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2012年1月17日 (火)

再び富田朝彦について

『選択』平成十七年六月号掲載の『藩屏(注・守り防ぐための垣根。皇室を守護するもの)不在』といふ記事に次のやうな重大なことが書かれていた。「政府に遠慮しなかった宇佐美(注・毅氏。二十五年間にわたって宮内庁長官を務め、昭和天皇のお仕へした人)に閉口して、官邸がコントロールしやすいやうに、宇佐美の後の宮内庁長官を官僚の一ポストに過ぎなくした…入江(注・相政氏。半世紀にわたって昭和天皇にお仕へした人)の実力に政治家も手が出せなかった。…宇佐美の後任、警察官僚の富田朝彦は次長四年、長官を十年勤めたが決断が鈍く、『小型』官僚の典型であった。…誰がどのようにして皇室を支へるのか。『馬齢官僚』は願い下げだが、適材なら定年など無視して構わない。学者や民間人の起用も選択肢の一つである。」と書いてゐる。

この富田朝彦の「メモ」が大きな問題を起こしたのである。また、昨日書いたように富田朝彦は、掌典職であった永田忠興氏に「私は無神論者だ」などと公言して、「宮中祭祀」軽視の姿勢を明確にした。

さらに、昭和五十年十一月二十日の参議院内閣委員会において、社会党の野田哲・矢田部理・秦豊の三人が、天皇陛下の靖国神社ご親拝についての悪辣にして執拗な「追及」に恐れをなした無神論者・富田朝彦は、先帝陛下に色々な情報を申し上げて、先帝陛下の靖国神社行幸をお止め申し上げたと思はれる。それを糊塗するために「A級戦犯云々」を『日記』に書いたと推測する。少なくともあの『富田メモ』なるものには富田の創作・富田の考へが混入されていることは確かであらう。『富田メモ』に書かれてゐることはあくまでも、富田氏の聞き書きであり、先帝陛下のお心を誤りなく伝へているとは決して言へない。

現行体制下の宮内庁長官は、政治権力者と対等にものを言へる立場ではない。それが皇室の政治利用が行はれる原因である。そして国会で国賊議員からとっちめられれば、天皇陛下の靖国神社御親拝も行はれなくなる。天皇陛下の側近中の側近が政治家に顎で使はれたり、国会議員に恫喝されるやうでは、天皇・皇室を政治権力からお護りする事は出来ない。メディアなどの皇室冒瀆に対処するためだけではなく、政治権力によるいはゆる「皇室の政治利用」「皇室への圧迫と干渉」を防ぐために、天皇の輔弼体制の強化がなりより大切である。『現行憲法』下においてもも宮内庁長官は認証官であり、政治権力者の部下ではない。

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