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2012年3月 9日 (金)

台湾独立運動と私

李登輝氏は「台湾民主化の父」である。そして王育徳氏は「台湾独立運動の父」である。しかしまことに残念ながら、台湾独立はいまだ達成されていない。

私が王育徳先生にお会いしたのは、昭和四十七、八年頃と記憶する。私が初めて台湾を訪問した直後だった。台湾初訪問の前に、私の文藝上の師である中河与一先生から、台湾独立運動のことを聞いていた。王育徳先生は、若い頃文藝に関心を持っておられ、中河与一先生の主宰していた同人雑誌『ラマンチャ』に参加していたという。私も後年その雑誌に参加した。

また、当時私が勤務していた二松学舎大学では宇野精一先生が教授をしておられた。宇野先生は私に『こういう運動もあるのだよ』と言われて『台湾青年』を下さった。それが『台湾青年』を読んだ最初であった。そして、王育徳先生の著書『台湾―苦悶するその歴史』を購入して拝読した。それまで私が全く知らなかったことが書かれてあり勉強になると共に感激した。

そういう言わば予備知識を得て台湾を初訪問したのである。その頃、国民党政権は「自由中国」「フリーチャイナ」という事を盛んに宣伝していた。しかし、実際は全くその逆で、国民党一党独裁国家で、台湾人に自由はなかった。また、台湾人が支那人に対して大きな反感を持っていることを実感した。ある人は支那人を日本語で「奴ら」と言った。またある人は「チャンコロ」と言った。酒場で隣に席にいた台湾人の人が話しかけてきて、「あなた方は日本人ですか。私は元日本陸軍上等兵ですよ。日本語はお国に返しましたが、大和魂はまだ持っていますよ。台湾に女を買いに来る今の日本人より私の方が、大和魂がありますよ」と言われた。これには本当に感激した。台湾神社があったところにも宋美齢が円山大飯店を建てたことにも怒りを覚えた。

台湾初訪問で私はますます台湾独立が正義であることを確信した。そしてその後、当時新宿の厚生年金会館で開かれていた「二・二八革命記念集会」に参加するようになった。初めて参加した時、受付の横に立っておられた周英明氏に「あなたが王育徳先生ですか」と聞いたら「王先生はあの人です」と言って紹介して下さった。その時が王育徳先生との初対面であった。

何時の集会かは忘れたが、王育徳先生がスピーチで「白い豚も黒い豚も、台湾独立に反対する豚は皆悪い豚だ」と言われたのが昨日のことのように思い出される。これは、日本が台湾を去った後、国民党が台湾を占拠したことを、台湾人が、「犬去りて豚来たる」と言ったことをもじったのである。また鄧小平が「白い猫であれ黒い猫であれ、鼠を捕るのが良い猫だ」と言ったのをもじったのである。

昭和五十年代前半、私が編集を担当していた新聞の印刷を銀座にあった住宅印刷とうところでしていたので、校正にその印刷所によく行った。その印刷所では台湾共和国臨時政府の機関紙『台湾民報』の印刷もしていたので、当時の林台元大統領にもよくお会いした。たった一人で校正をしておられた。『台湾人元日本兵の補償問題を考える会』の会報の印刷もその印刷所でしていたので、王育徳先生にもお会いした。王先生もたった一人で校正をしておられた。字数が多くて原稿が紙面に入りきらず困っておられることもあった。王育徳先生は『この運動は本来日本人がやるべき運動だよ』と言われた。そういうお二人の姿を見て本当に胸迫るものがあった。まだ当時は、台湾の「民主化」も実現しておらず、台湾独立運動も絶望的な戦いであった。

今日講演された王明理さんは王育徳先生の令嬢である。何時の集会かは忘れたが、まだ女学生だった王明理さんが父上に花束を贈呈したのを憶えている。

王育徳先生をはじめ台湾独立運動に挺身された多くの方々が祖国の土を踏むことなく、この世を去られた。心より哀悼の意を表する。

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