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2012年1月 4日 (水)

日本人の神観念と世界の救済

日本傳統信仰・神ながらの道は、〈神と人との合一〉〈罪の意識の浄化〉を最高形態としてゐる信仰である。全人類を戰爭の慘禍から救ふ道は、日本傳統信仰への回歸である。日本傳統信仰を世界に恢弘することが私たち日本民族の使命である。

日本の自然環境は、自然の中に神を観る信仰を生んだ。日本民族は、天地自然を神として拝む。神は到る処に充ち満ちてゐます。自然は神の命の顕現である。

日本人の神観念には、「神はこんな形だ」といふ一定の相形(すがたかたち)はない。神は無限である。だから、神はありとあらゆる姿に現れる。神は無相であると共に無限の相たり得るのである。日も月も山も海も大木も風も水も神として拝まれる。神は本来が無相であり無限であり、どんな姿にでも現れ、我々を護りたまふのである。さうした神々の根源神として「造化の三神」がましますのである。日本の神は「多即一・一即多」のお姿をあらはされる。

 

『古事記』冒頭には、「天地初發の時、高天原になりませる神の名は、天之御中主神(あめのみなかぬしのかみ)。次に高御産巣日神(たかみむすびのかみ)、次に神産巣日神(かみむすびのかみ)。この三柱の神は、みな独神(ひとりがみ)になりまして、身を隠したまひき」と示され、「天地の生成の本源神」たる天之御中主神の次に高御産巣日神、神産巣日神の名が示されてゐる。そして「この三柱の神は、みな独神になりまして、身を隠したまひき」と示されてゐる。

「造化の三神」が「天地初發の時、高天原になりませる神」(天地宇宙の生成と共になりませる神)と仰がれてゐるのは、「造化の三神」が天地宇宙開闢以来天地宇宙と共に存在する神、天地宇宙の中心にまします根源神であるといふことである。一神教の神のやうな被造物(つくられたもの)とは全然範疇の異なる存在・被造物と対立する存在たる「天地創造神」ではないのである。

天地・國の生成は、絶対神のうちに内在する“むすびの原理”の展開としてあらはれてくるのであって、日本的思惟においてはすべて“一”をもって“創造の本源”とし、そこから無限の生きとし生けるもの・ありとしあらゆるものが生成するのである。そこに、多神にして一神、一神にして多神であり、多即一・一即多・中心歸一といふ大らかにして無限の包容性を持つ文字通り「大和(やまと)の精神」たる日本的思惟の根元が見出されるのである。

日本はその傳統信仰の靈的精神の偉大なる包容力によって、よく他國の宗教・文化・文明を取り入れてそれを融和せしめ洗練して、強靱にして高度な日本文化として開花せしめる力を持ってきたのである。

 闘爭戰爭絶え間なき現代において、日本的思惟である<中心歸一の原理><結びの原理>そして<多即一・一即多の原理>によって、分割する精神=神と人・神と被造物は絶対的に隔絶された関係にあり、人間などの被造物は神の支配され神に裁かれ神に復讐される存在であるといふ二元論を克服し、さらに唯一絶対神の排他独善性からも解放し、永遠の闘爭から人類を救済すべきである。

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