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2011年12月31日 (土)

維新の精神

日本民族精神の基礎となるものは、天皇中心の國體を護持する精神である。日本國民の國を愛する心の特質は、「尊皇攘夷」「尊皇愛國」という言葉に端的に示されているように、萬邦無比といわれる日本國體の精神即ち天皇尊崇の心と一体であるところにある。

日本の民族意識・日本ナショナリズムの基礎は、一君万民の共同体即ち天皇中心の國體を護持する精神である。民族主義・愛國心・ナショナリズムは、天皇中心の歴史意識と不離一体である。日本民族の歴史を我々一人一人の精神の中で甦らせて、自己の倫理観・道義感の基本に置くことによって日本民族の意識・ナショナリズムが形成される。

日本ナショナリズムの基礎にはわが國の古代からの伝統精神への回帰があった。これを復古即革新という。日本人における愛國心は、日本人一人一人が静かに抱き継承してきた天皇を尊崇し日本の自然を慈しむごく自然な心である。「恋闕心」(「みかどべ」を恋ふる心)であり「麗しき山河即ち自然を慈しむ心」である。どちらも「愛」の極致である。

皇室は、神代以来の悠久の歴史を有する。明治維新前夜の國家的危機に際して、日本民族は自然に、日本國家・民族としての一體感・運命共同意識中心に古代からの國家の統一者である天皇を仰ぎ國内的統一を達成して國を救わんとしたのである。國民の同胞意識・連帯感、そして外敵に抗するナショナリズムの中心には天皇を仰いだのである。徳川幕府を打倒し天皇中心の日本國本来の在り方に回帰する変革即ち明治維新によって日本は國難を打開したのである。

現代における維新も、基本原理は全く変わらない。国内の反国体勢力を一掃し、天皇帰一の國體を明らかにして、外圧の危機を打開しなければならない。

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最近受贈した書籍

「ニギハヤヒ  『先代旧事本紀』から探る物部氏の祖神」 戸矢学氏著 河出書房新社  著者より

「竹中労 左右を越境するアナーキスト」 鈴木邦男氏著 河出書房新社 著者より

お贈り下さった方に感謝申し上げます。

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千駄木庵日乗十二月三十日

午前は、母のお世話。訪問看護の方と共なり。

午後からは、在宅して大掃除・資料整理など。

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2011年12月30日 (金)

やまとうたの起源について

『うた』の語源は、神様に何事かを「訴へる」といふところから来てゐる。神に自分の心・神への願ひ事を訴へることが歌の起源である。

高崎正秀氏は、「歌は空(ウツ)・現(ウツツ)・うつろ・うつけなどと同義で、神憑りの夢幻的な半狂乱の恍惚状態を指すことから出た語であり、同時にまた、裏・占・心(ウラ)訴(ウタ)ふなどとも同系語で、心の中の欲求を神に愁訴するものであった。」(『伊勢物語の意義』)と論じてをられる。

わが國の文藝の起源は神への祭祀における舞ひ踊りと共に歌はれた「歌」であることは、出土してきてゐる土偶によって分かるといふ。

ことばを大切にしことばに不可思議にして靈的な力があると信じたがゆへに「言霊のさきはふ國」といはれるわが國においては、歌は何よりも大切な神への捧げものとされたのである。それが祝詞となったのである。祝詞も声調・調べが整ってゐる。

日本の古代信仰のみならずあらゆる宗教において神や仏に対して祈りを捧げたり経典を読誦したり、特定の言葉を唱へることが基本的行事である。すべて言葉を唱へる行事である。祈りとは、経典や聖書、祈りの言葉そして題目や念仏も同じである。

歌をはじめとした日本文藝の起源は、神への訴へかけである。和歌は神聖な文藝であると考へられていた。神に対してだけでなく、恋人や親や死者など他者に対する何事かを訴へかけが、日本文藝の起源なのである。

他者に対して何事かを訴へるものが「歌」であり、何事かを語りかけるものが「物語」である。

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この頃詠みし歌

迷ひ心消え去りゆかばゆるやかな心となりて青空仰ぐ

美味きコーヒーカウンター席で飲みをれば後ろの席に知り人が座る

ひたすらに祈りたる後の日の光われを包みて生きる喜び

降りそそぐ 日の光浴びる わが身には 命の力甦り来る

散り果てし銀杏の並木を通り行く 命は春に甦るべし

部屋の掃除することが一つの健康法 冬の朝なれど汗流れ来る

久しぶりに毛筆握り文字を書く 新しき年近づきし日に

卒業以来会ふこともなき友どちに毎年贈る年賀状書く

気忙しき日日(にちにち)なればなほさらに神仏への祈り深くあるべし

ともかくも生きてゆくべし大いなる神に与へられし命なりせば

わが内に愛も憎悪も燃えたぎるこの相剋を如何になすべき

自らを省みる時 悔恨の多きを嘆く歳末の夜

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千駄木庵日乗十二月二十九日

午前は、母のお世話。訪問介護の方と共なり。

午後は、書状執筆・資料整理など。

この後、病院に赴き、父に付き添う。今日は意識がややはっきりしていて、「よく来たくれたね。有難う」と言う。胸が迫る。

帰宅後も、資料の整理。

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2011年12月29日 (木)

『日本の司法を正す会』におけるパネラーの印象に残った発言

十二月二十二日に開催された「暴力団排除条例の問題点について」をテーマとした『日本の司法を正す会』のパネラーの印象に残った発言は次の通り。

青木理氏「弁護士が刑事弁護すること自体が結果的に暴力団への利益供与にあたる。暴力団という仮想敵を使って司法取引・通信傍受緩和・おとり捜査を持ち出してきた。」

村上正邦氏「生きる権利、生活権まで奪われる。そこまで追い込む権利があるのか。政治家の腰が引けている。暴力団を許さないという世論を敵に回すと選挙に響く。脛に傷を持つ、政治家は叩けば埃が出る心配があるのではないか。警察批判をすると警察から叩かれる。警察官の天下りの実例が報道されたことはない。」

早川忠孝氏「弁護士は、どんな立場の人であろうと、違法行為をした人であろうと、その権利を守る最後の拠り所。裁判を受ける権利行使を妨げてはいけない。暴対法改正への一里塚としての暴排条例制定。警察が動きやすくするための条例。市民生活への過剰な規制が生まれやすい。警察国家になる危険あり。議員は選挙があるから税務署と警察に弱い。役所の作って来るものを鵜呑みにする。過剰な規制によって警察の天下り先を増やす。歯止めをかけるのはマスコミだが、その使命を果たさない。」

宮崎学氏「生活レベルに暴排条例がどのような影響を与えるか。暴排条例によってノンキャリアの警察官の天下りがやりやすくなった。野田内閣は財務省と警察という二つのタイヤで走っている。警察一家が肥大化している。暴排条例違憲訴訟を誰か起こせるのか。具体的損害を受けた当事者でなければ訴訟は起こせない。山岡は叩けば埃が出るどころか叩かなくても埃が出る。」

            ○

千駄木庵主人曰く。暴力団は無い方が良いに決まっている。しかし、法と条例と権力の強化だけで暴力団が無くなることはない。

また、検察権力・警察権力の肥大化や腐敗も深刻である。暴力団の根絶は結構だが、検察・警察権力に対する監視機能・チェック機能の強化も必要だ。国家公安委員・各自治体の公安委員は公選にすべきである。

地域警察はよくやっている。しかし、警察には謀略体質があること、そして過剰な組織防衛体質・組織肥大化体質があることは紛れもない事実である。民衆の検察・警察への信頼を失わしめないことが大切である。

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千駄木庵日乗十二月二十八日

午前は、母のお世話。

午後は、諸雑務。

この後、病院に赴き父に付き添う。

夜は、平河町のK&Kプレスにて開催された『月刊日本』忘年会に出席。多くの友人・知人と懇談。

帰宅後は、原稿執筆。

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2011年12月28日 (水)

