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2012年1月 7日 (土)

神勅に示された日本民族の理想

 天照大神から皇孫・邇邇藝命に授けられた『斎庭の稲穂の神勅』には、

「吾が高天原(たかあまはら)の所御(きこしめす)す斎庭(ゆにわ)の稲穂を以て、亦吾が兒(みこ)に御(まか)せまつる」(わが高天原につくっている神に捧げる稲を育てる田んぼの稲穂をわが子にまかせようという意)

と示されている。

『斎庭の稲穂の神勅』は、高天原で神々が行われていた米作りをそのまま地上でも行うべしという御命令である。稲の種子を伝えるということは、米作りの生活を伝えることである。『斎庭の稲穂の神勅』は、「米作り」という「くらし」の伝承なのである。これは、米作りを基盤とする文化が日本文化であることを証ししている。

天照大神から皇孫・邇邇藝命に「斎庭の稲穂の神勅」を授けられたのは、高天原の稲を地上に移し植えて日本國を「豊葦原の瑞穂の國」とするのが、天皇のご使命であり民族の使命であるということを示している。天上から伝えられた斎庭の穂を地上に稔らせることによって、地上と天上とが等しくなると信じた。

これは、神々の米作りの手振り・くらしを、地上に生きる人々が神習うという信仰である。神々の理想を地上において実現することである。その中心者が天照大神の「生みの子」であらせられる天皇なのである。つまり、天皇は神意現成の中心者である。「高天原を地上に」「今を神代に」というのがわが國の國家理想である。こんなすばらしい國は世界に日本しかない。これを萬邦無比の國體という。

つまり、『斎庭の穂の神勅』は、民族生活の様式が水田耕作の上に立っている史実を物語る。そして、天皇の日本國御統治・國土経営の理想を示している。

邇邇藝命は正しくは、「天邇岐志國邇岐志天津日高日子番能邇邇藝命」(アメニギシ・クニニギシ・アマツヒコ・ヒコホノ・ニニギノミコト)と申し上げる。この御名は、「天地に賑々しく實っている太陽神の御子であり立派な男児である稲穂の靈の賑々しい命」というほどの意である。邇邇藝命とは、太陽神の御子であるとともに稲穂の神の神格化である。

穀物を稔らせる根源の力である太陽神の靈力を受けた天邇岐志國邇岐志天津日高日子番能邇邇藝命が、地上に天降り、天上の斎庭の神聖なる稲穂を地上に稔らせるという「天孫降臨神話」は、稲穂がにぎにぎしく稔る國を地上に実現することが天皇のご使命であり日本民族の理想であることを物語っている。「天孫降臨神話」は、まさに日本人の「米作りのくらし」の中から生まれてきたのである。

言い換えると、皇祖神・天照大神は、稲穂を邇邇藝命に伝持させ、その稲穂を地上において栄えさせるという使命を歴代の天皇に与えたことを示している。それがわが日本の始まりであり、わが日本民族の基本的性格であり、日本という國家と民族の理想である。

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