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2012年1月18日 (水)

宮内庁長官と後藤田正晴

高橋紘一氏はかつて次のやうに論じた。「(注・天皇は宇佐美毅宮内庁長官を)『律儀者』と評したという。しかし彼の頑迷さは皇室を『政治外』に置くことに効があった。宇佐美が退いて一〇年、最近、皇室が政治に巻き込まれる例が目立つ。皇太子訪米が外務大臣と米大統領の会見で出たり、皇太子訪韓を故意にマスコミにリークし、〝自然承認〟させたりする。『在位六〇年式典』の日取りを、中曽根首相の政治日程に合わせるなど、論外である。…政治家の皇室利用に対して宮内庁幹部は厳然たる態度をとらねばならない。」と論じた。(「人間天皇演出者の系譜」・「法学セミナー増刊・天皇制の現在」昭和六一年五月発行)

中曽根内閣当時の内閣官房長官は後藤田正晴氏であり、宮内庁長官は富田朝彦氏であった。富田氏は、宮内庁長官時代、カミソリとはいれた元の上司・後藤田正晴官房長官に対等にものが言へるといふ立場ではなかったであらう。部下同然に対応されたのではないか。

戦後の官僚の最高位に昇りつめた故後藤田正晴氏は、「国務大臣などの政治家は天皇の臣下ではない」といふ意識の持ち主であった。後藤田氏は平成十二年十二月五日号の「日本経済新聞」で、中央省庁の再編に関するインタビューに答へて、「まず大臣といふ名前を変へたらどうか。誰の臣下ですか?。行政の長なんだから『長官』でいい」と述べた。

これは、天皇を君主と仰ぐ建国以来のわが国國體を否定し、現行占領憲法体制下においてもわが国は立憲君主制であるといふ自明の理を否定する許し難い発言である。社民党・共産党・極左分子がこのやうな発言をするのならまだしも、警察庁長官・内閣官房長官・自治大臣・内閣副総理を歴任し、官僚・政治家の頂点、即ち政治権力の頂点に立ったと言っていい人物が、このやうな発言をするのは許し難い。

後藤田正晴氏は、町村金吾氏亡き後、警察官僚のボス的存在であった。宮内庁は、長官・総務課長という中枢が旧内務省系官庁(厚生労働省・警察庁など)からの出向である。宮内庁首脳の人事などへの後藤田氏の影響力は強かった。國體否定とは言はないまでも國體に対する正しい理解を欠いてゐた人物が宮内庁に大きな影響力を持ってゐたのである。かうしたことが、「天皇の祭祀」の軽視、政治家による皇室の政治利用など、近年の皇室に関はる様々の憂へるべき事象の大きな原因の一つであると考へる。

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