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2012年2月29日 (水)

この頃詠みし歌

朝晩に父の遺影を拝みつつ安らかな眠りをただ祈るなり

凛として生きよとの声がわが内より聞こえ来るなる一人居の部屋

ひたぶるに生き行かむかな これの世に生を受けたることをうべなひ

棟方志功の命の力ほとばしる大き版画を見つめつつをり(『棟方志功・幻の肉筆画展』参観)

ふくよかなみ面と慈しみ深き眼の菩薩の像は志功描きし()

若き友の熱き言葉を聞きにつつ吾も昔に帰る心地す

台湾のことを友と語り合ひ五時間といふ時を過ごせり

裸木は間もなく命蘇り春の若芽が燃え出づるらむ

新しきマンションが次々と建ち続く 不景気といふに不思議なるかな

情けなき閣僚の答弁にあきれ果てテレビ中継のスイッチを切る

手を合はせ天地の神に祈る時 わが身に強き力みなぎる

わが祈り深くあるべし これの世を強く生き行く力なりせば

寒さ厳しき夜の道歩めばすれ違ふ人々は葬式の帰りなるらし

筆持ちておのが思ひを歌ふこと 魂(たま)の安らぎとなりてうれしき

歌を詠み一日のけじめとなすことをうべなひたまへ天地の神

若き日に共に学びし人の短歌 読みて懐かし逢ふすべなくも

心昂ぶり筆を握ればそのままに歌となるべし敷島の道

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千駄木庵日乗二月二十八日

午前は、母のお世話。

午後は、父の逝去にかかわる書類作成。この後、区役所に赴き、書類提出。

帰宅後は、資料の整理など。

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2012年2月28日 (火)

永寿総合病院に対する「質問書」

私事ですが、参考のため、父の入院に関わる永寿総合病院に対する「質問書」を掲載いたします。

弁護士に依頼し、提出したのですが、いまだに回答がありません。信頼していた弁護士が積極的に動いてくれませんでした。

今後どうするか検討中です。

             ○

永寿総合病院         平成22年3月20日

院長 湯浅祐二殿

四宮正貴

第一   貴病院の対応

1、平成二十二年 十一月二十日午前、父・四宮金彌が、尿路感染症で苦しみ出し、救急車で永寿総合病院に行く。診察を受け、すぐ入院ということになった。中野邦夫医師(総合内科・永寿病院副院長)は、付き添って行った小生に対し「老衰が進んでいる。高齢になると老衰とか病気は急激に進行することがある」と言った。

2、十一月二十五日午後、小生が付き添っていると、父が体の痛みを覚え「痛い、痛い」という声をあげていた。小生が付き添っているとは知らなかったある女性看護師は、「痛い、痛い」という父の口真似をしながら廊下から病室に入って来た。小生は、「患者が苦しがっているのに、その真似をするとは何事かと」強く叱りつけた。

3、尿路感染症は数日で小康を得、体力も回復の兆しを見せてきた。十一月二十七日、連絡があり病院に赴くと、担当の中野邦夫医師が「肺に食べ物が入り、熱が出た。どういう結果になるか分からない」と言う。そして、食事をいったん中止するという。「老化による咽頭反射の低下が原因だ」という。しかし、入院前は、全くそういう兆候は無く、食欲は旺盛の方であった。前日の十一月二十六日、私が病院に行って父に会った時、父は「病院の人に無理に食べ物を食べさせられた。」と言っていた。この事で、食べ物が肺に入り、誤嚥下性肺炎を起こした可能性が極めて高い。

4、十二月一日、また病院に呼ばれ、担当の中野邦夫医師の説明を受けた。今度は、何と「MRSA(耐性ブドウ球菌)」が父の喉に付着したという。「耐性ブドウ球菌」とは「耐性を獲得し、最も有効なメチシリンという抗生物質が効かなくなった黄色ぶどう球菌(食中毒などの原因となる菌)。学名、スタフィロコッカス‐アウレウス。皮膚や鼻腔などに存在。院内感染の原因ともなり、抵抗力の弱い手術後の患者や高齢者・未熟児などが感染しやすく、一旦発症するとほとんどの抗生物質が効かないため治療は困難。多剤耐性黄色ぶどう球菌。MRSA(Methicillin-resistantStaphylococcus aureus)」という黴菌である。これが私の父の喉に付着したという。つまり治療が困難な黴菌に院内感染してしまったのである。


5、そして医師は、「回復の見込みはない。延命とは延苦である」とか言って、延命治療については私に任せると言うのだ。病院側の不注意、医療体制の不備によって治療困難な状況に私の父を追い込んでおいて、延命治療は私の判断に任せるなどというのはあまりにも無責任であり、無反省である。

私が会いに行くと、目を覚ましていれば、色々話しかけてくる。そして食べ物を欲しがる。つまりまだまだ意識もあり、生きる意欲もある父について、息子の私が『もう延命させなくて良い』つまり『殺してくれ』などと病院に言えるはずがないではないか。しかも嚥下能力の喪失も、「耐性ブドウ球菌」の感染付着も、病院側のミスによると判断せざるを得ない。そういうことへの反省も責任の自覚も無く、「回復の見込みはない。延命とは延苦である」などと言って、事実上、私に「父親を殺してくれ」と言わせようとしているのだ。これは全く許し難いことである。

6、十二月十六日午後、病院で父に付き添っていると、ベッドに拘束され苦しがっている父が、拘束具をはずしてくれとうめくので、看護師を呼ぶ。しかし、十数分経ってからやって来て、ようやく拘束を解いた。あまりのことなので、厳しく抗議する。そして中野邦夫担当医師を呼んでもらう。私が色々抗議すると、中野医師は「では別の病院に行ってくれ」と暴言を吐く。断じて許し難い。医師としての責任感も倫理感覚も持ち合わせていない暴言である。この病院に対しては長い間不信感を持っていたが、もう我慢がならない。徹底的に戦う覚悟を決める。

この病院については、これまでも色々腹の立つこと、許せない事があった。ことは父の命にかかわることである。断固として戦いたい。 しかも医師の態度たるや傲岸不遜と言うか全く誠意が感じられないものであった。

第二 質問

1、 何故入院した後に病状が悪化したのか。

2、 何故食べ物が父の肺の中に入り誤嚥下性肺炎にかかったのか。

3、 何故、嚥下能力を喪失したのか。

4、 何故「耐性ブドウ球菌」が父に感染付したのか。

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千駄木庵日乗二月二十七日

午前は、母のお世話。介護のケアマネージャー来宅。相談。

午後からは、在宅して、区役所などへの提出書類作成・資料の整理・書状執筆・原稿執筆など。

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2012年2月27日 (月)

日本の伝統的国家観

西洋国家観では、主権、領土、国民が国家の三要素といわれてきた。日本国家の生成が伝えらている「記紀神話」によると、国家成立の三要素たる国土・君主・国民は、伊耶那岐命・伊耶那美命二神から生まれ出た存在であり、命の源を一つにする「はらから」である。つまりわが国の伝統精神においては天皇と国民と国土は霊的・魂的に一体の関係にある。

つまり、君主と国民とは対立関係にあるのではないし国家と国民も対立関係にあるのではないことが、日本神話に示されているのである。

伊耶那岐命・伊耶那美命は、自然神であると共に、人格神であらせられた伊耶那岐命と伊耶那美命は「あなにやし、えをとめを」「あなにやし、えをとこを」(『本当にいい女ですね』『本当にいい男ですね』)と唱和されて、国生みを行はれた。二神の「むすび」「愛」によって国土が生成されたのである。国土ばかりではなく、日本国民の祖たる天照大御神も、八百萬の神々もそして自然物も全て岐美二神の「むすび」よって生まれた。

日本神話においては、天地が神によって創造されたのではなく、二柱の神の「愛・むすび」によって国土が生まれた。つまり神と国土・自然・人間は相対立し支配被支配の関係にあるのではなく、神霊的に一体の関係にあるのである。ここに日本神話の深い意義がある。岐美二神は、君主・国民・国土を創造されたのではなくお生みになったのである。

村岡典嗣氏は、「国家成立の三要素たる国土、主權者及び人民に對する血族的起源の思想が存する。即ち皇祖神たる天照大神や青人草の祖たる八百万神はもとより、大八洲の国土そのものまでも、同じ諾册二神から生れでたはらからであるとの考へである。吾人は太古の国家主義が実に天皇至上主義と道義的關係に於いて存し、天皇即国家といふのが太古人の天皇觀であったことを知る。皇祖神が国土、人民とともに二神から生れ、而も嫡子であると考へられたのはやがて之を意味するので、換言すれば天皇中心の国家主義といふに外ならない。」「日本の國家を形成せる國土(即ち大八洲)と元首(天照大神)と、而してまた國民(諸神)とが、同じ祖神からの神的また血的起源であるといふことである。」(『日本思想氏研究』四)と論じている。

天皇と国民と国土の関係も、対立関係・支配被支配の関係にあるのではない。契約関係・法律関係にあるのでもない。霊的魂的に一体の関係にある。これを君民一体という。この國體を神話が語っている。

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千駄木庵日乗二月二十六日

午前は、母のお世話。

午後二時より、春日の文京区民センターにて、『日本の心を学ぶ会』開催。渡邉昇代表が挨拶。瀬戸弘幸氏と小生が「二二六事件・昭和維新運動」をテーマにして講演。活発な質疑応答が行われた。

午後六時より、江東区東陽の東陽南地区集会所にて、民族革新会議会長・山口申氏の令夫人・泰子様の通夜執行。

帰途、古くからの同志と懇談。

帰宅後は、原稿執筆の準備など。

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2012年2月26日 (日)

各種憲法試案(國體条項)

各種憲法試案(國體条項)

小生の手許にあったもののみです。本日行われた『憲法懇話会』で、小生が報告用に提出したものです。

大日本国憲法草案(小森義峯氏試案

)

第一条   大日本国は萬世一系の天皇内閣の輔弼の下に統治  

権を総攬しこの憲法の条規に依り之を行ふ

第二条   皇位は祖宗の皇統にして皇室典範の定る所に依り皇男子孫之を継承す

第三条   天皇は神聖にして侵すべからず

日本国憲法(大日本生産党改正草案

)