黄昭堂先生お別れ会における登壇者の発言

黄昭堂先生お別れ会における登壇者の発言

王明理台湾独立建国聯盟日本本部委員長「黄昭堂氏は、昭和大学に職を得たことによって日本に根を張って活動できるようになった。十一月に鼻の手術を受け、麻酔から覚めず大動脈解離で他界した。十二月二日に台北で告別式が行われた。世が世なら国葬で送るべきだった。二十六歳で来日。東大に留学。前途洋々の将来を振り切って困難な道を歩んだ。私の父・王育徳と十年ぶりに再会した。独裁政権下で苦しんでいる台湾民衆を救おうと五十年間リーダーとして活動した。大らかで明るい人柄で多くの同志が集った。私のことを『自分の娘だ』と言って可愛がってくれた。私が委員長に就任した時、『何も心配しなくていい。困ったら電話を下さい』と言われた。台湾を建国し胸を張って『台湾』と言える日まで頑張っていきたい。」

金美齢さん「蔡英文が総統になるかどうかの大切な時に亡くなってしまった。私は『台湾青年』を初めて読んで興奮した。勇気と能力のある人に会いたいと言った。『自分から会いたいと言う人はスパイに違いない』と黄昭堂は言った。私にやさしい言葉をかけてくれたことはない。しかし、かばわなければならない人のことは徹底的にかばった。体がボロボロになるまで私心なく台独のために頑張った。怖いもの知らずの私も黄昭堂の言うことにだけは逆らわず絶対服従だった。器の大きい人だった。『命もいらぬ,名もいらぬ,官位も金もいらぬ』と言う人が一番怖い。艱難辛苦の人生を選んだが故に偉大な人になった。ストイックに私心なく台湾のために生きた男です。」

西村眞悟前衆院議員「私は台湾人を外国人とは思っていない。同胞と思っている。日台運命共同体とは、共同して中国に立ち向かうということ。」

王雪梅さん(王育徳令夫人)「大雪の翌日の晴れた日に黄昭堂さんは王育徳を訪ねて来た。黄昭堂さんは王育徳の高校教師時代の教え子だった。主人はどんなに嬉しかったことでしょう。他の留学生も連れ立って家に来るようになった。若者らしく『何を為すべきかを』を語り合った。そして台湾青年社を立ち上げた。政治家に立候補することもなく、台湾の道筋を照らす重大なる役目を担っておられた。黄昭堂先生こそ総統に向いていた。お世話になりました。ご苦労をおかけしました。お疲れをあの世で癒して下さい。」

宗像隆幸台湾独立建国聯盟中央委員「五十年間共に運動をしてきた同志が亡くなり、胸の中に大きな穴が開いたようだ。独立が達成できなかったことが悔やまれてならない。台湾人は自らの手で新しい民主国家をつくる。世界の人々が承認する国家でなければならぬ。『中華民国』ではどうにもならぬ。台湾独立建国を絶対に忘れずに頑張る。」

林正成台湾独立建国聯盟日本本部執行委員「一九七一年に台湾から強制送還され帰国した時、黄昭堂氏に会って一杯やった。その時、黄氏が私より一歳年上と知り、それ以来『兄貴』と呼ぶようになった。兄貴が台湾に帰る時、『国民党に攻撃されることに気を付けてもらいたい』と言ったら、兄貴は『殺されるのは本望だ。台湾の骨を埋めることが出来る』と言った。あなたの同胞は決して台湾を支那共産党に渡すことはしない。」

黄正澄氏(喪主)「生前、父は『死んでも台湾を護る。魂になっても護る。大志は何時の日か実現する』と言っていた。父の大志は若い人々に引き継がれ何時の日か成就する。台湾海峡の近くの台南の墓地に、母と祖父・祖母と共に眠っている。」

黄文雄拓殖大学客員教授・前台湾独立建国聯盟日本本部委員長「黄昭堂氏の後、私は十二年間日本本部委員長を引き継いでいた。羅福全元駐日台湾代表は、代表を辞めた後、台湾独立聯盟に巨額の寄付をして活動をしている。台湾独立運動は黄昭堂氏の人生そのものだ。人が嫌がることは自分やり、人がやりたいことは人にやらせる人だった。『世界史の中でも稀な人』と周英明氏は言っていた。」

           ○

黄昭堂氏に初めてお会いしたのは、昭和四十年代後半のある年であった。新宿区富久町の台湾独立聯盟日本本部であった。長い時間色々お話を伺った。以来ご厚誼をいただいて来た。李登輝総統のもとで、台湾が民主化された後、黄先生は台湾に帰られ、母国で台湾独立運動に挺身された。台湾でも一回お会いした。日本に居られた時と同じように、ショルダーバッグを下げておられた。登壇者の方々に言われたように『私心』のない方であった。民進党政権下で政治家・政府高官になることも可能であったが、在野で活動された。

台湾独立はいまだ実現していない。しかし、今は亡き王育徳・黄昭堂両先生の念願は必ず実現すると信ずる。

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千駄木庵日乗十二月二十七日

午前は、母のお世話。

午後からは在宅して、『伝統と革新』編集の仕事、資料の整理など。

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2011年12月27日 (火)

「國民主権論」はわが國の國體と合致しない

『現行領憲法』の三原則の一つである「國民主権論」は、権力國家ではないわが國の國體と合致しない。「國民主権」とは、國家権力が君主にあるか國民にあるかという君民対立思想から生まれた言葉である。天皇は日本國の祭祀主であらせられ、國民と対立し國民を権力や武力で支配する権力者ではあらせられない。したがって、日本國の憲法においては「主権」という言葉を使うべきではない。

「國民主権論」は、西洋の「市民革命」より生まれた君主と國民の対立闘争概念に基づく思想である。君主と人民とが「國家意思を最終的に決定する権限」を奪い合った歴史は全くない「君民一体の信仰共同体」たるわが國の國柄と絶対相容れない國體破壊につながる思想である。

西洋法思想・國家思想である「主權」なる「概念」を、わざわざ成文法として日本國の憲法に規定すること自體、大きな誤りであり國體を隠蔽し破壊につながる。

我が國は天皇を祭祀主と仰ぐ信仰共同体である。西洋國家論で言うところの契約國家・権力國家ではない。我が國は君民一体の國柄である。「國家の意思を最終的に決定する権力」という意味での「主権」なる概念と言葉は、天皇中心の信仰共同体國家日本には全くそぐわない。天皇を中心とした信仰共同體である日本國は、権力支配組織ではない。だからわが國には西洋的主権論はあてはまらない。

『現行占領憲法』の「國民主権主義」は、「戦前の我が國は天皇主権の國であり、天皇制権力のもとに軍國主義國家となり國民の権利は奪われ戦争に駆り立てられた」という思想に基づくものである。しかしこれは全く誤れる思想である。我が國の歴史には、天皇が主権=國家の最高権力を独占的に掌握し独裁専制政治を行っていたなどということは全くない。『大日本帝國憲法』にも、「天皇に主権がある」とは全く書かれていない。『現行占領憲法』は、万邦無比の日本國體を隠蔽しているどころか、國體破壊の元凶である。

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千駄木庵日乗十二月二十六日

午前は、母のお世話。

昼は、知人と懇談。憲法問題・明治期の北海道開発などについて語り合う。当時の網走刑務所受刑者の悲惨さなどが話題となった。

午後は、大手町の書店で、対米関係論関係についての書籍を購入。

この後、病院に赴き、父に付き添う。昨日は咳込んでいたが、今日は咳がおさまっていたので安心する。

帰宅後は、『伝統と革新』編集の仕事。そして年賀状執筆。

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2011年12月26日 (月)

北朝鮮にいかに対処すべきか

北朝鮮金日成王朝は、三代目に引き継がれた。何故このような無法国家が存続しているのか。それは、北朝鮮の後ろに共産支那という北朝鮮と同根の共産専制国家が存在しているからだ。北朝鮮という国際テロ国家、無法国家を経済的・軍事的・政治的にパックアップしているのは共産支那なのだ。

共産支那が本格的に経済制裁を実行すれば、北朝鮮は干上がってしまう。しかし共産支那は実行しない。北朝鮮が崩壊して、難民が満州に押し寄せて来るのが怖いのである。また南北朝鮮が韓国によって統一されると困るのだ。支那にとって金日成王朝が存続した方が、都合がいいのだ。さらに言えば、共産支那は、自国のアジアにおける覇権強化に北朝鮮を利用しているのである。

