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2012年3月 4日 (日)

神国思想と国難

元寇=蒙古襲来は中世における一大国家的危機であった。蒙古は文永十一年(一二七四)と弘安四年(一二八一)の二回にわたって来襲したが、いづれも日本軍の奮戦と暴風雨(これを人々は「神風」と信じた)によって撃退した。これにより日本国民はナショナリズムを燃え立たせ神国意識を益々強固ものとした。

久保田収氏は、「中世において、末法思想が蔓延し、悲観絶望に陥っていた日本国民の考え方が一転回して、歴史の底流にあった神国思想が表面に打ち出されるようになった。そして、次第に力強く、自信を持った考え方に変わって来た。…外からの圧力を受け、かえって国民の気持が奮い立ってきたのである。」(『建武中興』)と論じている。

日本が蒙古軍を撃退したことによって、神国思想・神州不滅の信が回復し、末法思想という宿命論を克服したのであるる。

「西の海 寄せくる波も 心せよ 神の守れる やまと島根ぞ」

(春日若宮社の神職・中臣祐春の歌。『異国のこと聞こえ侍るに神国たのもしくて』との詞書がある。日本国が神国であるとの信念を吐露した歌である。)

「勅として 祈るしるしの 神風に 寄せ来る浪ぞ かつくだけつる」

(藤原定家の孫・藤原為氏が、亀山上皇の勅使として蒙古撃退・敵国降伏を祈願するためにお参りした時の歌)

「末の世の 末の末まで 我国は よろづの国に すぐれたる国」

(禅の僧侶・宏覚が蒙古襲来という国難の時期にあって六十三日間蒙古撃退の祈願を行いその祈願文の最後には記した歌)

こうした愛国心・神国思想の勃興がやがて建武中興へとつながっていくのである。このように日本民族は古代から平安朝そして中世と脈々と愛国心及びそれと一体のものとしての尊皇心・神国思想を継承してきているのである。国難に際会している今日においても、終末論や宿命論に陥らず、『今即神代』『高天原を地上へ』の精神すなわち伝統的な神国思想を興起せしめねばならない。。

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