第一条       天皇は、日本国の元首であり、国民統合の中心である。

第二条       天皇は、この憲法条規によって統治権を総攬する。

第三条        皇位は、皇室典範の定めるところにより、祖宗の皇統に属する皇子孫これを継承する。皇室典範の改正は、内閣が皇室会議に諮問し、国会決議を経なければならない。

第四条       天皇の尊厳は、これを侵すことはできない。

大日本帝国憲法私案(滝沢幸助氏

)

第一条        大日本帝国は建国の歴史に鑑み萬世一系の天皇を以て元首とする

第二条        皇位は皇室典範の定めに依り皇男子孫これを継承する

大日本皇国憲法草案(辛亥会・荒原朴水氏

)

第三条(国体) 大日本皇国は萬世一系の天皇、皇祖の神勅を奉じて之を統治する。

第四条(政体) 大日本皇国は天皇を元首とする立憲君主国家である。

第五条(皇位の継承) 皇位は皇室典範の定める所により、皇子孫これを継承する。

第六条(天皇の神聖不可侵) 天皇の神聖は之を侵してはならない。

新憲法の大綱 (日本を守る国民会議

)

天皇は日本国の元首であり、日本国の永続性及び日本国民統

合の象徴である。

わが憲法改正案 (西部邁氏

)

第一条       天皇は日本国民の伝統の象徴であり、従って日本市

民の統合の象徴である。天皇は日本国の文化的代表であり、したがってそれに相応した文化的儀式を行う。天皇の地位は日本国民の歴史的総意にもとづくものであり、したがって日本市民がその地位とその機能について決定を下すに当たっては日本の伝統からの制限を受ける。

第二条       天皇は、皇室に直接的にかかわる公事については、皇位継承のことをはじめとしてすべて内閣の助言を受けつつ皇室の慣習に従ってそれを執り行う。

第三条       天皇は、政治にかかわる国事については、この憲法によって定められる文化的儀式のみを行なう。

憲法改正試案(世界平和研究所

)

第一条   天皇は、国民に主権の存する日本国の元首であり、  

 国民統合の象徴である。

第六条 皇位は世襲のものであって、国会の議決した皇室典範の定めるところによりこれを継承する。

第七条 天皇は、この憲法の定める国事に関する行為のみを行い、国政に関する権能を有しない。  

自民党新憲法草案

第一条       天皇は、日本国の象徴であり日本国民統合の象徴

であって、この地位は、主権の存する日本国民の総意に基づく。

第二条       皇位は、世襲のものであって、国会の議決した皇

室典範の定めるところにより、これを継承する。

第三条       天皇は、この憲法の定める国事に関する行為のみ

を行い、国政に関する権能を有しない。

平成新憲法(木村睦男氏

)

第一条       天皇は、日本国の歴史と伝統に基づき、世襲せられ

た国家の元首であって、日本国を代表する。

第二条       皇位は、主権の存する日本国民の総意に基づき国民統合の象徴である。

第三条       皇位は世襲であって、皇室典範の定めるところによる。

        ○

自民党案は現行憲法のままです。自民党は國體条項に関しては改正の意志なし。これでは駄目です。

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『憲法懇話会』における印象に残った出席者の発言

本日行われた『憲法懇話会』における印象に残った出席者の発言は次の通り。

「憲法は歴史に基づかねば根付かない。」

「西洋憲法は君主権の制限に基本がある。」

「ヨーロッパは新教・旧教の対立があり、国王がどちらかについて相手を弾圧した。日本天皇は宗教弾圧をしたことはない。ヨーロッパと日本とは世界が全く異なる。仏教も皇室が取り入れた。」

「大日本帝国憲法の國體条項で良い。これを現代的表現にする。」

「憲法改正は『大日本帝国憲法』を出発点にすべし。『日本国憲法』は『大日本帝国憲法』の第一回改正。第二回の改正をすればいい。」

「国会で決まったことは、天皇の裁可を以て法律になる。」

「皇室会議には三権の長が入っている。内閣に属する機関ではない。国家最高の機関。」

「憲法に元首という言葉を入れるのは慎重にすべし。もし入れるのなら憲法の國體条項ではなく、政体条項に入れるべし。」

「『日本国憲法』は、占領軍の言論統制下に制定された。国民は自由に意思を表明できなかった。江藤淳氏はこれを『閉ざされた言論空間』と言った。」

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千駄木庵日乗二月二十六日

午前は、母のお世話。

午後は、『政治文化情報』の発送作業。発送完了。購読者の皆様には週明けにはお届けできると存じます。

午後六時より、神田学士会館にて、『憲法懇話会』開催。高乗正臣平成国際大学教授が座長。高乗氏と小生が憲法の國體条項について報告。全員で討論。

帰宅後は、原稿執筆。

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2012年2月25日 (土)

第20回日本の心を学ぶ会のお知らせ

第20回日本の心を学ぶ会のお知らせ

  今回の「日本の心を学ぶ会」は二部構成で行います。第一部は昨年より行ってきた『パチンコ屋は節電しろ運動の活動報告と今後のパチンコ関連に関する活動計画と討論会』を行います。第二部は『昭和維新運動と現代』と題する講演会をおこないます。
折しも当日は二・二六事件が起こった日でもあります。昭和維新を目指して戦い、命を捧げられた先覚烈士の御霊に感謝の誠を捧げ、昭和維新は何を目指したのかをあらためて学びたいと思います。そして我々の運動の原点は何であるかを考えたく存じます。皆さまお誘い合わせの上ご参加頂けますよう宜しくお願い致します。

第1部
【登壇者】瀬戸弘幸 せと弘幸Blogu 『日本よ何処へ』 http://blog.livedoor.jp/the_radical_right/
【日付】平成24年2月26日
【時間】午後1時から午後2時30分
【会場】文京区民センター 3-B会議室
東京都文京区本郷 4-15 -14 地下鉄 春日下車1分(大江戸線、三田線)、後楽園下車3分(丸の内線、南北線)、JR(水道橋)
※今回は港区生涯学習センターではありません。

【演題】『パチンコ屋は節電をしろ活動報告と今後のパチンコ関連に関する新たな活動計画と討論会』
【会費】無料


第2部
『昭和維新運動と現代』
【登壇者】四宮正貴 四宮正貴政治文化研究所 http://www.max.hi-ho.ne.jp/m-shinomiya/
【会場】同上
【時間】午後2時40分から午後4時40分まで
【会費】資料代 500円

司会者 渡邊昇 日本の心を学ぶ会 代表

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吉田松陰先生の言葉と国難

わが日本國は崇高なる理想を持った「天皇を中心とした神の國」である。しかるに、今日の日本は混迷の極に達している。このままで行けば亡國の淵に立たされる危険がある。日本を立て直し國家を正しく保つためには、信仰共同體の祭祀主たる天皇の神聖権威を正しく回復しなければならない。

吉田松陰先生は、「安政の大獄」で処刑される直前、同囚の堀江克之助に与へた手紙の中で「天照の神勅に、『日嗣の隆えまさむこと、天壌と窮りなかるべし』と之あり候所、神勅相違なければ日本は未だ亡びず、日本未だ亡びざれば正気重ねて発生の時は必ずあるなり。唯今の時勢に頓着するは神勅を疑ふの罪軽からざるなり」と書かれた。

処刑の直前といふ絶望的状況にあっても、なほ、日本國體に対する絶対的信を保持せられた松陰先生に対し無上の尊敬の念を抱く。

今日、日本はまさに危機に瀕してゐる。しかし、神は必ず日本國と日本皇室を守り給ふ。『天壌無窮の神勅』に示されてゐるやうに、天照大御神の「生みの御子」であらせられる日本天皇がしろしめすわが日本國は永遠に不滅である。されば、現御神日本天皇の大御心を体し、日本伝統精神に回帰することによって、いかなる危機もこれを乗り切り、神國日本の真姿が回復すると確信する。

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千駄木庵日乗二月二十四日

午前は、母のお世話。

午後からは在宅して、原稿執筆・資料の整理・『政治文化情報』発送準備。

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2012年2月24日 (金)

東洋文庫参観

 東洋文庫は東洋学の研究図書館である。アジア全域の歴史と文化に関する東洋学の専門図書館ならびに研究所という。三菱第三代当主岩崎久彌氏が大正十四年(一九二四年)に設立した、東洋学分野での日本最古・最大の研究図書館であり、世界五大東洋学研究図書館の一つに数えられている。その蔵書数は国宝五点、重要文化財七点を含む約九十五万冊であり、内訳は、漢籍四〇%、洋書三〇%、和書二〇%、他アジア言語(韓・越・梵・イラン・トルコ・アラビア語等)一〇%であるという。

江戸大江図(元禄時代の物)・広開土王碑拓本(高句麗の第十九代の王である好太王(広開土王)の業績を称えた石碑)・『解体新書』(安永五年刊)・『甲骨卜辞片』(支那の殷時代の物)・『東方見聞録』(一四八五年の古活字版)・『訓民正音』(ハングルについて解説した書物)・アダム・スミスの『国富論』(一七七六年刊の初版本)・『皇越律例』(十九世紀ベトナムの律令)・『マハーバラタ』(古代インドの宗教的、哲学的、神話的叙事詩。ヒンドゥー教の聖典のうちでも重視されるものの一つ)『百万塔陀羅尼』(称徳天皇の御代に、鎮護国家と滅罪を祈願するために、百万の小塔に陀羅尼を納めて、仏教寺院に奉納された陀羅尼。わが国最古の印刷物)・『文選集注』(支那の南北朝時代、南朝梁の昭明太子によって編纂された詩文集)・新井白石自筆遺書・ジョージ・チネリー(マカオに住んだ英国人画家)の描いた風景画・宮崎滔天に宛てた毛沢東・蒋介石の自筆書簡・黄興(孫文とともに辛亥革命の双璧と称される人物)が宮崎滔天に送った自筆書幅(七律の漢詩)・蒋介石の近衛文麿宛書簡などを観る。宮崎滔天が蒋介石・毛沢東と交流があったことを知り驚いた。また、「蒋介石政府を相手とせず」と表明した近衛文麿が蒋介石と交流があったのにも驚いた。