また、日本にとって最も危険な存在であり、現実に我が国国民を拉致している北朝鮮に対して、わが国は何の効果的な対抗手段も講じられない。それは戦後日本の「似非平和主義」が足枷となっているからだ。

日本が核武装して抑止力を持つこと、北朝鮮の核基地・軍事基地を先制攻撃することが、最も効果的な制裁措置であり、対抗手段なのだ。しかし、これには国内の「似非平和主義勢力」が狂気のごとく反対するであろう。

ともかく、戦後体制の打倒、具体的には、亡国憲法の破棄、似非平和思想の払拭、核武装が断行されなければならない。そのことなくして、祖国日本の平和と安全と独立は維持できない。

社民・共産は、根源的に北朝鮮と同根の政治勢力である。共産党は、昭和四十年代前半くらいまでは、北朝鮮を理想国家のように宣伝していた。共産党の後、当時の社会党が北朝鮮の友好関係となった。そして拉致問題などの防止や捜査を妨害して来た。民主党左派にもそういう勢力の残存分子がいる。こういう連中が、日本の核武装、そして北朝鮮の核基地・軍事基地への先制攻撃に反対するのは火を見るよりも明らかである。

アメリカの核兵器や沖縄の軍事基地に狂気の如く反対し、北朝鮮や共産支那の核武装・軍事力強化・侵略行為には何の抗議もせず、日本の平和・安全・独立を内側から脅かしている社民・共産などの北朝鮮・共産支那の手先を一掃すべきである。

日本が核武装し、自主防衛体制を確立すれば、すぐにでも沖縄の米軍基地はなくなるのである。それに反対しているのが社民・共産なのだ。

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千駄木庵日乗十二月二十五日

午前は、母のお世話。

午後は、『政治文化情報』発送作業・完了。購読者の皆様には、明日か明後日にはお届けできると思います。

この後、病院に赴き、父に付き添う。

帰宅後は、年賀状執筆。

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2011年12月25日 (日)

週刊誌の「皇室暴露報道」は許し難い

國體破壊勢力は皇室の尊厳性・神聖性を失わしめる画策を執拗に継続している。日本國存立の基礎は、神聖君主・天皇の御存在である。日本民族が天皇及び皇室を尊崇する精神を喪失し、天皇の神聖性・尊厳性が冒瀆される時、日本國は崩壊の危機に瀕する。皇室の危機はとりもなおさず真の國家の危機である。

 皇室の尊厳性破壊を策謀している勢力は、所謂左翼だけではなくなっている。日本を代表する出版社である文藝春秋社・新潮社発行の週刊誌も、「開かれた皇室」どころか[暴かれた皇室]とてもいうべき暴露報道を行い、あることないこと暴き立てている。

『週刊文春』『週刊新潮』は、「皇室」に関して、書いてはならないこと、書くべきではないことを興味本位に書き連ねている。こうした記事は、いかなる意図によって書かれるのであろうか。真に皇室のご安泰とご隆昌を願って書いているのか。私にはそうは思えない。やはり購読部数の増加を目的としていると思う。つまり営利のために、皇室についてあることないこと書き立てているのだ。

ともかく、皇室を貶め、皇族を侮辱する記事の氾濫は許し難い。外敵による日本破壊と共に、内側からの國體破壊・国家破壊の動きを食い止めねばならい。亡國勢力による皇室批判というよりも皇室への罵詈讒謗・悪口雑言の氾濫は何としてもこれを根絶しなければならない。そのことに最大限の努力をしなければならないのは政府そして宮内庁である。しかし、最近の週刊誌による暴露報道は、宮内庁内部に情報提供者が存在するのではないか。

現行法体制では、天皇・皇室の尊厳性・神聖性を冒瀆する言動を十分に抑止し得ない。「皇室の尊厳性護持法」の制定が必要である。

日本國建國以来の、天皇及び皇室への國民の仰慕は、法律や權力によって強制されたものでない。しかし、日本國内に巣喰う反日本勢力の「國體破壊」「反皇室」策謀が愈々益々活発になり、それが國家の現在及び将来に重大な影響を及ぼす時代になっている今日、政府及び宮内庁は、天皇及び御皇室の尊厳性をお護りする具體的処置をとるべきである。

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千駄木庵日乗十二月二十四日

午前は、母のお世話。

午後は、『政治文化情報』発送準備。

この後、病院に赴き、父に付き添う。

帰宅後は、年賀状執筆。

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2011年12月24日 (土)

『天長節の歌』と現御神信仰

『天長節 (黒川真頼 作詞,奥 好義 作曲)

  今日の吉(よ)き日は 大君(おほきみ)の。

  うまれたひし 吉(よ)き日なり。

  今日の吉き日は みひかりの。

  さし出(で)たまひし 吉き日なり。

  ひかり遍(あまね)き 君が代を。

  いはへ諸人(もろびと) もろともに。

  めぐみ遍(あまね)き 君が代を。

  いはへ諸人(もろびと) もろともに。    』

日本天皇は日の大神たる天照大神の霊統を継承され、神の御心のままに(神ながらに)日本国を治められるのである。だから「今日の吉き日は みひかりの さし出(で)たまひし 吉き日なり ひかり遍(あまね)き 君が代を いはへ諸人(もろびと) もろともに」と歌われているのである。

天皇の即位は、聖なる『日の御子』御生誕であり天降りであり、新たなる大御代の始まりである。肇國(はつくに)・稚國(わかくに)への回帰である。天皇即位の時、天津日嗣の高御座に登られ百官の前にお姿を現される御装束は、日の御子のお姿である。「天津日嗣の高御座」とは、天上の日の神とおられるところと同じ高いところといふ意味であるといふ。また、大嘗祭は、若々しい新生の「現御神御誕生」の祭祀である。

 今上陛下におかせられては、平成二年、「大嘗祭」と題されて、

父君のにひなめまつりしのびつつ我がおほにへのまつり行なふ

と詠ませられた。皇位の継承は祭祀の継承であり、それは現御神日本天皇のご使命・ご自覚の継承である。

天皇が即位の大礼を行はれ、大嘗祭を執行されるといふことは、すなはち天皇の神聖性の確認であり、現御神日本天皇の靈統の継承なのである。天皇が「神格」を否定されることはあり得ないし、不可能なことなのである。

天皇が即位の大礼において高御座に昇られることによって、天上の国と地上の国がそのまま一体になるのである。別の言葉でいえば、今が神代になり神代が今になるのである。日本伝統信仰においては、天と地とが隔絶した存在とはとらえていないのである。高天原を地上に持ち来たし、日本国を高天原のように清らかにして神聖なる理想国にすることが天皇の御使命である。

今上天皇におかせられても、神代以来の伝統を継承され、御即位の大礼において天津日継ぎの高御座にお立ちになった。これは天の神の御代理(現御神)の御地位にお立ちになったということを意味するのである。

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千駄木庵日乗十二月二十三日

朝は、母のお世話。

午前十一時より、靖国神社に昇殿参拝。

午後十二時より、靖国神社境内の靖国会館にて『天長節を祝ふ会』開催。小生が司会。国歌斉唱・教育勅語奉読・天長節の歌奉唱などが行われた後、小田村四郎「天長節を祝ふ会」会長が式辞を述べた。この後、塩田尚つくば市議会議員・鈴木信行維新政党新風代表が祝辞を述べた。そして、森田忠明実行委員長が挨拶し、式典を終えた。

この後、佐藤健二東京都教師会会長が「大御心と復興の精神」と題して記念講演を行った。この後、直会が行われた。

帰宅後は、『政治文化情報』発送の準備など。

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天長節を祝ふ会の記念講演

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2011年12月23日 (金)

内憂外患を除去するために明治維新の精神に回帰すべし

今日の日本も内憂外患を除去するために、明治維新の精神に回帰し、明治維新と同じように、日本的変革の原理たる「天皇中心の國體の明徴化」の理念を基本とした大変革即ち平成維新を断行しなければならないと信ずる。

