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2012年3月17日 (土)

薄熙来解任に思う

共産支那重慶市トップの薄熙来(はくきらい)が党委書記を解任された。支那では今秋の共産党大会を機に発足する最高指導部人事を巡って激しい権力闘争が繰り広げられているという。薄熙来の腹心で汚職摘発とやらを進めていた王立軍副市長(前公安局長)が米国大使館に「命を狙われている」とか言って駆け込んだことの責任を取らされたということだが、もっと複雑怪奇な背景があるに決まっている。太子党と共産主義青年団出身者との権力闘争だという。

共産支那の権力闘争は凄まじい。権力闘争に負けた人間は、監獄にぶち込まれか、殺される。陳希同という以前の北京市長も、江沢民との権力闘争に敗れて監獄にぶち込まれた。今回と同じような形である。その前の北京市長の彭真も毛沢東によって粛清され、後ろ手に縛り上げられて、市中を引き回され、監獄にぶち込まれた。

北朝鮮や共産支那の外交がしたたかだとか言われるが、この二つの国の外交官は、外交交渉に失敗したら、粛清されるのだ。だから彼らは命懸けなのである。

それに比べると、日本の政治家の権力闘争は可愛いものだ。昭和二十年代は、吉田茂と鳩山一郎、三十年代は、佐藤栄作と河野一郎の熾烈な権力闘争があった。しかし、どちらが勝っても、片方が監獄にぶち込まれたり、殺されたりはしなかった。

ただし、佐藤・河野の権力闘争では、佐藤は検察権力を掌握し、河野は警察権力を掌握していたといわれる。河野の影響下にあった警察官僚数人が警察庁から当時河野の牙城だった建設省に移った。二つの官庁は旧内務省系列ではあるが、何とも異様な人事であった。ところが、警察庁から建設省に移った官僚が、すぐ後、選挙違反で検察に検挙される事件が起こった。これは佐藤と河野の権力闘争だと噂された。私の父の旧制中学の先輩がこの事件の当事者の一人だったのでよく覚えている。権力闘争に巻き込まれた形で気の毒であった。三木武夫と田中角栄の権力闘争でも、嘘か本当か知らないが、三木は田中を逮捕させるべく、検察にハッパをかけたと言われている。

日本の権力闘争はこの程度だが、共産国家はもっと凄まじい。北朝鮮も、旧ソ連も、その他の共産主義独裁国家も、権力闘争に負けたり、独裁者を批判したら、粛清される。この粛清とは良くて入獄、普通は死を意味する。裁判にかけられ死刑になるのはまだいい方で、さんざん肉体的に痛めつけられ、拷問されたうえで嬲り殺しにされることもある。毛沢東は、劉少奇・賀龍・彭徳懐といった革命の同志を残忍な方法でなぶり殺しにした。金日成もスターリンも同じことをした。戦前の日本の特高警察も、共産党や大本教幹部に対して同じようなことをした。『治安維持法』で死刑らなった人はいないというが、警察の拷問で殺された人は何人もいる。しかしこれも共産国家の秘密警察の暴虐ぶり残虐さとは比較にならないくらい少ない。ともかく共産主義国家及び共産主義集団の人命と人権の軽視というか無視は尋常ではない。日共や極左勢力のリンチ殺人・テロを見ればそれは明らかだ。

共産支那・北朝鮮という国はわが国など外国に対しても、同じように、常軌を逸した、国際常識を無視した暴虐行為を繰り返している。わが国は心して対峙しなければならない。生半可な対応では,してやられる事は必定である。また、北朝鮮や共産支那と同根の日本国内の左翼勢力に対しても警戒を緩めてはならない。

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