「東洋」とはきわめて広い地域であり、実に多くの民族と文化がある。そして長い間比較的平穏な歴史を刻んできたように思われる。しかし、西欧列強がアジアへの侵略を開始した後、苦難の道を歩み始めたことを、今日の見学で実感した。民族間の対立も、各地域の戦乱・疲弊も、西欧列強の侵略と植民地支配が開始された後、ひどくなった。特に、イギリスによるインドと支那侵略は悪辣を極めたと思う。アフリカや中近東は、民族や歴史や文化を全く無視して、西欧列強が国境線を画定したため、紛争が多発するようになった。中近東・アフリカの今日の混迷と戦乱の根本原因は、欧米列強の侵略と植民地支配にあるのである。

近年全面的に建て替えられ、展示場も設けられた東洋文庫は、我が家の近くにあるが、本日初めて参観した。国宝も多かった。大変勉強になった。

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千駄木庵日乗二月二十三日

午前は、母のお世話。

午後は、諸雑務。

この後、本駒込にある東洋文庫参観。

帰宅後は、資料の整理。

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2012年2月23日 (木)

『皇室典範』の改正について

『大日本帝国憲法』第七四条には、「皇室典範ノ改正ハ帝国議会ノ議ヲ経ルヲ要セス」(皇室典範の改正は、帝国議会の議を経る必要はない)と書かれている。

これについて伊藤博文はその著『憲法義解』の「憲法第七四條」の「註」で、「皇室典範は皇室自ら皇室の事を制定す。而して君民相關かるの権義に非ざればなり」と論じている。

また明治天皇勅定の『皇室典範』六十二条には、「将来此ノ典範ノ条項ヲ改正シ又ハ増補スヘキノ必要アルニ当テハ皇族会議及枢密顧問ニ諮詢シテ勅定スヘシ」と書かれている。

伊藤博文著の形をとる『皇室典範』の逐条解説書『皇室典範義解』(明治二十二年六月一日公刊)の「前文」には、「皇室典範は皇室自ら其の家法を条定する者なり。故に公式に依り之を臣民に公布する者に非ず。而して将来已むを得ざるの必要に由り其の条章を更定することあるも、また帝国議会の協賛を経るを要せざるなり。蓋し皇室の家法は祖宗に承け子孫に伝ふ。既に君主の任意に制作する所に非ず。また臣民の敢て干渉する所に非らざるなり。」と書かれている。さらに『皇室典範義解』の第六二條の「註」において「皇室の事は皇室自ら之を決定すべくして之を臣民の公議に付すべきに非ざればなり」と言っている。

さらに明治二十一年五月二十五日から六月十五日にかけて、枢密院で『皇室典範』について審議が行われた。そこにおいて次のような発言があった。

井上毅(法制局長官・枢密院書記官長)「皇室典範を以て国会の議に附するときは、人民相集まりて、皇室の家格を妄議し、却て皇室の尊厳を冒瀆するに至る虞あり」と発言している。

山田顕義(司法卿)「皇室典範は特別重大の法典にして尋常の法律命令と混同すべきに非ず。故に別段の勅令を以て之を発布し、普く人民をして之を恪遵(忠実に守る意)せしめざるべからず。」

河野敏鎌(枢密顧問官)(『皇室典範』を)公布するとも、別に議院の干渉を容るゝの虞毫厘もあることなし。如何となれば、向来皇室典範を改更することあるも、皇族幷(ならび)に枢密院に諮詢する等の明条(注・『皇室典範』第六二条)あるを以て、更に議院の容喙を許さゞればなり。」

以上のごとく、『皇室典範』は本来「勅定」であり、議会が干渉することはあってはならない。『皇室典範』を衆参両院において審議し改定することは、わが国の伝統を侵すこととなる。戦後、『皇室典範』が『憲法』の下位法になり、皇位継承という皇室の重大事が権力機構である国会で決められてしまうようになったのは、重大なる國體隠蔽、激しく厳密・厳格に言えば「革命」「國體破壊」への道を切り開くものである。

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千駄木庵日乗二月二十二日

午前は、母のお世話。

午後からは在宅して、原稿執筆・『伝統と革新』最終的な校正など。

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2012年2月22日 (水)

日本神国思想について

日本が神国であるといふことが文献上最も早く記されているのは、『日本書紀』巻九「神功皇后の条」である。そこには、「吾聞く。東に神国有り。日本と謂ふ。亦聖王有り。天皇と謂ふ。必ず其の国の神兵也」と記されている。

次に鎌倉時代に現わされた『神道五部書(しんとうごうぶしょ)』(伊勢神道・度会神道の根本経典)一つである『倭姫命世記』(伊勢外宮の神官の渡会行忠(わたらいゆきただ)の撰。天地開闢から、皇大神宮の各地御還幸、雄略天皇の代の外宮鎮座に至る詳細を記す)に「吾聞く。大日本は神国なり。神明の加護に依りて、国家の安全を得る。」と書かれている。

こうした神国思想は、その後、文永・弘安の元寇という一大国家危機によって全国民的に燃え盛った。

そして北畠親房公の『神皇正統記』に巻頭に「大日本(おほやまと)者(は)神国(かみのくに)也。天祖(あまつみおや)はじめて基(もとゐ)をひらき、日神(ひのかみ)ながく統(とう)を伝(つた)へ給ふ。我(わが)国のみ此事あり。異朝(いてう)には其たぐひなし。此故に神国(かみのくに)と云(い)ふ也。神代(かみよ)には豊葦原千五百秋瑞穂(とよあしはらのちいほのあきのみづほの)国と云(い)ふ。天地開闢(てんちかいびやく)の初(はじめ)より此名(な)あり。天祖(あまつみおや)国常立尊(くにのとこたちのみこと)、陽神陰神(をがみめがみ)にさづけ給し勅(みことのり)にきこえたり。」と記されている。

北畠親房は『古事記』及び『日本書紀』冒頭の天地生成の神話まで遡って日本国が神国であることを論じた。また、日本が神国であるということは、日本国は神が護り給う国であるという事だけではなく、天つ神の生みの御子・現御神であらせられる日本天皇が統治したもう国であるということを明確に記している。

日本国は国家的危機に陥った時に、「神国思想」が燃え上がり、危機を打開して来た。そして神国思想は長く日本の道統として今日に至るまで伝えられてきている。従て、わが国の憲法には、日本国は神国であり、天皇の統治される国であるということが明確に書かれていなければならない。

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千駄木庵日乗二月二十一日

午前は、母のお世話。

昼は、知人と懇談。内外の諸情勢について語り合う。

午後からは在宅して、原稿執筆及び『政治文化情報』発送準備。

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2012年2月21日 (火)

水戸学の思想と現代

戦後日本の精神荒廃の根源を探っていくと、敗戦後、占領下のわが國に奔流のように流れ込んだアメリカ及び旧ソ連製の人権至上主義、平和主義、悪平等主義、経済優先主義に突き当たる。物と金さえあれば皆が幸せになるという考え方が戦後日本に満ち満ちた。その結果が、今日のわが國の荒廃である。わが國の歴史、伝統、文化、道義精神を断ち切って、戦勝国即ちアメリカ及び旧ソ連が構築した戦後體制に、大多数の日本人は文字通りマインドコントロールされてしまっている。

わが祖國日本は、今こそ、この日本弱體化のマインドコントロール・精神的呪縛から脱しなければならない。日本人としての魂・誇り・道義精神・文化伝統を取り戻さねばならない。それが教育の荒廃のみならず、祖國日本の内部崩壊を食い止める唯一の方策である。

その意味において、我々は幕末の危機を打開した基本精神である「水戸學」の尊皇攘夷思想を今こそ學び直さなければならない。

明治維新の基本思想たる『尊皇攘夷』は、『弘道館記』(水戸藩第九代藩主・徳川斉昭が創設した弘道館の建學の精神と綱領とを記した文章)の一節「わが東照宮(徳川家康)、撥乱反正(乱世を治めて正道に帰る)、尊王攘夷、允に武、允に文、以て太平の基を開きたまふ。」より発したのである。

藤田東湖はこれを解釈して「堂々たる神州は、天日之嗣(てんじつのしし)、世(よよ)神器を奉じ、万方に君臨し、上下・内外の分は、なほ天地の易(か)ふべからざるごとし。然らばすなはち尊皇攘夷は、実に志士・仁人の、盡忠・報國の大義なり。」(『弘道館記述義』)と述べている。

今わが祖國日本は確実に内部崩壊を始めた。小手先の弥縫策ではこの危機を乗り切ることはできない。我々のなすべきことは、こうした荒廃を生んだ根本的原因を剔抉することである。

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千駄木庵日乗二月二十日

午前は、母のお世話。

午後は、諸雑務。

夜は、日本橋にて、同志と懇談。日台関係、日支関係について談論風発。

帰宅後は、『伝統と革新』の原稿執筆・校正。

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2012年2月20日 (月)

支那大陸に強大なる統一国家が出現した時、必ず日本に対して侵略の牙を向けてくる

二月十四日の『呉竹会・アジアフォーラム』におけるイリハム・マハムティ日本ウイグル協会会長がスピーチは次の通り。

「中国が少数民族を同化している。その民族の民族意識をなくしている。言語をなくしている。歴史を教えない。国民党が台湾でやったことと同じ。幼稚園から中国語になっている。天安門事件を批判しなかったのは日本。天安門事件以後初めて元首が中国を訪問したもの日本。愛国教育に文句を言わなかったのも日本。領海法に尖閣が入っていたのに抗議しなかったのも日本。ナチスドイツと違ったやり方で民族絶滅作戦をしている。台湾でやったことをウイグルでもチベットでも内モンゴルでもやっている。」

頭山興助呉竹会会長は閉会の辞で次のように語った。

「先の大戦で日本は何故負けたのか、なぜ戦争に突入したのか、検証すべし。チベット・ウイグルの人々は本当に残酷なことをされている。人間が犬や猫のように扱われている。我々日本人は強くならなければならない。」

千駄木庵主人曰く。支那大陸に強大なる統一国家が出現した時、必ず日本に対して侵略の牙を向けてくる。そしてこれまた必ず朝鮮がこれに関わっている。支配地域拡大を策し大唐帝国による百済侵略が行われた。天智天皇二年(六六三)、わが国は百済救援のために兵を派遣し「白村江の戦い」起きた。その後、唐新羅連合軍のわが国への侵略の危機がたかまった。

