征夷」の意志と力を喪失し弱体化した徳川幕府に付け入って武力による威圧で屈辱的な開港を日本に迫った。徳川幕府は、外圧を恐れかつ自らの権力を維持せんとしてそれを甘受しやうとした。

かうした状況下にあって、國家の独立と安定と統一を保持するために、日本の傳統と自主性を體現する最高の御存在たる天皇を中心とした國家に回帰した。欧米列強の侵略から祖國日本を守るための國家體制は、神話時代からの傳統的君主である天皇を中心とする國家に回帰しなければならないといふことが全國民的に自覚されたのである。

戦國時代の覇者たる徳川氏は國家の「擬似的中心者」たるの資格を喪失した。天照大神そしてその地上的御顕現たる日本天皇の御稜威によってこそ日本は護られ独立を維持することができたであり、東照大権現=徳川家康以来の将軍家の権威では國難を打開できなかったのである。

吉田松陰は、安政六年四月七日付の北山安世宛書状で、「独立不羈(ふき・束縛されないこと)三千年来の大日本、一朝人の覇縛(きばく・つなぎしばること)を受くること、血性ある者視るに忍ぶべけんや。……今の幕府も諸侯ももはや酔人なれば扶持(ふじ・そばにゐていたすけささへること)の術なし。草莽崛起の人を望む外頼なし。……草莽崛起の力を以て近くは本藩を維持し、遠くは天朝の中興を輔佐し奉れば、……神州に大功ある人と云ふべし」と書いた。

質の高い統合を実現してゐる國家に強大な外敵が出現した場合、民族的一體感・ナショナリズムが沸き起こるのは当然である。天皇中心の國體を明らかにして強力な統一國家を建設し外圧を撥ね除けようとしたのが明治維新である。

今日わが國は、政治の混乱・経済の停滞・道義の低下・外圧の危機が顕著になってゐる。そのうえ、未曽有の自然災害、原発事故災害も起こった。それは明治維新前夜よりも深刻な状況である。そして人々の心の中に恐怖と不安と空虚感が広まっている。これを克服するためには、日本民族としての主體性・帰属意識そして自信を回復する以外に無い。今こそ傳統的ナショナリズムが勃興すべき時である。

わが國の歴史を回顧すると、國家的危機の時こそ、尊皇精神・愛國心が勃興し、その危機を乗り切ってきた。白村江の戦ひに敗れ、唐新羅連合軍のわが國への侵攻の危機に見舞はれた時には、大化改新を断行し、天皇中心の國家體制を明徴化した。壬申の乱の後には、皇室祭祀および伊勢の神宮祭祀の制度が確立し『記紀』『萬葉集』が編纂され天皇中心の國家思想が正しく確立された。元寇の時には、それこそ全國民的に神國思想が勃興し國難を乗り切った。幕末の外患の危機に際しては、尊皇攘夷をスローガンとする明治維新が断行され、日本の独立を維持し近代國家として出発した。

今日の日本の危機的状況も、ナショナリズムの興起・日本傳統精神の復興により必ず打開し乗り切ることができると確信する。

| | トラックバック (0)

千駄木庵日乗三月三十一日

朝、母のお世話。

午前十一時半より、青山霊園にて、『先覚 金玉均先生墓前祭』執行。坪内隆彦氏が司会。頭山興助氏が祭主挨拶、犬塚博英氏が呼掛け人代表挨拶を行った。福永武氏が斎主となり、祭儀が執行され、祝詞奏上・金玉均先生碑文奉唱・玉串奉奠などが行われた。そして、元韓国空軍大佐・崔三然氏が挨拶した。木村三浩氏が実行委員長挨拶を行い、終了した。

120331_114501

金玉均先生墓

120331_114601

頭山興助氏

120331_114801

犬塚博英氏

120331_115101

祭儀

この後、安念ビルにて、意見交換会が行われた。

120331_1437010001

意見交換会

「春嵐 吹き荒ぶ中 墓前祭」

「友と語らふ 時に響ける 春の雷」

帰宅後は、原稿執筆の準備など。

| | トラックバック (0)

« 2012年3月 | トップページ | 2012年5月 »