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2012年1月22日 (日)

父の逝去に思ふ

私は、「肉体は滅びても生命は永遠である」「霊魂不滅」といふことを、固く信じて来た。神仏を信じ、神仏にご加護を祈ってきた。父はつひ昨日まで生きてゐた。昨日の午後、病院に行った時は、安らかに眠ってゐた。そもちろん、体は暖かく、ごく普通の顔色をしてゐた。頬ずりをして父がまだ生きてゐることを実感した。

深夜十二時頃、病院から呼ばれて駆けつけてみると、すでに父は亡くなっていた。胸に手を当てたらまだ体は暖かかった。しかし、昼間の顔色とは全く違って白みを帯びていた。父の肉体から生命が去ったと実感した。私を産み育ててくれたたった一人の父がこの世を去ったと実感した。

つひにして父はこの世を去りたまふ とことはの別れとなりにけるかも

未だ温き父の体に手を当てて永久の別れを告げにけるかも

永久の眠りにつきたまひたるわが父の胸に手を当てればいまだ暖かし

苦しみし日々は去りたり 父は今 天津国へと天翔ります

父君は天に昇りて 遺されしうからを永久に 守りますなり

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