文永十一年(一二七四)と弘安四年(一二八一)の二回にわたって大蒙古帝国の日本侵略が行われた。この時には高麗軍が蒙古軍の手先となって来襲した。

明治二十七年(一八九四)には、わが国と大清帝国との間で日清戦争が勃発した。これもまた清の朝鮮支配の駆逐・清による日本属国化策謀を防ぐための戦いであった。

今日もまた、「中華人民共和国」という大帝国が出現し、日本及びアジアの侵略支配の野望を逞しくしている。そしてその手先になっているのが北朝鮮である。

支那を敵視しろというわけではないが、「歴史は繰り返す」という言葉は真実である。また「歴史を鑑とする」という言葉も真実である。わが国は祖国の独立そしてアジアの平和と自由を守るために最大限の努力をしなければならない。そのためには、平成維新を断行しなければならない。そして自主防衛体制を確立しなければならない。

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千駄木庵日乗二月十九日

午前は、母のお世話。

午後からは、在宅して、原稿執筆・諸雑務・資料の整理。

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2012年2月19日 (日)

渡辺利夫拓殖大学総長の講演内容

二月十四日の『呉竹会・アジアフォーラム』における渡辺利夫拓殖大学総長の「中国をどう見るか」と題する講演内容は次の通り。

「六年前、『親脱亜論』を出した。東アジアは、幕末から日清戦争までの時代に先祖返りしているという認識である。核弾道ミサイルになっている今の方が緊迫の度合いが高い。しかるに政権指導部が安穏としているのはどうしたことか。日中米三角形論を平然と言う政治家がいる。一体どうなっているのか。日中関係は厄介な問題を抱えている。自民党の指導者さえそう考えている。

中国は大変な膨張期。十%前後の成長を続けている。この成長率を背景に軍事力を拡張している。南シナ海の制海権は中国が握ったのではないかと見る専門家がいる。東シナ海も中国が握る可能性あり、中国の東アジア覇権の形成は目前である。東アジアを中心に中華帝国を形成するであろう。

中華人民共和国は大清帝国の後裔である。『振興中華』は現在の中国のキーワード。孫文は『五族協和』を『漢族を中心となし満蒙回蔵四族全部を我等に同化せしむ』と論じた。これは中華ナショナリズムである。国家内の異民族の自立を許容しない。共産党政権は孫文の思想を引き継いだ。中国はマジョリティを握り軍事力を使う。モンゴル、チベットへの共産党による軍事的弾圧が行われている。国家統一を図るという中国のエネルギーは膨大である。華夷秩序概念とは中国が中心という見方。

鄧小平は天安門事件による国際孤立に対応するために『韜光養晦』(光をつつみ養いかくす・外国に悟られずに軍事力を蓄え然るべき時に備える、という意)と言った。しかし強大な軍事力を身に着けた中国はこの政策をかなぐり捨てて膨張を開始した。

沖縄本島と宮古島の間の海峡を恒常的に中国の軍事艦船が通過している。日本は何も出来ないだろうと高を括っている。『ミュンヘン会談』で英仏はヒトラードイツの領土要求を全面的に認めた。これは宥和政策の典型となった。我々は中国のわが国の領土主権への侵害に対し法的手段を講じられない政府を擁しているという自己認識を持つべし。日本という国は『ミュンヘン会談』の一方の主役になってしまった事実認識を持つべし。

中華帝国主義は欧米の帝国主義から導き出されたが、それにプラスして華夷の弁と冊封体制がある。国内法を国際法であるかのごとく振る舞っているのが中国。中国と日本とは国際法の観念が異なる。

日本を変えることができるのは日本人だけ。アメリカや中国を変えることはできない。理不尽だと言って国内で相手国を罵倒しても何の役にも立たない。社会福祉のためにお金を使い出したら中国経済は一瞬のうちに赤字になる。人口問題は大変厄介。華北の水不足は絶対的。少数民族をどうやって統治していくのか。十年から二十年間で厄介なシナリオが動き出す。そう考えて対中戦略を構築すべし。」

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千駄木庵日乗二月十八日

午前は、母のお世話。訪問介護の方と共なり。

午後は、皇居坂下門前に赴き、お見舞いの記帳をさせていただく。多くの方々が記帳に来ておられた。また外国の人々も多かった。

大君のみ病いすみやかに癒えませと祈りまつりて筆をにぎれり

外つ国の人々も大君のご快癒を祈りて皇居に参り来れる

大君の萬寿無窮祈りまつり 坂下門に参り来れり

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帰宅後は、資料の整理・原稿執筆。

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2012年2月18日 (土)

ヘンリー・スコット・ストークス氏の三島由紀夫論

二月十三日に行われた『三島由紀夫研究会公開講座』におけるジャーナリストのヘンリー・スコット・ストークス氏が講演内容は次の通り。

「一九六四年にジャーナリストとして来日し三島由紀夫氏に出会った。当時はベトナム戦争があり、全学連のデモもあった。今日では想像もできない状況。三島氏の当時の世情と違うところに魅かれた。三島氏はジャーナリストとしてある意味で接しやすい人だった。三島氏はベトナム戦争にまったく興味を持っていなかった。日本の魂に触れるためには作家に会う事が大切だと思った。

ビッグな小説家にインタビューする中で、日本は分岐点にさしかかっていると思った。三島由紀夫氏を除いては日本がどっちの方向へ行けばいいのか分からない状態だった。三島氏はその為に自分自身を犠牲にすることを辞さなかった。中曽根さんを右翼だと言う人がいるが、中曽根さんは右翼でもなんでもない。国のために指の先一つも犠牲にすることはなかった。三島氏の死の十日後、外国人記者クラブに来て中曽根は、『三島は自決しなければよかった』と言った。

三島氏の幼少の頃を知れば知るほど、祖母の影響が強かったことが分かった。常陸宍戸藩藩主の松平家の血をひく祖母の厳しい躾を受けた。三つ子の魂百までで、三島氏は礼儀正しかった。

自由が丘のお祭りで御神輿を担いだ時の三島氏は人生を楽しんでいた。一緒にいて楽しい人だった。自分の人生を計画し実行するという意味で、三島氏は物凄い精神力であった。三島氏はお母さんを安心させたいために結婚した。

『金閣寺』と『宴のあと』は特に素晴らしい。三島氏はどういう人だったかが理解されるのは二、三百年かかる。自決の日、市ヶ谷に向かう途中、学習院の前を通り過ぎた。『私の息子は今あそこにいる』と楯の会の四人に言った。最後の数か月間はそれまでと違った精神状態であった。『関の孫六』はどこにあるのか分からない。三島氏は、『天皇は神である』というお立場を失ってはならないと思っていた。これが三島事件の全てであった。『昭和二十一年元旦の詔書』の宣言について非常に心を痛めていた。自決の根本で三島氏が訴えたかったのは、天皇の神聖性を失ってはいけないということ。自衛隊は何のために戦うのかを訴えたかった。三島氏は、この国がある種の呪いの中にあると考えていた。

私は森田必勝さんとはごく限られた接点しかない。古賀浩靖さんがどうしているか知りたい。」と語った。

       ○

昭和天皇は、『昭和二十一年元旦の詔書』を発せられた後も、「現御神」「天照大御神の生みの御子」との御自覚は決して失ってはおられなかった。「天皇の神聖性」は絶対に失われてはいない。

昭和天皇は、昭和三十五年に、

さしのぼる 朝日の光り へだてなく 世を照らさ むぞ わがねがひなる

と歌われ、同三十四年には

あなうれし 神のみ前に 日の御子の いもせの契 り 結ぶこの朝

と詠ませられている。この二首の御製は天皇および皇太子は「天照大神の生みの御子」即ち「日の御子」であるという御自覚を歌われているのである。

これらの御製を拝すれば、昭和天皇が「昭和二十一年元旦の詔書」においていわゆる「神格」を否定され「人間宣言」をされたなどという説が大きな誤りであることが分かる。

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千駄木庵日乗二月十七日

午前は、母のお世話。

午後は、諸雑務。父の逝去にかかわる年金などの諸手続きは極めて煩雑である。提出書類作成、添付書類の取得など大変な手間と時間を要する。困ったことだ。

この後、父の入院していた病院に赴き、副院長にあいさつ。諸手続き。

帰宅後も、諸雑務そして原稿執筆。

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2012年2月17日 (金)

日本神話の国家観

日本国の「国生み」は、伊耶那岐命・伊耶那美命の二神がお互ひに「あなにやし、えをとめを」「あなにやし、えをとこを」(『本当にいい女ですね』『本当にいい女ですね』)と唱和されて行はれた。二神の「むすび」によって国土が生成されたのである。国土ばかりではなく、日本国民の祖たる八百萬の神々もそして自然物も全て岐美二神の「むすび」よって生まれた。

国土も人も神から生まれたのであり、神霊的に一体なのである。ここに日本神話の深い意義がある。神と人とが契約を結び、神は天地を創造し支配するといふユダヤ神話とここが全く異なる。

世界各地の「神話」は、人類最初の男女神は、人間を生んでいる。國を生むのではない。ところが、日本神話ではそれが國生みに結び付けられ、国土創造の話に転換されている。これは日本神話の特色である。太古の日本人は劫初から、国家意識が確立してゐたのである。

日本国家の神的起源思想の特色は、国家成立の三要素たる国土、君主及び人民に對する神霊的・血族的に一体であるところにある。即ち皇祖神たる天照大神と国民の祖たる八百万と国土が伊耶那岐命・伊耶那美命から生れでた「はらから」という精神にある。

村岡典嗣氏は、「吾人は太古の国家主義が実に天皇至上主義と道義的關係に於いて存し、天皇即国家といふのが太古人の天皇觀であったことを知る。皇祖神が国土、人民とともに二神から生れ、而も嫡子であると考へられたのはやがて之を意味するので、換言すれば天皇中心の国家主義といふに外ならない。」「日本の國家を形成せる國土(即ち大八洲)と元首(天照大神)と、而してまた國民(諸神)とが、同じ祖神からの神的また血的起源であるといふことである。」(『日本思想氏研究』四)と論じてゐる。

天皇と国民と国土の関係は、対立関係・支配被支配の関係にあるのではない。契約関係・法律関係にあるのでもない。霊的魂的に一体の関係にある。これを君民一体といふ。この國體を神話が語っている。

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千駄木庵日乗二月十六日

午前は、母のお世話。

昼は、知人と懇談。

午後は、原稿執筆。

午後六時、八重洲にて知人と懇談。ロシア問題などについて話し合う。

帰宅後は、原稿執筆・脱稿・送付。

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2012年2月16日 (木)

