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2011年12月 2日 (金)

『野分祭』における東谷暁氏の講演

十一月二十四日に行われた『野分祭』における東谷暁氏(ジャーナリスト)の「追悼講演」の内容は次の通り。

「私は経済学者・エコノミストが嫌い。そういう人たちを批判してきた。三島由紀夫は経済繁栄を真っ向から否定した人。三島氏は『無機的な、からっぽな、ニュートラルな、中間色の、抜け目がない、或る經濟的大國が極東の一角に殘るのであらう』と言っていた。昭和四十五年十一月二十五日のことを思い出すと、高校二年だった。三島氏が自決したと知り愕然とした。『潮騒』を読んでいた。今でも正直言って何かをとらえたとは言えない。戦後日本とは何かを考える時、昭和四十五年十一月二十五日に戻る。私がものを考える時の拠点。

一九九〇年代日本は経済没落したと言われるが、そうではないと考える。株価が下落した時、グローバル経済に後れを取ったから駄目になったという議論が勢いを増したが、私は全く逆だと思う。グローバル化を受け容れたことによって経済が駄目になったと考える。

日米構造協議でアメリカは二百数十もの要求を日本に突き付けた。アメリカは日本国内の経済制度を変えることを要求した。異常な話。日本はほとんど受け容れた。米国通商代表部のグレン・S・フクシマは、『日米貿易不均衡は解決できない』と言った。日本は輸出し貯金をした。アメリカはお札を刷って消費をした。ブッシュの人気を取り戻すため日本のアメリカが始まった。

九十年代に入って日銀改革が行われた。政府からのコントロールを外すため金融庁設置が行われた。アメリカから金融検査マニュアルを持って来て日本の金融機関を取り締まろうということ。中小企業がバタバタつぶれた。

この二十一年間のバブル崩壊後、改革という名で日本の経済で強い部分を廃棄処分にした。郵政民営化・簡保市場の開放・郵政公社の民営化でバラバラにしてしまった。自分たちの強みを皆捨ててしまって日本の経済が強くなるはずがない。グローバル経済はアメリカの都合で行われた。日本の金融制度と投資の仕組みを変えてしまった。金融のグローバル化は禁じ手であった。

アダム・スミスは金融のグローバル化をしてはいけないと言っていた。アダム・スミスは『国際貿易はろくなものじゃない』と言った。アダム・スミスは国富論であって世界経済論ではない。『お金がお金を産むやり方は最低』と言った。アダム・スミスを復活させたのはケインズ。ケインズは『グローバル化した経済は止めるべし。お金を世界に流通させるな、物だけを流通させるべし。閉鎖経済が良い』と言った。アダム・スミスとケインズの指摘は正しい。

『グローバル化すると物が入って来て競争が生まれ、製品が良くなる』と言われる。しかし、コシヒカリが生まれたのは開放体系になってからではない。日本人がおいしいものを食べたいということから生まれた。

自由貿易にすると得というのは嘘。一九七〇年代までアメリカは金融制度が厳しい国だった。八〇年代になって変わった。金融がその国の価値観を駄目にする。

民族の思い入れを保持しようという決意を持っていれば、天皇と文化は継続する。尾崎秀実は『インターナショナルで統一された時、天皇家は残る』と言った。尾崎はロマノフ王朝がどんな目に遭ったか知らなかったのか。グローバル化の気味悪さを確認したい。

アメリカは二〇〇八年にTPP参加を申し出た。TPPの性格が変わった。TPPを利用して金融と投資の自由化を目論む。TPPが危険なのは色々な取引がなされること。お米だけに注目しては危険。お米を取引に使われ、他の物でやられる。経済は国民経済・経済ナショナリズムが本筋。日本国民経済を追求しなければならない」。

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