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2012年2月11日 (土)

日本國體と成文憲法

西洋成文憲法は「権力に対する制限規範」である。イングランド最悪の王と言われるジョン王と諸侯との間で一二一五年に結ばれた『マグナ・カルタ』(大憲章)が西洋成文憲法の起源であり、『国王も法の下にある』といふ原則=『法は王権に優越する』という「法治主義」を確立したとされる。

日本国においては、天皇の「仰せごと・みことのりが」わが國における最高の法である。天皇が成文法の下にあるなどという事は絶対にあり得ない。

わが日本は国家の本質と君主たる天皇の御本質が建国以来、信仰的に厳然と確立している。これを法律論的に言えば、不文法によって定まっているということである。故に成文憲法でそれを変革することはできないし、成文憲法は不文憲法(立国の基本)に反する規定をしてはならない。西洋から輸入した近代法思想に基づく成文憲法によって立国の基本即ち日本國體を破壊してはならない。

換言すると、天皇を統治者と仰ぐ日本國體は、成文憲法などの世俗的な法律を超越しており、成文憲法などの権力機関で制定された法律は、国体及び皇室にかかわることに干渉することはできないのである。

三潴信吾先生は、その著『日本憲法要論』において、「世界中で、成文憲法が先に出来て、然る後に國家が成立した國は一つも無い。國家生活の根本事實が出現し、これと同時に、またはその後の時点に於て、憲法典が制定される。」「日本においては明治二十三年十一月二十九日の大日本帝國憲法施行の日まで、成文憲法は無かったが、何人も、その故を以て、それまで日本國家が成立して居なかったと見ることは出来ない」と論じてをられる。

日本天皇が日本国の君主・統治者であらせられるのは、日本の伝統信仰・歴史的な国体観念に基づくのであって、憲法に規定されているから天皇が君主であらせられるのではない。

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