『棟方志功・幻の肉筆画展』参観

今日参観した『パラミタミュージアム所蔵 棟方志功・幻の肉筆画展』は次のような趣旨で開催された。

「棟方志功は、明治36年、青森の鍛冶職の家に生まれました。他の仕事のかたわら、独学で絵の勉強を続けていた時に出会った、ゴッホの「ひまわり」の複製画に深い感銘を受け、画家になる決心をしました。…その後、版画家・川上澄生氏の作品に心を動かされ、版画の道を歩き始めました。版画家としては、昭和27年スイスで開かれた第2回国際版画展での優秀賞を皮切りに、数々の国際美術展で最高賞を受賞。「世界の棟方」として海外でも知られるようになりました。

本展では、棟方と同郷で長年交流のあった京都の個人邸宅に残されていた、肉筆による建築装飾画を中心に約50点をご紹介いたします。…知られざる棟方芸術の神髄をご堪能ください。」(案内書)

襖絵墨書「乾坤無妙」、襖絵「樹林」、掛軸「達磨西来図」、六曲一双屏風「二菩薩釈迦十大弟子図(菩薩改刻後)」、「般若心経版画柵」、自画像など多数の作品が展示されていた。

展示作品には「法眼志功」という署名が多く書かれていた。「法眼」とは「菩薩の持つ衆生を済度するための諸事象の真相を知るという眼」というのが原義で、坊さんの法印に次ぐ「位」の名称にもなり、さらに僧に準じて医師・絵師・仏師・連歌師などに与えられた称号にもなったという。棟方志功の深い信仰心を持っていたので、こういう称号を用いたのであろう。今回展示された作品でも、「代表作とされる「十大弟子図(菩薩改刻後)」そして「般若心経版画柵」に感動を覚えた。

棟方志功の描いた人物の『眼』に魅かれる。やさしさがある。仏や菩薩の眼である。どの作品にも強いエネルギーが感じられた。

地の底から湧き出るような日本的情念というか、魂を表現しているように思われる。棟方志功は青森県出身である。棟方の作品には「ねぶた」と同じようなエネルギーがある。西洋美術の模倣から始まった日本近代美術とは対極に位置する棟方志功は、最初国内ではなく海外で高い評価を得た。

棟方志功は、保田与重郎、中河与一という日本浪漫派の文士たちとも深い交流があった。私も中河与一先生のお宅で、棟方志功の大きな版画を見せていただいたことがある。

日本的エネルギーというか、日本人の強い生命力・信仰心を見事に美的に表現した人が棟方志功であった。

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千駄木庵日乗二月十五日

午前は、母のお世話。

午後一時半より、芝の駐健保会館にて、『大行社幹部会』開催。顧問の一人としてスピーチ。

この後、日本橋三越で開催中の「パラミタミュージアム所蔵 棟方志功・幻の肉筆画展』参観。

帰宅後は、『政治文化情報』の原稿執筆。

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2012年2月15日 (水)

我が国は中華帝国主義の暴虐に屈してはならない

尖閣諸島は明治時代にわが国政府は、清国政府に所属しないことを確認した上で、日本の領土とした。そして沖縄返還と同時に日本に返還された。支那は、清朝時代から国民党時代そして「共産党政権」になっても、尖閣列島の領有権などは全く主張しなかった。しかし尖閣列島付近の海底油田の存在が明らかになると、共産支那政府はにわかに領有権を主張し始めた。尖閣は間違いなくわが国固有の領土である。

尖閣問題は、勿論領土侵犯行為を働いている共産支那が悪いのに決まっている。しかし共産支那が無法な動きをしているのは、わが国政府のこれまでの対支那弱腰外交の結果である。領域(領土、領水、領空)、国民、主権は、国家成立の基本的三要素である。領域と主権が侵されても、毅然とした対応が出来ないのは、わが国が完全なる独立国家ではないということだ。竹島問題についてもこれは言える。

共産支那政府は、「海洋国土」と称する海域を勝手に決めた。その中には沖縄本島を含む南西諸島近海の大陸棚も含まれる。また、海南島を巨大基地化している。

今後、共産支那は益々増長し、日本を馬鹿にし、属国扱いをするであろう。そして、わが国の独立・国民の安全は脅かされ、さらには、日本の領土・領海・領空・資源は支那に奪われるであろう。我が国は、中華帝国主義の暴虐に屈してはならない。このままでは支那の属国になる危険すらある。


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千駄木庵日乗二月十四日

午前は、母のお世話。

午後は、『伝統と革新』編集の仕事。

この後、文京区役所に赴き、父の逝去にかかわる諸手続き。

午後六時より、永田町の憲政記念館にて、『呉竹会・アジアフォーラム』開催。頭山興助会長が挨拶。渡辺利夫拓殖大学総長が「中国をどう見るか」と題して講演。イリハム・マハムティ日本ウイグル協会会長がスピーチ。質疑応答。

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帰途、永年の同志と懇談。インドとの友好活動について話し合う。

帰宅後は、原稿執筆。

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2012年2月14日 (火)

この頃詠みし歌

父への挽歌

まだ温かき父の體に手を当てて永久の別れを告げにけるかも

永久の眠りにつきたまひたるわが父の胸に手を当てればまだ温かし

ぬくもりの残りたる胸に手を当てて永久の別れを告げにけるかも

つらいよといふ言の葉を幾度(いくたび)か聞きし切なさに胸張り裂ける

とことはに覚めることなき眠りにぞつきたまひたる父に手を合はす

九十二年生き来し父は悲しくも一人でこの世を去りたまひたり

體のぬくもり次第に無くなりゆく時に我は一人で嘆くのみなり

逝きませし父の亡骸は悲しくも今看護師に清められゐる

冬の世に父は逝きたり雪降れば雪も悲しきなべて悲しき

可愛がられし甥がさめざめと泣きをれば肩をさすりてなぐさめにけり

喪服来て葬儀場に来たる冬の朝 今日はわが父のみはふりの日ぞ

般若心経誦すれば父はやすらけく浄土への道を歩みたまふか

父上のやさしき遺影に向ひ坐し南無大師遍照金剛唱へまつれり

父上の遺詠に向かひ合掌す たゞやすらかに眠りませとて

これの世を去りたまひたるわが父の遺影の笑顔を見つめつゝをり

朝夕に父の遺影を拝ろがめば やさしき笑顔で我()を見そなはす

手を合はす我をやさしく見そなはす 父の遺影はなつかしきかな

夜の闇に舞ひ落ちる雪を眺めつゝ逝きませし父を一人偲ぶも

胃瘻といふ延命策は苦しみを延ばせしのみと思ふ悔しさ

苦しみの果てに逝きたる父のことを思へば胸も張り裂けむかも

血のつながりある人々がうち集ひ食事するなりみはふりの後

丘の上のみ寺の墓地にわが父に永久の眠りにつきたまひたり

光明真言唱へまつりてわが父のやすらけき眠りを祈りまつれり

           ◎

茶房にて立川談志の本を読む立川談志の住みゐし町で

萬葉人の歌は今も生き生きと わが魂(たま)にひびくことのうれしさ

あと三十年生きることをば決意して心身ともに老いを拒否せむ

凛として生きよとの声がわが内より聞こえ来るなる一人居の部屋

久方ぶりに食せしカレーの美味きかな 新宿中村屋は親しかりけり

スカイツリー冬の日の下にすっきりと立つを眺める冬の朝かな

両の手を太陽に向けて深呼吸すればうれしき冬の朝かな

「反米はいかん」と我にのたまひし赤尾敏先生逝きて幾年

生きてゐることの喜びかみしめて今昇り来る朝日拝ろがむ

冬枯れの木々を眺めて 木々の命蘇り来る春をし待たむ

寒風の吹き来る夜に一人して酒房に行かむと信号を待つ

見晴るかす美しき海が突然に襲ひ来るなる恐ろしさかな

天然の美といふ歌をうたひつつ日本に生まれし幸を思へり

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千駄木庵日乗二月十三日

午前は、母のお世話。訪問介護の方と共なり。

午後は、原稿執筆。

午後六時半より、アルカディア市谷にて、『三島由紀夫研究会公開講座』開催。玉川博己代表幹事が挨拶。ジャーナリストのヘンリー・スコット・ストークス氏が講演。質疑応答。講演内容は後日報告します。

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帰宅後も、原稿執筆。

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2012年2月13日 (月)

「むすび」の精神と日本国家

「むすび」の語源は、「生()す」である。「草が生す」「苔が生す」といわれる通りである。つまり命が生まれることである。故に母から生まれた男の子を「むすこ」といい、女の子を「むすめ」というのである。

「むすび」とは命と命が一体となり緊密に結合するということである。米のご飯を固く結合させたものが「おむすび」である。そして日本伝統信仰ではその米のご飯には生命・魂が宿っていると信じてきた。

「庵を結ぶ」という言葉があるが、日本家屋は様々な材木や草木を寄せ集めこれらを結び合わせて作られた。結婚も男と女の結びである。故にそのきっかけを作った人を「結びの神」という。そして男女の〈むすび〉によって新たなる生命が生まれる。日本の家庭も〈むすび〉によって成立しているのである。日本国土は、伊邪那岐命と伊邪那美命との「むすび」によって生成された。

日本という国家も同じである。人の魂が結び合って生まれてきた生命体なのである。日本民族の農耕を中心とする伝統的生活のから培われた信仰(自然信仰と祖霊崇拝・自然と祖霊を神として拝む心)が根幹となって生まれてきた生命体が日本国なのである。そしてその〈むすび〉の中核が日本伝統信仰の祭祀主である天皇である。これが三島由紀夫氏の言う「祭祀的国家」としての日本なのである。

我々はまず以て「国家観」を正しく確立しなければならない。言うまでもなく日本と欧米とは歴史・文化・宗教・社会構造・人間関係を異にしているのだから、日本国を近代西欧流の国家法人説・国家暴力装置説などの「国家観」によって論じてはならない。

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千駄木庵日乗二月十二日

午前は、母のお世話。

午後からは在宅して、原稿執筆。

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2012年2月12日 (日)

紀元節に思う

日本という国家には日本の長き歴史の中から生まれてきた立国の精神がある。

 日本国は、日本民族の生活と自然環境・風土の中からの生成して来た。日本民族の生活の基本は稲作である。日本人の主食は米である。

 

