« 千駄木庵日乗一月三十一日 | トップページ | 千駄木庵日乗二月一日 »

2012年2月 1日 (水)

日本国の本質

日本は自然に生まれてきた国であって、人為的に作られた国ではない。ところがアメリカや旧ソ連や中華人民共和国は高々数十年から百年くらい前に人為的に作られた国である。

「生む」は日本伝統信仰の観念であり、「作る」はキリスト教の観念である。伊耶那岐命伊耶那美命は日本国土をお生みになったのであり、キリスト教の神(ゴッド)は人間を作ったのである。キリスト教の神はなぜか国家は作らなかった。国家は神によって造られた人間が集まって文字通り人為的に作られたと言うのが西洋の考え方である。日本の国家観と西洋国家観の違いは実にここから発すると考えられる。

日本国は、数多くの個としての人間が寄り集まって人為的に契約を締結して作った権力機構・政治形態としての国(これを「国家法人説」と言い換えてもいいと思う)とはその本質が全く異なるのである。

「国家とは、社団法人や財団法人のように多くの人々が一定の目的のために契約を結び人為的に造られたものだ」というのが「国家法人説」なのである。天皇中心の信仰共同体としての日本は断じてそのような存在ではない。「国家法人説」を日本国に当て嵌めることはできない。

日本人は、豊かな自然に包まれて、様々な階層の人々も、「和」「むすび」を基本として生きてきた。そして信仰共同体としての国家が生まれた。日本国は、天皇を中心とする「和」「むすび」によって国家の統一は維持され、民族の伝統は一貫して継承されてきた。

この「むすび」の語源は、「生す」「生える」である。命が生まれることである。故に母から生まれた男の子を「むすこ」といい、女の子を「むすめ」という。「むすび」とは命と命が一体となり緊密に結合することである。

「庵を結ぶ」という言葉があるが、日本家屋は様々な材木や草木を寄せ集めこれらを結び合わせて作られた。結婚も男と女の結びである。故にそのきっかけを作った人を「結びの神」という。そして男女の〈むすび〉によって新たなる生命が生まれる。日本の家庭も〈むすび〉によって成立しているのである。

日本という国家も、人の魂がむすびあって生まれてきた生命体なのである。そしてその〈むすび〉の中核が日本伝統信仰の祭祀主である天皇である。これが三島由紀夫氏の言う「祭祀的国家」としての日本なのである。

|

« 千駄木庵日乗一月三十一日 | トップページ | 千駄木庵日乗二月一日 »

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/121949/53873394

この記事へのトラックバック一覧です: 日本国の本質:

« 千駄木庵日乗一月三十一日 | トップページ | 千駄木庵日乗二月一日 »