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2012年3月 7日 (水)

國體と憲法

本日の『憲法勉強会』にて、小生は次のようなことを話させていただいた。

           ○

法律とは共同生活を営む人間同士の契約文書である。ということは、人間同士が本当に信頼し合って生きていく世の中であれば法律などは本来不必要だとも言える。要するに法律は人間性悪説に立脚していると言っても過言ではない。

西洋の成文憲法の淵源とされる『マグナカルタ』(一二一五年、イギリスの封建諸侯が國王ジョンに迫り、王権の制限と諸侯の権利を確認させた文書。國王の専制から國民の権利・自由を守るための典拠としてイギリスの立憲制の支柱とされる)は、専制君主と國民との間の不信感に発して作られた契約文書にほかならない。

したがって、信仰共同體たる「天皇を祭祀主と仰ぐ祭祀國家日本」には成文憲法は本来不必要なのである。しかし、現実には明治以来、近代國家が建設され、國家権力機構も巨大化し、西洋文化・文明も輸入されてきたため、成文憲法を否定してしまうことは出来なくなった。西洋法思想をとり入れた成文憲法が必要であるということになった。そこで制定されたのが『大日本帝國憲法』である。

明治天皇は『大日本帝國憲法及び皇室典範制定の御告文』(明治二十二年二月十一日)に、「顧ミルニ世局ノ進運ニ膺リ、人文ノ発達ニ随ヒ、宜ク皇祖 皇宗ノ遺訓ヲ明徴ニシ、典憲ヲ成立シ条章ヲ昭示シ、内ハ以テ子孫ノ率由スル所ト為シ、外ハ以テ臣民翼賛ノ道ヲ広メ永遠ニ遵行セシメ、益々国家ノ丕基ヲ鞏固ニシ、八洲民生ノ慶福ヲ増進スヘシ、茲ニ皇室典範及憲法ヲ制定ス、惟フニ此レ皆皇祖皇宗ノ後裔ニ貽シタマヘル統治ノ洪範ヲ紹述スルニ外ナラス」と示されている。

「洪範」とは天下を統治する大法という意味、「紹述」とは先人の事業や精神を受け継いで、それにしたがって行なう意味である。

『大日本帝國憲法』と『皇室典範』は、天照大神の御命令によって高天原より瑞穂の國に天降られた天孫邇邇藝命以来御歴代の天皇の日本國御統治の大法を実行することを記した成文法なのである。日本國の憲法は本来かかる本質を持っているのである。

日本國體(國柄)は、憲法に基づいて確立されるのではない。日本國體(國柄)に基づいて憲法の國體に関する条項が成文化されなければならない。憲法は國の基本法であるけれども、「憲法にこう書かれているから、皇室はこうあらねばならない」とか「天皇はこういうことをされてはならない」と主張するのは本末転倒なのである。日本國の憲法は天皇の國家統治の道統に即して制定されなければならないのである。「憲法があって國家がある」のではなく、「國家があって憲法がある」のである。

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