稲作に欠かすことのできない自然が太陽であり大地である。その太陽と大地を神として拝んだ。その太陽の神が天照大神である。また大地の神は国津神として祭られた。また稲穂そのものも神の霊が宿っているものとして尊んだ。

 天照大神をはじめとする天津神・国津神および稲穂の霊をお祭りされ、国民の幸福と五穀の豊饒を祈られる祭り主が、「すめらみこと」即ち日本天皇であらせられる。

 そして天照大神は太陽神であられるのみならず、天皇の御祖先神であられる。天照大神は「日本国に沢山稲を実らせなさい」という御命令を与えられてその生みの御子であられる邇邇藝命を地上に天降らせられた。その邇邇藝命の御子孫が神武天皇であらせられる。神武天皇は大和橿原の地に都を開きたまい、初代天皇に御即位あそばされた。その年から数えて今年は二六七二年なのである。

 『教育勅語』に示されている「皇祖皇宗」の「皇祖」とは、天照大神の御事である。「皇宗」とは邇邇藝命及びそのご子孫であられる神武天皇をはじめとする歴代天皇の御事である。日本国家の存立の精神的中核はこのような信仰精神にあり、日本という国家は天皇を祭祀主とする信仰共同体なのである。ゆえに日本国は天皇国といわれるのである。

二月十一日は「建国記念の日」である。正しくは「紀元節」なのである。この日にこそ、我々は正しき国家観を考え、日本国を道義国家として新生せしめねばならない。

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2012年2月11日 (土)

千駄木庵日乗二月十一日

午前は、母のお世話。

午後からは、在宅して『政治文化情報』『伝統と革新』の原稿執筆など。

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日本國體と成文憲法

西洋成文憲法は「権力に対する制限規範」である。イングランド最悪の王と言われるジョン王と諸侯との間で一二一五年に結ばれた『マグナ・カルタ』(大憲章)が西洋成文憲法の起源であり、『国王も法の下にある』といふ原則=『法は王権に優越する』という「法治主義」を確立したとされる。

日本国においては、天皇の「仰せごと・みことのりが」わが國における最高の法である。天皇が成文法の下にあるなどという事は絶対にあり得ない。

わが日本は国家の本質と君主たる天皇の御本質が建国以来、信仰的に厳然と確立している。これを法律論的に言えば、不文法によって定まっているということである。故に成文憲法でそれを変革することはできないし、成文憲法は不文憲法(立国の基本)に反する規定をしてはならない。西洋から輸入した近代法思想に基づく成文憲法によって立国の基本即ち日本國體を破壊してはならない。

換言すると、天皇を統治者と仰ぐ日本國體は、成文憲法などの世俗的な法律を超越しており、成文憲法などの権力機関で制定された法律は、国体及び皇室にかかわることに干渉することはできないのである。

三潴信吾先生は、その著『日本憲法要論』において、「世界中で、成文憲法が先に出来て、然る後に國家が成立した國は一つも無い。國家生活の根本事實が出現し、これと同時に、またはその後の時点に於て、憲法典が制定される。」「日本においては明治二十三年十一月二十九日の大日本帝國憲法施行の日まで、成文憲法は無かったが、何人も、その故を以て、それまで日本國家が成立して居なかったと見ることは出来ない」と論じてをられる。

日本天皇が日本国の君主・統治者であらせられるのは、日本の伝統信仰・歴史的な国体観念に基づくのであって、憲法に規定されているから天皇が君主であらせられるのではない。

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千駄木庵日乗二月十日

午前は、母のお世話。医師の往診あり。

昼は、知人と懇談。

午後は、原稿執筆。

午後五時より、新宿にて、『伝統と革新』編集実務担当者の方々と打ち合わせ。

帰宅後も、原稿執筆。

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2012年2月10日 (金)

鈴木宗男氏の講演 その二

三月十一日の大震災の時、お年寄りの入浴介助をしていた。津波の光景をテレビで見て、ここにいるのは申し訳ないと思った。刑務所の危機管理は凄い。大震災の日は夕食を三十分早く与えた。心配ないというメッセージ。翌朝の朝食も同じ。翌日の手紙もきちんと着いた。郵便局のネットワークは凄い。民営化した小泉はろくでもない。

この一年、良い経験をさせてもらった。良い行が出来たと思っている。金大中は死刑判決を受けた。鄧小平は三回捕まった。私はまだ楽なもの。

私のことを『疑惑の総合商社』と言った辻元清美は私より先に捕まった。彼女はみなさんの税金を詐欺した。私は税金を詐欺したら、皆さんの前には出ない。四年前、辻元は国会で私に謝った。

森・小渕・橋本内閣で私は権力の中枢にいた。その頃は前しか見なかった。今は、前よりも後ろを見、声なき声に耳を傾けるようになった。

人間は自然に生かされている。人間が自然を保護しているのではない。人間が自然に保護されているのだ。自然に感謝し、自然を敬うべし。『自然との共生』と言うが、人間としての慎みを持つべし。自然にお蔭で生きている。私は北海道の厳しい環境で育った。昭和三十六年までランプ生活だった。マイナス三十五度まで下がった。寒気で樹木が裂ける時のバーンという音が目覚まし代わりだった。自然を敬う心、親に感謝する心が、日本を愛する心につながる。

三月十六日の、天皇陛下のお言葉に一番心がゆさぶられた。『何にも増して,この大災害を生き抜き,被災者としての自らを励ましつつ,これからの日々を生きようとしている人々の雄々しさに深く胸を打たれています。』というお言葉を塀の中で正座をして聞き入った。三六五日の中で一番心に残った。明治天皇陛下は日露戦争開戦時に、『敷島の大和心の雄々しさは 事ある時に あらわれにける』と詠まれた。日の本の二千年の歴史を誇るべきである。

私の言う通りにやっていれば北方領土問題は解決した。私は四島返還の旗を降ろしたことは一度もない。『四島は、法と正義に基づいて解決しよう』という事に腐心した。我々は運動をしているのではない。交渉をしているのだ。国益を考えて結果をのこしたいと思っている。楽観論は駄目。明日の『北方領土の日』に野田首相が『プーチンに会いたい』と言えば事態は動く。

私はお天道様の下で『悪いことはして来なかった』と堂々と言える。悪しき権力とはとことん戦っていく。野田さんは解散するな。任期満了までやれ。毎年首相が変わってはいけない。震災復興一本でいけ。TPP増税はいらない。瓦礫処理を早くやれ。山村・農村・漁村で成り立っている日本を壊すな。」

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鈴木宗男氏の講演 その一

二月六日に行われた『月刊日本』特別講演会における鈴木宗男氏の講演を報告します。

「阿形さんは毎月一回手紙と一万円送って下さった。四十年前の南丘喜八郎さんはものすごくお元気だった。中川一郎先生も南丘さんも愛国者だった。二人の姿を見て、私は二十三、四歳の若者として興奮を覚えた。四十年以上も一緒に生き、男同士が付き合っている理由は、お互いが正直だから。

『宿命に生まれ、運命に挑み、使命に燃える』という言葉を大事にしている。松永安左エ門翁は次の三つうちの一つを体験すれば男になると言った。私は三つとも体験した。第一は、『大病を患うこと』。私は、四三七日という衆院議員としては最長の拘留生活を送った。『胃がんが転移している』と言われた。人生は終わったと思った。一年三か月の拘留の間で蝕まれた。逮捕前人間ドックに行く余裕はなかった。癌センターで手術して胃を開いたら転移はなかった。一昨年最高裁で棄却となり収監に応じる前に、食道癌だと言われた。小さいと言われ安心して手術をした。第二は、『浪人生活を送ること』。二年間浪人生活を送った。第三は、『捕まること』。最高裁終了まで十年戦争だと思った。それも八年で終わった。弁護士は、村木事件も鈴木事件も同じで、『初めに検察の筋書きありきだ』と言った。

勤続二十五年の表彰を受けた。外務委員会の委員長になった。刑事被告人で公職に就いたのは私一人。最高裁判事に元外務次官がいた。司法試験に受かっていない人が最高判事になるのはおかしい。

三六五日間の刑務所生活で三つの悟り、総括をした。①絶対に負けない。私が気弱くなったら家族・事務所・講演会が持たない。②一人では生きていけない。家族・友人・後援者の力が大事。家内は気丈でビクともしなかった。刑務所にいる私への家族・事務所から手紙は五百通、佐藤優さんから手紙は四〇二通いただいた。③目に見えぬ力によって生きていることを知った。ご先祖様と亡き両親の加護。おふくろは平成十六年四月六日に亡くなった。母は『宗男、母ちゃんは悪いことをする子供を産んでいない。自信を持って国会に行け』と言った。葬儀委員長は松山千春がしてくれた。平成十七年の衆院選で新党大地は国会に出た。親父とおふくろの目に見えない力があった。昭和四十四年、親父は農耕馬を二十五万円で売ってくれた。その金を持って私は東京に出た。馬は利口で、売られていく説きに目に涙をためている。そのお金で授業料を払い、残ったお金で下宿を探した。馬の支えもあった。

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千駄木庵日乗二月九日

午前、母のお世話。

午後からは在宅して、諸雑務、資料の整理、原稿執筆。

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2012年2月 9日 (木)

西村眞悟前衆院議員の講演内容

二月四日に開催された『日本再生同志の会全国総会』における西村眞悟前衆院議員の講演内容を報告します。

「マッカーサーは軍政を施行しようとした。重光葵はそれを止めさせた。重光葵は人種差別撤廃という大義は、戦争に敗れたと雖も日本にあると信じていた。ルーズベルトとチャーチルは『政権の在り方は国民の自発的意志にある』と言った。しかしそれはヨーロッパに対して言った言葉。オランダに植民地支配されていたインドネシアの独立と自主的選択は血を流してでも阻止した。重光葵は毎朝『教育勅語』を奉読した。戦前戦後一貫した精神を持っていた。

マッカーサーは本間雅晴、山下奉文の裁判をやった。これは復讐である。東京裁判の起訴は昭和二十一年四月二十九日、昭和天皇の天長節に行われた。『日本国憲法』は昭和二十一年十一月三日の『明治節』に公布され、東京裁判開始一周年の昭和二十二年五月三日に施行された。東京裁判の起訴状と同じ内容の憲法を押し付けた。『前文』に忌々しいほどの毒素が込められている。マッカーサーは『日本国民は十二歳であり無能力であり禁治産者だ』と言っている。戦争の惨禍を与える政府は信頼できない。信頼できるのは戦勝国民だと言った。東京裁判は違法な裁判だった。『日本国憲法』は内容も形式も無効である。そこに踏み込むことなき戦後からの脱却はあり得ない。

