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2012年3月21日 (水)

大久保利通の「非義の勅命は勅命に非ず」という論について

慶応元年(一八六五)九月二十一日、孝明天皇は、德川幕府に長州追討(第二次長州征伐)の勅許を与えた。大久保一蔵(後の大久保利通)は、同年九月二十三日の西郷吉之助(後の西郷隆盛)に会うてた書状に、「もし朝廷これを許し給ひ候はば、非義の勅命にて、朝廷の大事を思ひ、列藩一人も奉じ候はず、至当の筋を得、天下万民御尤もと存じ奉り候てこそ、勅命と申すべく候へば、非義の勅命は勅命に非ず候ゆゑ、奉ずべからざる所以に御座候」と書いた。

非義即ち正義にあらざる「勅命」、天下万民が御尤もと存じ奉らない「勅命」は「勅命」ではないというのである。これは臣下として正しい態度であろうか。「勅命」が正義であるか否かは誰がいかなる基準で判断するのか。「勅命」よりも天下万民の意志を尊重するのか。実に以て重大な問題である。

大久保の考え方は、「天命に背いた皇帝は退位させるのが正しい」とする支那の「易姓革命思想」と相通ずる思想である。かかる考え方が、それこそ天下万民が持つようになったら、天皇を君主と仰ぐ日本国家は崩壊する。

自分の意志や思想と一致する天皇を尊ぶことなら誰にでもできる。しかし、自分の意志や思想と異なる行動をされた天皇に対しても忠義を尽くし従い奉るのが真の尊皇であり勤皇である。それが楠公精神である。

『十七条憲法』の第三条には、「詔(みことのり)を承りては必ず謹(つつし)め。君をば則ち天とし、臣をば則ち地とす。天覆ひ地載せて、四時順行し、萬氣通うふことを得。地、天を覆はむと欲するときは、則ち壞(やぶ)るることを致さむのみ。是を以て、君言(のたま)ふときは臣承り、上行へば下靡く。故に、詔を承けては必ず愼(つつし)め。謹(つつし)まずんば自ら敗れむ。」(天皇の詔を承ったならば、必ず謹んでそれに従ひなさい。君主は天であり、臣下は地である。天が地を覆ひ、地が天を載せて、四季が正しく循環し、万物の気が通ふ。逆に、地が天を覆はむとすれば、摂理が破壊されてしまふ。そのやうなわけで、君主が仰せになった時は臣下は承り、上が行へば下は靡く。故に天皇の詔を承ったならば、必ず慎みなさい。謹まなければ自滅してゆくことであらう)と示されてゐる。

『十七条憲法』には、天皇の神聖なる権威が、政治や国民生活を安定させるといふ理想が説かれてゐる。それは、権力国家の強化とか、国家支配体制の安定化を目的としてゐるのではない。道義的理想国家の実現を目的としてゐる。道義・道徳を国家存立の基盤とすることが何よりも大切だと説かれてゐるのである。そしてその中核精神は、「承詔必謹」なのである。大久保利通の思想は、日本の道義精神の根幹たる「承詔必謹」の精神に相反するといわなければならない。

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