西欧列強の日本侵略から日本を守りぬくためには、全国的な統一国家建設が絶対必要条件であった。封建的各藩の分立を廃して統一国家を建設しなければならない。国家の中心を正しく確立しなければならない。もっともっと強力な国家統一・国家体制強化の牽引力が必要であった。この牽引力は、単に権力・軍事力に依拠するのでは駄目である。

幕末期に於いて、國家の独立と安定と統一を保持するには、日本の伝統と自主性を體現される御存在=神聖君主日本天皇を中心とした國家體制を確立しなければならなくなった。欧米列強の侵略から祖國日本を守るための國家體制は、神話時代からの伝統的君主である天皇を中心とする國家でなければならないということが全國民的に自覚されるようになった。そして、一君万民の國體を明徴化する明治維新が断行されたのである。

全国民が真に日本民族としての運命共同意識を強く保持し燃え立たせ得る精神的な基盤に依拠しなければならない。そうした精神的基盤は、神代以来の神聖権威の体現者・保持者であらせられる日本天皇への尊崇の念即ち尊皇精神であらねばならない。

皇室は、神代以来の悠久の歴史を有する。明治維新前夜の國家的危機に際して、日本民族は自然に、日本國家・民族としての一體感・運命共同意識中心に古代からの國家の統一者である天皇を仰ぎ國内的統一を達成して國を救わんとしたのである。

國民の同胞意識・連帯感、そして外敵に抗するナショナリズムの中心には天皇を仰いだのである。徳川幕府を打倒し天皇中心の日本國本来の在り方に回帰する変革即ち明治維新によって日本は國難を打開したのである。

現代における維新も、基本原理は全く変わらない。国内の反国体勢力を一掃し、天皇帰一の國體を明らかにして、外圧の危機を打開しなければならない。

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千駄木庵日乗十二月二十二日

午前は、母のお世話。

午後二時より、永田町の村上正邦事務所にて、『日本の司法を正す会』開催。詳細は後日報告します。

この後、病院に赴き父に付き添う。

帰宅後は、書状執筆、『政治文化情報』発送準備。

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日本の司法を正す会

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2011年12月22日 (木)

共産支那・北朝鮮からの脅威をわが国再生の好機と捉えるべし

『現行占領憲法』の「前文」の「平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼してわれ等の生存と安全を保持しようと決意した」という美辞麗句をかたくなに守ってきた結果、わが国は、尖閣列島は共産中国の侵略の危機に去らされ、竹島は占領され、北方領土〈南樺太・全千島〉は半世紀以上を経ても返還されていない。そして、共産中国は超軍事大国として、また北朝鮮は核開発に狂奔する軍事独裁侵略国家としてわが国を威嚇し続けている。

『現行占領憲法』の「欺瞞的平和主義」はもう通用しない。そしてそれに基づく「非核三原則」も危険極まりない政策である。この二つは一刻も早く廃棄しなければならない。

当面、日本は自国の防衛について米国に大きく依存しなければならない。それは、大東亜戦争直後国際法に違反してまで日本を弱体化することを目的とした『現行憲法』を押し付けられた事がその原因である。だから米国にも大いに責任がある。

ともかく、日本は真の自国の安全と独立を守るための体制を確立する事が急務である。「対米依存」という屈辱的状況から脱却するためにも、自主防衛体制の確立=核武装を断行しなければならない。繰り返し言う。共産支那・北朝鮮からの脅威をわが国再生の好機と捉えるべきである。

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千駄木庵日乗十二月二十一日

午前は、母のお世話。

午後は、『伝統と革新』編集の仕事。

この後、病院に赴き、父に付き添う。

午後六時半より、春日の文京シビックセンターにて、『國體政治研究会』開催。高池勝彦弁護士が挨拶。小田内陽太氏が「内田良平の國體観と維新運動」と題して講演。質疑応答。

『伝統と革新』編集実務担当者の方と打ち合わせ。

帰宅後は、原稿執筆。

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2011年12月21日 (水)

二宮清純氏の講演

十二月十三日の『一水会フォーラム』における二宮清純氏の講演を報告します。

「清武問題は告訴合戦。裁判が、どちらが正しいかを明らかにする。アメリカなら清武が言っていることが正しい。渡辺恒雄氏はオーナーではない。二重権力になっている。オーナーではないのに人事をひっくり返すのは問題。プロ野球は私物なのか、公共財なのか。文化的公共財と言われる。それが私物のようなに扱われていいのか。プロ野球再編問題で、縮小に私は反対した。渡辺氏は八球団一リーグにしようと言った。銀行なら合併しても構わない。公共財はそんなに簡単に扱われていいのかという問題。『地方の人口が減って来で檀家も減って来たので、日蓮宗のお寺と浄土宗のお寺を合併して一つにしよう』というのと同じような乱暴な話。コンビニの合併とは違う。

愛郷心の根本は『おらが街のサッカーチーム』という意識。それを簡単に切り捨てると国全体が危うくなる。一木一草にも魂が宿っている。八百万の神が宿っている。そういう文化が一瞬にしてなぎ倒されてしまう。スポーツは心の財産。スポーツが出来るのは地域密着。お互いが関わりあう。日本の素晴らしさを取り戻すにはスポーツが一番いい。スポーツの副作用はない。スポーツが盛んになって困ることはない。これだけの素晴らしい文化を日本が軽視している。日本のスポーツの原点はお祭り。心に財産が必要。

相撲の不振と地方の疲弊は繋がっている。以前は北海道・青森は力士の宝庫。今は北海道出身の力士は一人もいない。地方の神社に相撲場は無い。学校の砂場で相撲をとる子はいない。日本人力士が弱いのは誰の責任か。学校の現場で相撲を取らせるべし。相撲を教える人が少ない。元力士が教えてもいいのではないか。相撲取りに対するリスペクトがなくなっている。四股を踏むのはウォーミングアップではない。地霊を鎮めるためという。そのことを力士が知らない。協会に親方が教えない。相撲は国技であり神事の要素がある。市町村や学校が相撲を奨励する必要あり。

スポーツによる国威発揚の典型は北京五輪。しかし、チョモランマにまで聖火を持って行くことに反発があった。官僚主義の悪いところ。私は愛媛出身。小学校時代には相撲大会があった。

不心得者は何処の世界にもいる。全部が腐っているというのは酷。日本のスポーツはお祭りであり、地域密着であり、老若男女が支えるもの。その一方で国際競争も考えねばならない。日本対台湾対アメリカのワールドシリーズをすればいい。競争と共存が大事。高野連は銚子商業と高知商業が大漁旗を持ち込むのを禁止した。強度に合った応援があっていい。ところがみんな同じような応援になった。」

              ○

相撲が大好きだったが、最近は見ない。上位力士に外国人力士が増えたからである。別に外国人を差別するわけではない。しかし日本の国技と言われる相撲はやはり日本人に活躍してもらいたい。また最近の相撲には水入りになるほどの熱戦というのが少なくなってきた。スポーツはお祭りであり、地域密着という説には全く同感である。

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千駄木庵日乗十二月二十日

午前、母のお世話。

午後は、諸雑務。

午後四時より、旗の台の昭和大学上條講堂にて、『黄昭堂先生お別れ会』開催。安倍晋三元総理・宮崎茂樹元明治大学総長など多数の方々が追悼の言葉を述べ、遺族が挨拶を行った。詳細は後日報告します。

帰宅後は、原稿執筆。

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黄昭堂先生お別れ会

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2011年12月20日 (火)

金正日の死去に思う

日本人が死者を弔う心が強いのは良いことである。しかし、国際テロ国家の独裁者に、官房長官が記者会見で「哀悼の意」を表するのか全くおかしい。軟弱外交そのものだ。テレビニュースのキャスターが、喪服に近い地味な服装をしていたのもおかしい。

金日成・金正日父子のこれまでの悪行を考えれば、とても金正日の死を悼むことは出来ない。彼らは、朝鮮戦争、韓国やラオスなど世界各地が起こしたテロ、日本人などの拉致は言うに及ばず、北朝鮮内部における反対派への残虐無比の粛清・殺戮は天人共に許さざる所業だ。

