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2012年1月 5日 (木)

『殿様も犬も旅した 広重・東海道五拾三次』展参観

今日参観した『殿様も犬も旅した 広重・東海道五拾三次

―保永堂版・隷書版を中心に―』展は、「歌川広重の代表作である保永堂版(ほえいどうばん)「東海道五拾三次之内」は、江戸を出発し、53の宿駅を経て京都へいたるまでの道のりをたどった55枚の大判錦絵シリーズです。天保4年(1833)に版元の保永堂(竹之内孫八(たけのうちまごはち))と僊鶴堂(せんかくどう)(鶴屋喜右衛門(つるやきえもん))から共同出版され…名所絵の名手としての地位を不動のものとした広重は、生涯で20種以上の東海道物を製作しています。…本展では那珂川町馬頭(なかがわまちばとう)広重美術館所蔵の保永堂版「東海道五拾三次之内」と、サントリー美術館所蔵の隷書版「東海道」を一挙に公開いたします。」(案内書)との趣旨で開催された。

単に景色を描いたのではなく、旅人、住人、農作業などの労働をしている人、遊女、大名行列など多くの人物や生活の実態が生き生きとリアルに描かれている。天保年間に描かれた絵である。時代区分で言うと、封建時代であり、德川幕藩体制下である。しかし、人々の生活の基本は現代とそんなに違いはない。宿屋や遊郭の呼び込みや客引きはいるし、人々はみな商売や労働にいそしんでいる。そういう姿が生き生きと描かれている。

江戸の日本橋から京都の三条大橋までの五十三次が描かれている。当時の日本人は基本的には幸福だったのではないかと思われる。しかし、津波の被害によって地形が変わってしまったという浜名湖の景色も描かれていた。

富士山が背景に描かれている絵が多かった。東海道を行く旅人にとって富士山は大きな存在だったのである。現代の我々も新幹線に乗った時、富士山を眺めることか楽しみの一つである。

また、大名行列も描かれていた。幕府による各藩に対する締め付け策であったのだが、反面、江戸と地方との文化交流には役立ったと思われる。

「日本橋 朝之景」「原 朝之冨士」「丸子 名物茶店」「夜の雪 神原」「箱根 湖水図」「京師 三条大橋」「赤阪旅舎招婦の図」などを見た。

歌川広重は、『名所江戸百景』という作品も遺している。これも素晴らしい作品で、以前、東京芸術大学美術館で開催された展覧会で鑑賞した。

我が家近くの「千駄木団子坂花屋敷」「日暮里諏訪の台」「日暮里寺院の林泉」が描かれている。団子坂の絵には、実際私が昇ったことのある石段が描かれている。その石段はマンション建設によってなくなってしまった。また私がよく行く「下谷広小路」「上野清水堂不忍池」「湯島天神坂上」「昌平橋聖堂神田川」などが描かれている。一本の筋で描かれた雨の描写がとてもいい。

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