昨年の東日本大震災によって國體が明らかになった。昨年三月十六日の、天皇陛下の御言葉は統治者としてのお立場で国民に呼びかけられた。

韓国は日本の円で保証することによってウォンが紙切れにならずに済んだのに、李明博は一言の礼も言わず、従軍慰安婦のことを言いだした。『気をつけろ。南も北もみな朝鮮』という言葉がある。

私の学生時代は、国境を越えたプロタリアの連帯で明るい未来が来ると信じていた知識人が多かった。管直人は今でもそれを信じている。日本は自らの人類に対する責務に目覚めるべし。各民族に個性がある。それは『大東亜共同宣言』に書いてあること。

『昭和の日』は実現した。次は『明治の日』を実現したい。

検察にとって都合のいい供述調書をとって私を立件した。私を取り調べた検察官は自殺を図った。『議員辞職の上申書を書け』と言った検察官は、今、服役している男。現職衆議院議員の首をとることによって成績を上げたかった。私のことが罪になるのなら弁護士はゴルフも旅行も出来ない。大阪地検特捜部の検査に最高検が入るという。私の逮捕を許したのは最高検。」

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千駄木庵日乗二月八日

午前は、母のお世話。

午後は、今夜の『萬葉集』講義の準備など。

午後六時半より、豊島区立駒込地域文化創造館にて、『萬葉古代史研究会』開催。小生が、磐姫皇后の御歌などを講義。

帰宅後は、原稿執筆。

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2012年2月 8日 (水)

萬葉古代史研究會のお知らせ

萬葉古代史研究會

小生が講師となりて「萬葉集」を勉強する會が次の通り開かれます。主要作品を鑑賞しつつ古代日本の歴史精神と美感覚を學んでおります。多くの方々の御出席をお待ちしております。

日時 二月八日(第二水曜日) 午後六時半より

會場 豊島区立駒込地域文化創造館

東京都豊島区駒込二の二の二 電話〇三(三九四〇)二四〇〇 山手線駒込駅北口徒歩二分

會費 千円

テキストは、岩波文庫本『萬葉集』(佐佐木信綱編)下巻。

初参加の方はテキストはなくても結構です。初めての方でも分かりやすい内容です。

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<天皇の統治>とは

日本天皇は人としての「徳」よりももっと深い「祭り主としての神聖権威」、日本伝統信仰の言葉で言えば「御稜威」(みいつ)によって国家を統治したもうのである。御稜威とは天皇の有される神霊の威力というべきものである。

「しらしめす」即ち<天皇の統治>とは、天津神の御命令で日本に天降って来られて、天津神の御委任で天津神の日の神の霊統を継承される現御神として、天津神の命令のままに天の下をお知りになる(お治めになる)という、きわめて宗教的というか信仰的な意義があるのである。天皇の統治は決して権力行為ではない。

天下の一切の物事を「お知りになる」ということは、<無私>の境地であられるということであり、天下の一切の物事に対して深い<慈愛の心>を持たれているということである。<無私>と<慈愛>の心が無くては対象を深く認識し把握する事はできない。

 

『大日本帝国憲法』において「しらしめす」の漢語表現として「統治」という言葉を用いたのである。そしてこの「統」という言葉は統べる(統一する)という意であり、「治」は治める(本来の位置に置く)という意である。

明治天皇が明治元年三月十四日に発せられた『明治維新の宸翰』に「天下億兆一人も其處を得ざる時は、皆朕が罪なれば…」と仰せになっている。このお言葉こそまさしく「治める」の本質なのである。無私と慈愛というまさに神の如き御心で日本を統治されるお方が日本天皇であらせられるのである。

ともかく井上毅・伊藤博文などの先人たちは、日本の國體を根幹としつつ近代成文憲法を実に苦心して作りあげたのである。その努力は多としなければならない。大日本帝国憲法は決してドイツから輸入した翻訳憲法ではなかったのである。『大日本帝国憲法』は、明治維新の輝かしい歴史の所産であり、日本国民の政治的良識の結晶であった。

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千駄木庵日乗二月七日

午前、母のお世話。

午後は、『伝統と革新』編集の仕事。

午後七時より、新九段下沙龍にて、『憲法勉強会』開催。楯の会の『憲法草案』を読みつつ論議。國體と成文憲法について話させていただいた。

帰宅後は、明日の『萬葉古代史研究会』における講義の準備。

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2012年2月 7日 (火)

國體と成文法

祭祀主たる天皇は、地上における天照大御神の御代理即ち現御神であらせられるのであって、國民が作った成文法によって制限され、規制される存在ではない。

伊藤博文は、明治十五年の書いたといふ岩倉具視宛の書簡で、「…我皇室の如きは、二千五百有余年、邦国の体裁を固定せざる以前に於て、既に君主の地位を占む。豈に国憲を定め国会を起すの時に至り、始めて君主たる事を認めらるゝを俣たんや。」(『伊藤博文傳』中巻)と書いてゐる。

 政体が制度的・法的に確立した時期よりはるか以前から、すなはち天孫降臨以来、天皇はわが國に君臨せられてゐたのである。

 野口武彦氏は、「美濃部達吉は『帝国の國體と帝国憲法』(大正二年)といふ著書で、『國體』とは『国家の成立する基礎たる精神』、『国家団結の基づく所の民族精神』であり、従って『単純なる法律上の観念に非ず』といい、さらに『國體は憲法上の観念に非ずして主としては倫理上の観念なり。憲法は国の政治組織を定むと雖も國體を定むることなし』と明言してゐる。そして『政体』の概念については、『我が帝国の國體に基く憲法上の特色は萬世一系の皇統を君主として奉戴する君主政体なることに存す』とい命題が明確に述べているとおり、これを国家の政治組織と定義しているのである。」(『王道と革命の間』)と述べてゐる。

國體と政体は明確に区別されなければならない。そして成文法によって國體が隠蔽されたり変革されたりしてはならない。 

また、西洋の国家観は、ある特定の地域の内部で物理的暴力による支配機構といふ事である。国家は個人の抑圧装置としてゐる。西洋国家観では、個人にとって国家とは本質的に敵である。このやうな国家観で日本国を規定してはならない。

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千駄木庵日乗二月六日

午前は、母のお世話。

午後は、諸雑務。

午後五時より、赤坂区民センターにて、『月刊日本』特別講演会開催。南丘喜八郎氏が挨拶。鈴木宗男氏が「運命に挑み、使命に燃える」と題して講演。二時間近くにわたり熱弁。質疑応答。内容は後日報告します。

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講演する鈴木宗男氏

帰途、出席者の方と懇談。

帰宅後は、『大吼』連載原稿執筆・脱稿・送付。

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2012年2月 6日 (月)

日本人の他界観

死後の世界は、まだ行ったこともなく見たこともないが、やがては必ず行くことになる「他界」である。従って人が死んだことを「他界した」というのである。それは平安時代の歌人・在原業平が

「つひにゆく道とはかねて聞きしかど昨日今日とは思はざりしを」(最後には行かなくてはならない死出の旅路だとは思っていたが、それが昨日今日と差し迫っているとは思わなかった、というほどの意)

と詠んでいる通りである。そして死んだ人は草葉の蔭から生きている人を見守ったり祟ったりするのである。ということは、死後の世界と現世は遮断していないで交流し連動しているということである。

それは『古事記』に記されている伊耶那岐命と伊耶那美命の黄泉国(よみのくに) の神話を拝すれば明らかである。 

日本人は基本的に、人間は肉体は死んでも魂はあの世で生き続けるという信仰を持っている。死後の世界は、次第に理想化・光明化されていき、神々の住みたもう世界と信じられるようになった。

古代日本人は生活全般が信仰心を基本としていた。天地万物に神や霊が宿っており、森羅万象は神や霊の為せるわざであると信じていた。だから「他界」にももちろん神や霊が生きていると信じた。しかし、反面、穢れた他界も想定された。そこには鬼や妖怪や魑魅魍魎が住んでいると信じられた。

 

すばらしい聖なる世界・清らかな他界は高天原と呼ばれ、穢れた他界・恐ろしき他界は夜見の国・根の国と呼ばれた。これが後に仏教の輪廻転生の倫理観と結合し、西方極楽浄土及び地獄の思想が多くの日本人に信じられるようになったのである。

春秋二回のお彼岸は今日、仏教行事のように思われているが、本来的には日本人の他界信仰・祖霊信仰から生まれた日本固有行事なのである。春と秋の昼と夜の長さが同じ日に「あの世」から「この世」へ祖先の霊が訪ねてくると信じてきたのである。「彼岸」とは向こう岸という意味であり、日本人の他界(よその世界・まだ行くことのできぬ世界)観念とつながる。

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千駄木庵日乗二月五日

午前は、母のお世話。

午後は、諸雑務。

この後も、在宅して「大吼」連載の『萬葉集』講義の原稿執筆。

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2012年2月 5日 (日)

『東京財団フォーラム・日米から見るTTPの行方』における登壇者の発言

二月一日に開催された『東京財団フォーラム・日米から見るTTPの行方』における登壇者の印象に残った発言は次の通り。

ブルース・ストークス氏(国際経済コラムニスト)「歴史上、物事が変わるチャンスがある。今がそれ。TPPが議論になり、EUと日本が自由貿易協定を結ぶ話もある。先進国の日米欧がもっと密につながるチャンスになっている。金融経済に未来はない。経済自由化は経済を世界に開くこと。日米関係は今非常に良好。アメリカ人の七〇%が日本に好意的。日本を経済的脅威と見なしているアメリカ人は一%。アメリカ経済界は日本にTPPに入ってもらいたいと思っている。日米には共通の課題あり。それは中国問題。日米は中国が提供するチャレンジに対抗するために協力せねばならない。アメリカは日本の国民健保のプログラムを変えようというのではない。ロムニーがフロリダの予備選で大差をつけて勝った。彼が共和党の大統領候補になる。私の祖父は農民。前世紀の末に都会に来た。どんな社会でも農業ペースから工業ペースへ移行するには悲劇が伴う。アメリカの賃金は下がっている。輸出を増やすしかない。」