金正日は父親以上の残虐なる独裁者である。このような人物が死去したからと言って、たとえ形式的にせよ日本政府やメディアが哀悼の意を表する必要はさらさらない。民主党政権そして日本のメティアは全くおかしい。間違っている。

ある方がツイッターで、北朝鮮のニュースアナウンサーの報道ぶりを「芝居がかっている」と書いていた。同感である。金日成の銅像の前で泣き叫ぶ北朝鮮の人たちの慟哭ぶりもまさに芝居がかっている。

芝居がかっているという事は、本心ではないということである。北朝鮮は 嘘の国なのだ。ああいうことを「演技」をしないと、あの国では生きていけないのである。悲しくも気の毒な国民である。

支那や朝鮮の葬式には「泣き女」というのがいる。これは、「礼」を重んじる儒教道徳から来るものだろうが、北朝鮮の場合は、それと共に独裁者・「専制君主」に対する恐怖心が、芝居がかった行動をとらせるのであろう。何とも陰惨なことである。

わが日本も同じ東アジアに位置し儒教思想の影響を多少なりとも受けてはいるが、そういう文字通り芝居がかった風習はない。日本と、支那・朝鮮とは決定的と言っていい文化の違いがあると思う。全く異質の民族なのである。

今後の北朝鮮が安定するとは思えない。日本は北朝鮮そしてその向こう側の共産支那に対して、厳しく対処していかねばならない。決して妥協的な姿勢を見せてはならない。

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千駄木庵日乗十二月十九日

午前は、母のお世話。訪問介護の方と共なり。

午後は、『伝統と革新』編集の仕事。

この後、病院に赴き、父に付き添う。

帰宅後は、書状執筆など。

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2011年12月19日 (月)

大アジア主義と近代の超克

西欧列強によって国家を滅ぼされ、西欧列強の植民地と化したアジアの国々の中で、わが国は、明治維新を断行したことにより、唯一独立を保ち続けた国であった。

日本国は、アジアの伝統・文化・文明を防衛し継承し生かし続けてゐる国であった。そのことが、西欧列強の桎梏下に喘ぐアジアの解放といふ命題へと向はせた。それが大アジア主義である。そこには白色人種による人種対立・有色人種迫害への反発があった。

「大アジア主義」には二つの性格があったと考へる。一つは、政治的軍事的経済的にアジアを欧米の支配から解放するといふ運動である。今一つは、精神的文化的に欧米の支配から脱却するといふ運動である。前者は、富国強兵による日本の独立の維持、そして辛亥革命やインド独立運動の支援である。後者は、日本国内における欧化の風・日本近代化の負の部分への反省と批判と一体であった。

「近代」とは欧米的近代主義である。近代日本は欧米近代主義が猛烈に勢いで輸入した。西洋覇道精神・欧化路線即ち近代日本の負の部分に対する反省が明治第二維新運動であり、大正維新運動であり、昭和維新運動であった。明治・大正・昭和の維新運動とは日本傳統精神の復興による「近代の超克」を目指す運どうであった。「欧米近代」なるものへの痛烈な反省である。それは、明治維新の真精神即ち神武創業の精神・日本の傳統信仰の復興であった。しかしその維新は未完に終わった。

神への回帰こそが、近代日本において必要だったのである。近代の超克・西欧模倣からの脱却は、日本に神々への回帰、日本傳統信仰の復興によって行はれなければならなかった。大正末期から昭和初期にかけての皇道大本や昭和十年代の生長の家が、日本国民の神への回帰を促す運動であったと小生は理解してゐる。

近代日本の矛盾の克服は、現代においても喫緊の課題である。近代の超克・西欧模倣からの脱却は今日においてこそ行はれなければならない。わが日本は、西洋覇道精神を清算し日本傳統精神を復興し日本の神々に回帰しなければならない。西洋から発した唯物文明・強いもの勝ちの覇道精神を反省し訂正せしめるものとして農耕生活から発した大自然と人間の共生の精神たる日本伝統精神がある。

天皇がその祭祀主であられ体現者であられる日本伝統精神よって西洋唯物文明を克服するべきである。日本伝統精神は、現代の危機を打開し将来の日本及びアジアそして地球の救済の力となり得る。

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千駄木庵日乗十二月十八日

午前は、母のお世話。

午後は、『伝統と革新』編集の仕事。次号の準備。執筆依頼状作成。

この後、病院に赴き、父に付き添う。

帰宅後も、『伝統と革新』編集の仕事。

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2011年12月18日 (日)

嵐寛寿郎について

『水戸黄門』が終了することが話題になっている。テレビの時代劇も次第に少なくなってきていたが、いよいよ最後の砦とでも言うべきこの番組もなくなってしまう。里見浩太郎氏は、往年の時代劇それもテレビではなくチャンバラ映画の伝統を継承している殆どただ一人の役者だろう。

時代劇・チャンバラと言うと、私は幼少の頃から、嵐寛寿郎の大ファンであった。私は、豪華絢爛たる東映チャンバラ映画よりも、つぶれかかった新東宝のアラカン主演のチャンバラ映画の方が好きだった。

嵐寛寿郎の大ファンになったきっかけは、昭和三十二年、私が十歳の時に『明治天皇と日露大戦争』を見て感激してからである。二百三高地の橘大隊長戦死の場面を涙を流しながら見たのをよく覚えている。

『大東亜戦争と国際裁判』での東条英機役、『皇室と戦争とわが民族』での神武天皇役などを見た。さらに、高倉健主演の『網走番外地』「鬼寅」役で毎回出演した。第一作での迫力は凄く、主役を食っていた。

『鞍馬天狗』を映画館で見たのは昭和二十八年の最終作のみで、他の作品はテレビで見た。私の母も小さい頃からアラカンの大ファンであった。親子二代にわたるアラカンファンという事になる。

竹中労氏と親しくなったのも、竹中氏がアラカンファンであり、昭和五十一年に『鞍馬天狗のおじさんは-聞書アラカン一代』という著書まで出したからである。

私はファンであった田谷力三・島田正吾・渡辺はま子の三氏には会うことができ、色々お話を伺い、色紙などもいただいたが、嵐寛寿郎氏には会うことができなかったのが残念である。

『水戸黄門』は、典型的な所謂「勧善懲悪」の時代劇である。こういう番組がなくなるのは残念である。しかし実際の話。私も最近はあまり見ることはなくなっていた。私にとっての水戸黄門は、里見氏でも東野英二郎氏でもなく、やはり月形龍之介である。私は自分の性格が素直なためか、アラカン・大河内伝次郎・月形龍之介など癖のある役者、別な言い方をすれば個性的な俳優が好きである。

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千駄木庵日乗十二月十七日

午前は、母のお世話

午後は、資料の整理。忙しくてなかなか整理ができなかったので、未整理資料が大変な量になっている。

この後、病院に赴き、父に付き添う。父はよく寝ていた。

午後六時より、地元の人々との忘年会。老若男女が集まった。私は「老」に入るのであろうか。

帰宅後も、資料の整理。

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2011年12月17日 (土)

ユダヤ教・キリスト教・イスラム教の対立と闘争の歴史

 ユダヤ教・キリスト教・イスラム教という三大一神教の対立と闘争の歴史は、人類の歴史に計り知れない惨禍と殺戮をもたらした。

 欧米社会で行われ来たユダヤ人差別と迫害は、キリスト教のドグマによる。キリスト教国で反ユダヤ感情の無い国は無いと言っていい。それはキリストを神の一人子として受け入れないユダヤ人に対するイエス・キリストの「あなたがたは……悪魔から出てきた者であってその父の欲望どおりを行おうと思っている。彼らははじめから人殺しであって、真理に立つ者ではない。」(『聖書・ヨハネ伝』八章四四節)という宣告に基づくのである。『聖書』こそが反ユダヤ思想の基礎文献なのだ。

イスラム教のユダヤ教及びキリスト教に対する排撃思想は、イスラム教の聖典『コーラン』(マホメットが唯一神アラーから受けた啓示を集録したもの)に次のように記されている。「信ずる人々よ、ユダヤ教徒やキリスト教徒を友としてはならない。彼らはお互い同士だけが友である。お前たちの中で彼らを友とする者がいれば、その者は彼らの同類である。神が無法の民を導きたもうことはない」。さらにコーランには、「命には命、目には目、鼻には鼻、耳には耳、歯には歯、受けた傷は同じ仕返しを」と書かれている。

