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2012年1月26日 (木)

『富田メモ』は信じられない

終戦直後、占領軍によるいわゆる『戦争犯罪人』の追及が始まった時、昭和天皇は、木戸幸一内大臣に対し、「戦争責任者を連合国に引き渡すのはまことに苦痛にして忍びがたきところなるが、自分が一人引き受けて退位でもして収めるわけにはいかないだろうか」と仰せになった。

東久邇稔彦総理は「日本人が戦争犯罪人を裁く」と提案した。昭和天皇はそれに対して、「敵側のいわゆる戦争犯罪人、殊にいわゆる責任者は、いずれもかつては、ひたすら忠誠をつくした人々なるに、これを天皇の名に於いて処断するのはしのびざるところなるゆえ、再考の余地なきや」とお答えになった。

こうした昭和天皇の御発言、御心を拝すれば、『富田メモ』を根拠にした「昭和天皇は、A級戦犯が合祀されたので靖国神社御参拝をお止めになった」という論議は肯定できない。

富田朝彦という人物は、国会における社会党などの反日議員の追及を避けるという自己の保身のために、昭和天皇に対し奉り、あることないこと吹き込んで「靖国神社御参拝ご中止」を迫ったのではないか。その可能性がきわめて高い。

わが国には、戦勝国によって行われた戦争行為・復讐である『極東国際軍事裁判』において「絞首刑」の「判決」なるものを受け、執行された人々は、まさに戦死者であり殉難者である。決して『戦争犯罪人』ではない。殉難者・戦死者が靖国神社に合祀されるのは、当然過ぎるほど当然である。わが国には殉難者はいても戦犯は一人もいないのである。

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