盛田清秀日本大学生物資源科学部教授「お金をつぎ込んでも日本の農業は変わらない。農業問題で構造改革するのは共通認識になっている。日本人は農地改革で英知を結集すべし。」

土屋了介前国立がんセンター中央病院長「中国は社会主義なのに国立病院の経営を企業がやっている。日本の高度医療はすべて半官半民でやっている。病院のタカリ体質を変えるためにはTPPに入った方が良い。」

原田泰大和総研顧問「日本が経済的脅威と考えているアメリカ人が一%というのはさみしい。日本に休耕田がある。それを耕して輸出するほかなし。日米両国民共にハゲタカ外資を嫌う。普通の人の価値観は同じ。」

久保文明東京大学教授「オバマ再選は簡単ではない。一七%から一八%の人が失業している。雇用を増やすには輸出しかない。TPPはオバマには関係ない。アメリカにもジレンマがあり、酪農・自動車産業という弱い産業を抱えている。共和党支持者の方が保護主義的。国と国との関係は必ずしもお金の関係ではない。損得勘定は大事。農業に対して一定の保護が必要。医療についてアメリカが色々要求してくることはない。日本の戦後の成功の根源は製造業が頑張ってきたから。農業が大事だからと言って閉じこもっていては駄目。大きな方向性を語るべし。競争のないところは弱くなる。競争は不愉快で不安だが、勝ち抜いて生きていかねばならない。」

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千駄木庵日乗二月四日

午前は、母のお世話。

午後一時より、靖国神社境内の靖国会館にて、『日本再生同志の会全国総会』開催。小田村四郎会長が挨拶。西村眞悟前衆院議員が講演。この後、懇親会開催。

帰途、数人の同志と懇談。

帰宅後は、諸雑務。

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2012年2月 4日 (土)

『皇室典範』について・その二

『朝日新聞』によると、野田政権は女性宮家創設を検討するための有識者へのヒアリングを報道各社に公開することを決めたという。二月下旬から今年夏ごろまで実施し、皇室典範改正の素案をまとめる方針だという。内閣官房参与に起用した園部逸夫・元最高裁判事を中心にヒアリング対象者の選考を進めているという。首相官邸で月一、二回、女性宮家創設の是非や女性宮家の範囲について、内閣官房副長官や内閣官房の皇室典範改正準備室の職員らが意見を聞き取り、それをもとに素案をつくって国民から広く意見を募るという。


『皇室典範』の改定を、「有識者」なるものの意見に基づいて決定するということだ。とんでもないことである。

『皇室典範改正問題』は、天皇國日本というかけがえのない信仰共同體・祭祀國家の根幹に関わる重大問題である。皇位繼承とは、神代以来の道統を繼承する天皇の御位に関することである。他國の王位繼承・元首の選び方・権力者交代システムとは全くその本質を異にする。皇位継承など皇室に関わる重大事は、神代以来のわが國の傳統を遵守しなければならない。天皇は、神代以来の傳統の継承者・體現者であらせられる。

皇位継承・天皇の即位は、天孫降臨の繰り返しである。日本においては、「神話」は今も生きている。皇位継承の際に執行される「即位の大典」と「大嘗祭」は、天孫降臨といふ元初の事實の繰り返しであり、御歴代の天皇が天照大神の御神霊と一體になられる「みまつり」であり、天皇の神としての御資格の再生であり復活の「みまつり」である。

かかる神聖なる「皇位継承」の事柄について、「有識者」や「国民」の意見を募り改変するなどということがあっていいはずがない。これは國體破壊である。

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千駄木庵日乗二月三日

朝は、母のお世話。

午前は、『政治文化情報』発送作業。完了。購読者の皆様には明日か月曜日にお届けできると思います。

午後は、『大吼』用原稿執筆・脱稿・送付。

夜は、『月刊日本』用原稿執筆・脱稿・送付。

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2012年2月 3日 (金)

『皇室典範』について

『大日本帝国憲法』第七四条には、「皇室典範ノ改正ハ帝国議会ノ議ヲ経ルヲ要セス」(皇室典範の改正は、帝国議会の議を経る必要はない)と書かれている。また明治天皇勅定の『皇室典範』六十二条には、「将来此ノ典範ノ条項ヲ改正シ又ハ増補スヘキノ必要アルニ当テハ皇族会議及枢密顧問ニ諮詢シテ勅定スヘシ」と書かれている。

これについて伊藤博文はその著『憲法義解』の「憲法第七四條」の「註」で、「皇室典範は皇室自ら皇室の事を制定す。而して君民相關かるの権義に非ざればなり」と論じている。さらに『皇室典範』第六二條の「註」において「皇室の事は皇室自ら之を決定すべくして之を臣民の公議に付すべきに非ざればなり」と言っている。

戦後、『皇室典範』が『憲法』の下位法になり、皇位継承という皇室の重大事が権力機構である国会で決められてしまうようになったのは國體隠蔽であり國體破壊への道を切り開くものである。

「天津日嗣の高御座の繼承」という神聖不可侵の事柄を、上御一人の御意志をうかがうこともせず、政争が繰り返される権力機構たる議會で決めるのは間違っている。臣下・政治家が『皇室典範』を改定すること自體、不敬不遜の極みである。

権力機構たる議会や政府が、『皇室典範』改定を行うことは、政體が國體を規制し、権力が権威を規制し、「俗」が「聖」を規制し、権力国家が信仰共同体国家を規制し、臣下国民が上御一人を規制し奉ることになる。これは文字通り國體破壊である。衆参両院議員の過半数によって、國體の根幹が変更されたり、否定されたり改変されることは絶対にあってはならないことである。

天皇國日本においては『憲法』を含め全ての「法」の正統性は、天皇の神聖権威による。現御神日本天皇以上の権威は日本には存在しない。『皇室典範』の改定は、國家の権力機関である立法府・行政府で決められるべきではなく、日本の伝統の体現者てあらせられる天皇陛下の大御心を体して決められるべきである。『皇室典範』は勅定であらねばらない。

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千駄木庵日乗二月二日

午前は、母のお世話。

午後は、北区にある菩提寺に赴く。四宮家の墓を掃苔、線香と花を供えて拝礼。二時より、本堂にて『節分会』執行。住職の導師で法要が営まれ、参列者全員で豆撒きを行った。

帰宅後は、『伝統と革新』編集の仕事、そして『政治文化情報』発送準備。『大吼』用原稿執筆。

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2012年2月 2日 (木)

文京区役所からの回答

先月二十五日に提出した文京区長への小生の質問書に対する回答が送られてきたので掲載します。

             ◎

平成24131

四宮正貴様

文京区区民部区民課長 松井良泰

区民センター文化講演会について

四宮さまからいただきましたご質問につきまして、回答させていただきます。

区民センター文化講演会につきましては、区民の皆様に生涯学習の機会を提供し、文化教養の向上を図り、文化振興に寄与することを目的に、芸術、文学、歴史、健康、スポーツなど様々な分野のテーマで、毎年開催しております。

講師につきましては、カルチャースクールから複数名の候補者の提案を受け、その提案の中から決定しております。

今回につきましては、提案された候補者に篠田正浩氏の名前があり、「瀬戸内少年野球団」や「少年時代」など、人気を博した映画の監督である同氏の講演が、多くの皆様に興味を持ってもらえることが期待できることから、講師として選定いたしました。

また「講演者選定基準」については、特に定めておりません。

                          」

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千駄木庵日乗二月一日

午前は、母のお世話。

午後は、『政治文化情報』発送準備。

午後四時より、赤坂の日本財団ビルにて、『東京財団フォーラム・日米から見るTTPの行方』開催。ブルース・ストークス氏(国際経済コラムニスト)、盛田清秀日本大学教授、土屋了介元国立がんセンター病院長、原田泰大和総研顧問、久保文明東京大学教授が討論。内容は後日報告します。

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帰宅後も、発送の準備。

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2012年2月 1日 (水)

日本国の本質

日本は自然に生まれてきた国であって、人為的に作られた国ではない。ところがアメリカや旧ソ連や中華人民共和国は高々数十年から百年くらい前に人為的に作られた国である。

「生む」は日本伝統信仰の観念であり、「作る」はキリスト教の観念である。伊耶那岐命伊耶那美命は日本国土をお生みになったのであり、キリスト教の神(ゴッド)は人間を作ったのである。キリスト教の神はなぜか国家は作らなかった。国家は神によって造られた人間が集まって文字通り人為的に作られたと言うのが西洋の考え方である。日本の国家観と西洋国家観の違いは実にここから発すると考えられる。

日本国は、数多くの個としての人間が寄り集まって人為的に契約を締結して作った権力機構・政治形態としての国(これを「国家法人説」と言い換えてもいいと思う)とはその本質が全く異なるのである。

「国家とは、社団法人や財団法人のように多くの人々が一定の目的のために契約を結び人為的に造られたものだ」というのが「国家法人説」なのである。天皇中心の信仰共同体としての日本は断じてそのような存在ではない。「国家法人説」を日本国に当て嵌めることはできない。

日本人は、豊かな自然に包まれて、様々な階層の人々も、「和」「むすび」を基本として生きてきた。そして信仰共同体としての国家が生まれた。日本国は、天皇を中心とする「和」「むすび」によって国家の統一は維持され、民族の伝統は一貫して継承されてきた。

この「むすび」の語源は、「生す」「生える」である。命が生まれることである。故に母から生まれた男の子を「むすこ」といい、女の子を「むすめ」という。「むすび」とは命と命が一体となり緊密に結合することである。

「庵を結ぶ」という言葉があるが、日本家屋は様々な材木や草木を寄せ集めこれらを結び合わせて作られた。結婚も男と女の結びである。故にそのきっかけを作った人を「結びの神」という。そして男女の〈むすび〉によって新たなる生命が生まれる。日本の家庭も〈むすび〉によって成立しているのである。

日本という国家も、人の魂がむすびあって生まれてきた生命体なのである。そしてその〈むすび〉の中核が日本伝統信仰の祭祀主である天皇である。これが三島由紀夫氏の言う「祭祀的国家」としての日本なのである。

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千駄木庵日乗一月三十一日

午前は、母のお世話。文京区役所秘書室に、小生が提出した区長への要望書に関して問合せ。

午後からは、『伝統と革新』編集の仕事、資料の整理、『政治文化情報』発送準備など。

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