              

ユダヤ教は、紀元前四世紀頃から発達し、ユダヤ(イスラエル)の砂漠で遊牧民の間に信じられたエホバ神(ヤーヴェ)が、多くの苦難を経て、モーゼという預言者によって「唯一最高絶対の神」とされた宗教であり、ユダヤ人を神に選ばれた選民と自覚する。

キリスト教は、ユダヤ教の「唯一最高絶対の神」を信じ、さらにイエス・キリストを「神の一人子」=救世主と仰ぎ、エホバ神をユダヤの民族神から世界的な普遍神にまで高め、さらにギリシャを経てローマに入り、ゲルマンの狩猟民に信じられ、今日の天地の創造主・世界人類の唯一絶対神たるゴッドの地位を確立した。

イスラム教もまた、「唯一最高絶対の神たるアラー」を信じる一神教である。西暦六一〇年にマホメットによって創唱された。マホメットこそが唯一絶対神のもっとも偉大に使徒であり預言者と仰ぎ、ユダヤ教の教師を否定し、イエス・キリストを「神の一人子」とは認めない。

つまり、ユダヤ教もキリスト教もイスラム教も、砂漠の遊牧民に信じられた「唯一絶対神」を信じるということでは全く共通している。しかし、お互いに異端・異教徒として排撃し反目して来たのがこれまでの長い歴史であった。

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千駄木庵日乗十二月十六日

午前は、母のお世話。

昼は、知人と懇談。

午後二時、平河町の先輩事務所訪問。懇談。昭和史に関する貴重な資料を見せていただく。

この後、平河天満宮参拝。

帰宅後は、『政治文化情報』原稿脱稿・送稿。年賀状の原稿作成。久しぶりに毛筆で字を書いた。

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『アジア問題懇話会』における小田村四郎拓殖大学前総長の講演

十二月十二日に開かれた『アジア問題懇話会』における小田村四郎拓殖大学前総長の講演内容は次の通り。

「台湾人は一貫して日本が好き。交流協会が昨年行った世論調査で五十七%の人が、日本が一番好きだと答えた。中国は三%だった。日本に親しみを感じるという人は六十五%。東日本大震災で台湾は真っ先に救助隊派遣を申し入れた。三月十四日に到着した。台湾からの義捐金は二百億円を超えている。管内閣は七カ国に感謝公告を出したが、台湾はオミット。十二月の初め、山谷えり子さんが団長になって台湾の援助に対する感謝のフェスティバルを行なった。しかし、日本政府としてはしていない。

二・二八事件で、台湾人のインテリ階層が裁判なしで大量処刑された。これが台湾人にとって恨みになり、日本統治時代の方が良かったと思っている。台湾統治は韓国統治とはそれほど違いはなかった。しかし朝鮮半島には反日的空気が瀰漫している。台湾は国民党政権が反日教育を行ったが、日本時代を懐かしむ人が多くいた。台湾と朝鮮は国民性に違いがある。朝鮮には小中華意識があり、日本に対する蔑視があった。台湾にはそれがない。

『下関条約』で台湾を割譲した後、李鴻章は『日本は台湾の取り扱いに困る』とうそぶいていた。後藤新平たちの努力によってインフラが整い、近代台湾化できた。台湾人は大陸民族ではなく海洋民族とみなしていいのではないか。

大東亜戦争における台湾人の協力献身は大変なものだった。三万柱が戦死した。二万八千柱が靖国神社に祀られている。

日本は台湾を中華民国に返還したと一部で言われているが、大間違い。『サンフランシスコ講和条約』には『台湾を放棄する』と書かれているだけ。

クリントン国務長官のミャンマー訪問は、中国への牽制。アメリカは中国の海洋進出に警戒感を抱いている。台湾が中国の一部になると、南シナ海の制海権は中国が握る。南支那海を失うと日本のシーレーンが失われる。台湾はわが国の存立・独立にとって非常に重要。日台は運命共同体。中国の平和統一工作に台湾が抵抗できるか心配。馬英九政権になって急速に中国接近した。経済的に併呑される可能性もある。

日本の政治家・政府首脳に親中派が非常に多い。戦後の歴史教育で『明治以来日本は侵略を行なってきた』という教育を受けている。中国に対する贖罪意識を持っている。尖閣事件の時、何故、検察は抵抗しなかったのか不思議。日本は独立国家と言う気概がなくなっている。教育を直さなければ駄目。反日国家に融和的で親日国家に冷たいのが日本。インドや台湾に冷たく、中国や韓国に遠慮している」。

出席していた台湾人学者が次のように述べた。「台湾近代化に日本統治はプラスになった。台湾人は心から感謝している。台湾人は親日的であっても片思い。台湾人は日本に冷たくされてがっかりしているところがある。日本政府は待湾に冷たい。日本はアメリカのように『台湾関係法』のようなものを作るべきだ。」と語った。

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2011年12月16日 (金)

國體の本姿回復が根本

日本という國はしなやかで自由な発想を持つ國であり、成文憲法などというものによって永遠に拘束されることはない。現下日本におけるいわゆる「解釈改憲」といわれることも実に日本人のしなやかで自由な発想にしからしむる所であろう。現行憲法の何処を探しても「自衛隊」というものは存在しないのに、自衛隊は厳然と存在している。理外の理・法外の法で自衛隊は認知されている。

 しかし「解釈改憲」が行われるということは、現行憲法が日本の実情に合わなくなってきているということである。そして次第に空文化していっている。

 現行占領憲法は日本國の基本的性格と全く異なる理念で作られている憲法であり、日本の國體・文化・伝統を全く否定しあるいは無視している憲法である以上それは当然である。 

 一日も早く「現行占領憲法」を否定し、日本國體に則った正しき憲法を回復すべきである。憲法を正しくすれば万事が解決するというわけではないが、正しい憲法の回復が日本國の政治と文化など全ての面の混迷を救う大きな道である。

 私が「回復」という言葉を使うのは、國體の本姿を回復するという意味である。

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この頃詠みし歌

乳母車に乗りし幼児の清らけき瞳(ひとみ)見れば心和むも

幼な児のごとくになれば天国に入ること叶ふといふを信ぜん

高輪の泉岳寺の墓所 香煙の昇りて止まず忠義尊し

諏訪の神まつれる宮は一面に落ち葉散り敷き師走なりけり

ひたすらに祈りたる後の日の光われをつつめば生きる喜び

迷ひ心消え去りゆかば晴れやかな心となりて青空仰ぐ

歌を詠み日記をつけて一日の終はりとなさん静かなる夜

足腰を強く保たんと願ひつつ朝の掃除を念入りにする

家出でて師走の街を歩み行く気ぜはしき思ひに駆られる如く

昇り来し朱色の満月眺めつつ電車待ちをれば心浮き立つ

朗々と天津祝詞を唱へつつ今日のひと日の幸を祈らん

欠けてゆく満月仰ぐ師走の夜 近所の人と声をあげつつ(皆既月食)

未整理の新聞雑誌の山見つつ今年も暮れて行くを惜しむも

満員の電車の中で語り合ふ若者たちの逞しき声

靖国のみやしろの公孫樹は黄金色に輝きてをり十二月八日

散り果てし公孫樹葉の上を歩み行く 冬来たりたる靖国の宮

ひび割れの痛みに耐へつつ雑巾をしぼりて部屋を清めんとする

拘束されし父の腕(かひな)をさすりつつ苦しみ少なかれとただ祈りゐる

延命とは延苦なりとの医師の言葉今さらにして身にしみるなり

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千駄木庵日乗十二月十五日

午前は、母のお世話。

午後は、『政治文化情報』の原稿執筆。

この後、病院に赴き、父に付き添う。

帰途、御徒町で知人と懇談。

帰宅後も、原稿執筆。

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2011年12月15日 (木)

ソウルの日本大使館前の「従軍慰安婦問題を象徴する銅像」なるものを撤去させよ!

