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2011年12月24日 (土)

『天長節の歌』と現御神信仰

『天長節 (黒川真頼 作詞,奥 好義 作曲)

  今日の吉(よ)き日は 大君(おほきみ)の。

  うまれたひし 吉(よ)き日なり。

  今日の吉き日は みひかりの。

  さし出(で)たまひし 吉き日なり。

  ひかり遍(あまね)き 君が代を。

  いはへ諸人(もろびと) もろともに。

  めぐみ遍(あまね)き 君が代を。

  いはへ諸人(もろびと) もろともに。    』

日本天皇は日の大神たる天照大神の霊統を継承され、神の御心のままに(神ながらに)日本国を治められるのである。だから「今日の吉き日は みひかりの さし出(で)たまひし 吉き日なり ひかり遍(あまね)き 君が代を いはへ諸人(もろびと) もろともに」と歌われているのである。

天皇の即位は、聖なる『日の御子』御生誕であり天降りであり、新たなる大御代の始まりである。肇國(はつくに)・稚國(わかくに)への回帰である。天皇即位の時、天津日嗣の高御座に登られ百官の前にお姿を現される御装束は、日の御子のお姿である。「天津日嗣の高御座」とは、天上の日の神とおられるところと同じ高いところといふ意味であるといふ。また、大嘗祭は、若々しい新生の「現御神御誕生」の祭祀である。

 今上陛下におかせられては、平成二年、「大嘗祭」と題されて、

父君のにひなめまつりしのびつつ我がおほにへのまつり行なふ

と詠ませられた。皇位の継承は祭祀の継承であり、それは現御神日本天皇のご使命・ご自覚の継承である。

天皇が即位の大礼を行はれ、大嘗祭を執行されるといふことは、すなはち天皇の神聖性の確認であり、現御神日本天皇の靈統の継承なのである。天皇が「神格」を否定されることはあり得ないし、不可能なことなのである。

天皇が即位の大礼において高御座に昇られることによって、天上の国と地上の国がそのまま一体になるのである。別の言葉でいえば、今が神代になり神代が今になるのである。日本伝統信仰においては、天と地とが隔絶した存在とはとらえていないのである。高天原を地上に持ち来たし、日本国を高天原のように清らかにして神聖なる理想国にすることが天皇の御使命である。

今上天皇におかせられても、神代以来の伝統を継承され、御即位の大礼において天津日継ぎの高御座にお立ちになった。これは天の神の御代理(現御神)の御地位にお立ちになったということを意味するのである。

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