ついに韓国・ソウルの日本大使館前に「従軍慰安婦問題を象徴する銅像」なるものが設置された。許し難いことだ。設置場所は、狭い道路を挟んで、日本大使館の目と鼻の先で、大使館を訪れた人の目に、必ずとまるような位置に設置された。
銅像は、日本大使館の敷地から見ると、わざわざ正面に見える形で設置され、隣には記念撮影用となる椅子まで用意されている。


わが国政府は、外交公館の尊厳が傷つけられるとして、設置を許可しないよう要請していたが、韓国政府は、「平和な像」として、事実上黙認した。

わが国政府は、撤去を求めているが、十二月十七日に予定されている韓国・李明博大統領の訪日に変更はなく、野田総理との首脳会談でこの問題をとりあげるかどうかについて、官房長官は「非常に大きな関係の話」をする場であると述べるにとどまり、直接的には触れないのではないかという見通しを示した。

「従軍慰安婦」問題の虚構である。「従軍慰安婦」などと言うこと自体間違いであって、つまり堂々たる軍属身分を持った「従軍」などではなく、民間業者の募集による単なる「公娼・娼婦」であった。また、「強制連行」などというのも反日集団のデマである。      

 

「強制連行」とは、日本軍の正規の命令で朝鮮半島の女性を奴隷狩りのようにして集め、戦地に無理やり連行して日本軍兵士に集団的に凌辱させたことを意味する。しかし、実証的に検討を加えた結果、強制連行という事実は全く立証できず嘘八百であったことが明らかになった。

つまり「慰安婦」とは戦地における娼婦であり、多くはその親によって朝鮮人女衒(ぜげん)に売られた女性たちなのである。「女子挺身隊の名で戦場に連行され日本軍人相手に売春行為を強いられた朝鮮人従軍慰安婦」などというのは全く存在しなかった。実際、戦地に出張した朝鮮人娼婦・売春婦のほとんどが、親に売られたり、朝鮮人の民間業者(女衒)の手で転売されたりした女性たちである。

わが国の歴史を汚し、旧日本軍人を侮辱する「銅像」なるものは一刻も早く撤去されねばならない。野田総理は、李明博大統領に強硬に抗議し、即時撤去を求めるべきだ。韓国側が拒否したら、駐韓日本大使の召還などの対抗措置を取るべきである。大統領に会っても抗議をしないなどというへっぴり腰、悪質陋劣な外交は、天人共に許さざる行為である。

 

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千駄木庵日乗十二月十四日

午前は、母のお世話。

午後一時半より、芝の駐健保会館にて、『大行社幹部会』開催。三本菅啓二会長が訓示。顧問の末席を汚す小生もスピーチさせていただいた。所謂「従軍慰安婦問題」などを話した。

いったん帰宅。

午後六時半より、駒込地域文化創造館にて、『萬葉古代史研究会』開催。小生が高市黒人の歌などを講義。高市黒人は日本叙景歌の元祖といわれる歌人。質疑応答。

終了後、出席者の方と懇談。

帰宅後は、『政治文化情報』の原稿執筆。

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2011年12月14日 (水)

萬葉古代史研究會のお知らせ

萬葉古代史研究會

小生が講師となりて「萬葉集」を勉強する會が本日開かれます。主要作品を鑑賞しつつ古代日本の歴史精神と美感覚を學んでおります。多くの方々の御出席をお待ちしております。

日時 本日 午後六時半より

會場 豊島区立駒込地域文化創造館

東京都豊島区駒込二の二の二 電話〇三(三九四〇)二四〇〇 山手線駒込駅北口徒歩二分

會費 千円

テキストは、岩波文庫本『萬葉集』(佐佐木信綱編)下巻。

初参加の方は、テキストはなくても結構です。初めての方でも分かりやすい内容です。

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日本傳統信仰について

わが國は、日本傳統信仰を基盤にして様々の文化・芸術を花咲かせてきた。その文化芸術は今や、世界的に高く尊い価値を持っている。日本が世界に貢献できるのは、決して経済だけではない。むしろ文化芸術そしてその基盤である日本傳統信仰が今後の世界に大きな貢献をすると信じる。

日本國體は、神話の精神がその淵源である。神話の再興が現代の救済である。日本天皇は、神話時代からの傳統を継承され、實際に今日唯今も神話時代以来の祭祀を行われている。「天皇の祭祀」は、今に生きる神話である。天皇は、これからの日本と世界の真の平和と再生にとってまことに大切な御存在である。

日本伝統信仰即ち神道は、自然の命と祖先の霊を崇める精神がその根幹であり全てである。それは日本民族の実際生活から生まれて来た信仰である。特定の預言者や絶対神の代理人と称する人が説き始めた教条・教義に基づく信仰ではない。ここが神道と教団宗教との根本的相違である。つまり、わが国伝統信仰=神道はまことに大らかにして包容力旺盛な信仰なのである。

だからこそ、わが国伝統信仰の祭り主であらせられる日本天皇は、仏教や儒教をも尊ばれた。わが国において仏教典を講義され、仏教寺院を建立されたのは、聖徳太子であられる。聖武天皇は、日本仏教の中心寺院として東大寺を建立され、さらに全国に国分寺・国分尼寺を建立された。わが国において仏教は、皇室を通して広まったと言っていいのである。そして日本伝統信仰は外来仏教や儒教を大らかに融合してきた。

わが民族は、今日の混迷も必ずこれを打開して正しき日本の姿を回復するに違いない。しかしそのためには、歴史を回顧して明らかな如く、真に国家の伝統精神を継承する者たちの必死の努力精進が必要である。

わが国の麗しい山河、かけがえのない道統を重んじ、日本の伝統的な文化を大切なものとする姿勢を取り戻し、祖国日本への限り無い愛と、国民同胞意識を回復しなければならない。

「傳統精神」「國體精神」「神話の精神」というものは、急速な科学の進歩と世界の統合化やグローバル化によって人類の中に吸収されて消滅することはあり得ない。歴史的に形成されてきた傳統精神は永遠に生き続ける。天皇がその体現者であられる日本傳統精神が現代の危機を打開し将来の日本及びアジアそして地球の救済の力となり得る。

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千駄木庵日乗十二月十三日

午前は、母のお世話。

午後は、明日の万葉集講義の準備。

この後、病院に赴き、父に付き添う。

午後七時より、ホテルサンルート高田馬場にて『一水会フォーラム』開催。二宮清純氏が講演。質疑応答。スポーツについて大変興味深いお話を聞くことができた。後日報告します。

帰宅後も、講義の準備。

              ◎

このところ大事な会合が重なることが多くて困っています。

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講演する二宮清純氏

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2011年12月13日 (火)

「小中華」は「大中華」に逆らえないのか?

十二日午前七時頃、韓国北西部・小青島南西85キロの排他的経済水域(EEZ)内で、不法操業の支那漁船を取り締まり中の海洋警察官二人が支那漁船の船長にガラス片で刺され、一人が死亡した。

共産支那外務省は会見で「中国は、境界線を越えて違法操業をしないよう漁民を指導し、漁船への管理を強化している」と強調、「韓国とともに適切に処理をしたい」と述べたが、相変わらず木で鼻をくくったような物言いで、遺憾の意も表明せず、謝罪もしなかった。

韓国政府も国民も、竹島不当占拠を正当化し、我が国に対して理不尽なる主権侵害と攻撃を続けている。ところが共産支那に対しては実に弱腰であり、これまでも色々な外交上の摩擦があっても強硬な姿勢を示すことがなかった。その原因はどこにあるのか。朝鮮・韓国は支那の属国であり、「小中華」だと思っているからだ。

「大中華」が「小中華」を馬鹿にするのは当然だ。日清戦争は支那からの朝鮮の独立を実現した。しかるに韓国・朝鮮は日本に反逆し続けている。このことを反省すべきだ。そして支那の属国になっている状況を打破せよ。

中華帝国主義国家・共産支那は、南北朝鮮を属国・朝貢国と思っている。完全にバカしているし、蔑視している。日本も支那に対して毅然とした態度で臨まなければそうなる。

韓国は、「小中華意識」を払拭し共産支那に徹底的に反撃すべしきである。そして日本に対する誤った敵対意識を捨てるべきだ。それが出来なければ韓国は真の独立国家とは言えない。それとも「小中華」は「大中華」に逆らえないのだろうか。

わが日本は、支那に対しても南北朝鮮に対しても、正義に基づく毅然たる態度で臨まなければならない。

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千駄木庵日乗十二月十二日

午前は、母のお世話。

午後二時より、内幸町の日本プレスセンターにて、『アジア問題懇話会』開催。阿部穆氏が司会。小田村四郎拓殖大学前総長が「これからの日台関係を考える」と題して講演。活発な質疑応答が行われた。塩川正十郎氏も出席された。大変お元気そうであった。失礼な言い方だが、老人パワー炸裂といった感じの会合であった。詳細は後日報告します。

帰途、銀座で知人と懇談。

帰宅後は、『政治文化情報』の原稿執筆。

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講演される小田村四郎氏

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2011年12月12日 (月)

國體と憲法

わが日本は國家の本質と君主たる天皇の御本質が建國以来、信仰的に厳然と確立している。これを法律的に言えば、不文法によって定まっているということである。故に成文憲法でそれを変革することはできないし、成文憲法は不文憲法(立國の基本)に反する規定をしてはならない。

                                          

 しかるに、『現行占領憲法』では、前文で「主權が國民にあることを宣言し」、第一条には「主權の存する日本國民の総意に基づく」という規定がある。これを根拠にして「日本は君主制の國ではないと」する意見がある。これは有史以来の國體を根本から否定する論議であるが、こういう議論が起こり得るところに『現行憲法』の重大欠陥がある。

         

 日本國の歴史と傳統すなわち不文法において、天皇中心の共同體を確立しているわが國で、成文憲法に共和制ともとれるような表現があるのは絶対に許されない。ゆえに『現行占領憲法』は否定されなければならない。

日本國の統治の大權は建國以来天皇にある。天皇統治とは、権力や武力によって人民を支配することではない。日本國の統治大権は建國以来、天皇にあるということを憲法に明確に示すべきである。

天皇の統治大権とは、権力や武力による支配ではなく、祭祀と一體のものであり、天皇が神聖な信仰的権威によって統率し統一することである。ゆえに「萬世一系の天皇が日本を統治する」という表現が適切である。それは「天壌無窮の御神勅」の精神に立脚しているからである。

日本國の素晴らしさは、古代に生成した天皇を祭祀主と仰ぐ祭祀國家が今日に至るまで解體したり断絶したりすることなく今日まで連綿として続いていることである。わが國は神話の時代のままに、高天原から天降られた天照大御神の「生みの御子」の使命を現身の形でそのまま受け継がれる天皇を現實に日本國の元首・君主と仰いでいることである。

わが日本國は崇高なる理想を持った「天皇を中心とした神の國」なのである。しかるに、今日の日本は混迷の極に達している。このままで行けば亡國の淵に立たされる危険がある。

日本を立て直し國家を正しく保つためには、信仰共同體の祭祀主たる天皇の神聖権威を正しく回復しなければならない。

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千駄木庵日乗十二月十一日

午前は、母のお世話。

午後は、書状執筆。

この後、病院に赴き父に付き添う。

帰宅後も、書状および原稿執筆。

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2011年12月11日 (日)

大西郷の精神と現代日本

内憂外患こもごも来るといった状況にある今こそ、我々日本人は、『大西郷の精神』を学ばなければなりません。

『大西郷の精神』とは、国家の自主独立の精神であり、皇室を敬い国民に真の平安をもたらす政治の実現です。

西洋列強の侵略から祖国を守り天皇帰一・四民平等の国を建設するための大変革であった明治維新を戦い、さらに維新後にあってもなお、東洋の平和と理想の道義国家建設のために戦った大西郷の精神こそ、今の日本にもっとも必要なものです。何故なら今の日本は、幕末及び明治初期の我國以上に、外国から侮りを受け、政治は乱れに乱れているからです。

                     

大西郷は、「國の凌辱せらるるに當りては、縱令國を以て斃るるとも、正道を踏み義を盡すは、政府の本務なり。」と言っています。この言葉こそ今日の我國政府が最も噛み締めなければならない言葉であります。我國は現在、歴史問題・領土問題などで支那・韓国・北朝鮮からなめられ、国家の尊厳性を喪失しています。

 大西郷は、「王を尊び民を憐れむは学問の本旨」「萬民の上に位する者、己を慎み、品行を正しくし、驕奢を戒め、節儉を行ひ、職務に精勵して、人民の標準となり、下民をしてその勤労を感謝せしむるに至らざれば、政令は行はれ難し」と述べています。この言葉も今日の我國政治家が噛み締めなければならないと思います。

 また大西郷の遺した言葉以上に彼の歩んだ道、彼の行った偉業そのものにこそ、大西郷が今日の我々に語りかけている大きな教訓があると信じます。西郷の歩んだ道は「東洋王道路線」(東洋的な帝王が仁徳をもととして国を治めるやりかた)と言われています。何よりも我國伝統の道義精神を根幹とした政治と外交を実行すべしとしたのが西郷隆盛であります。

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千駄木庵日乗十二月十日

午前は、母のお世話。訪問介護の方と共なり。

午後は、『政治文化情報』の原稿執筆。

この後、病院に赴き、父に付き添う。

午後六時より、神田学士会館にて、『憲法懇話会』開催。高乗正臣平成国際大学教授が「國體条項」、竹内雄一郎高崎経済大学名誉教授が「地方自治」について研究発表。激論。

帰宅後も、原稿執筆。

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2011年12月10日 (土)

天皇の国家統治について

天皇の国家統治の御事を「しらす」「しろしめす」と申し上げる。「しる」の尊敬語である。「しる」は単にものごとを知識として知るといふのではなくもっと深く「領知する(領有して支配すること)」の意である。「知る」とは「関係する」「司る」といふ意味である。今日でも「そんなことは知りません」といふのは、単に知識として知らないといふ意味以上に、「私には関係がない」といふ意味も含まれる。

 天皇の國家統治のことを「しろしめす」と申し上げるのは、天皇が天の下の全てを認識され、全てに関係されることである。それは、天皇が鏡の如く「無私」の御存在であるから可能になのである。天皇が鏡の如く全てを映し出す「無私の御存在」であればこそ、全てを領知され認識され司られることができるのである。

 天皇國家統治の「みしるし」である三種の神器の一つが「鏡」であるのはそのことをあらはしてゐる。天皇は自己を鏡となして一切のものごとを映し出される御存在である。

 

近代日本の哲學者・西田幾太郎は、「知と愛とは同じである」と言ったといふ。知ることと愛することは一体である。愛とは捨身無我である。自分を相手のために捧げるのが愛の極致である。自分を無にしなければ本当に相手を知ることは出来ないし、愛することもできないのである。天皇陛下の國家統治もご自分を無にされて天下萬民を愛されることなのである。

この場合の「愛」とはやまとことばの「むすび」に近い。「むすび」といふのはわが國傳統信仰上とても重要である。漢字では「産靈」と書く。生命の誕生・万物の生成のことである。「むすび」とは命が発生し長らへることである。天皇がしろしめされる日本国は永遠に栄えるのである。

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千駄木庵日乗十二月九日

午前は、母のお世話。

午後は、『政治文化情報』の原稿執筆。

午後七時より、蒲田にて『山河会忘年会』開催。この会は故野村秋介氏の未亡人・野村昌代さんを囲む懇親会である。今回で七回目。二年ぶりに昌代夫人にお会いすることができた。大変お元気そうであった。多くの同志・友人が参集した。何年もお会いできなかった懐かしい方も何人か来ておられて嬉しかった。小生は例によって「元禄名槍譜・俵星玄蕃」を熱唱する。友が、野村秋介氏の愛唱歌だった「群青」と「さすらい」を歌った。

帰宅後も、原稿執筆。

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2011年12月 9日 (金)

わが国は何故米英に宣戦を布告したのか

 わが国は何故米英に宣戦を布告したのか。それは米英本国に日本が攻め入り、彼の国を占領支配せんとしたためではない。米英が百年来、東亜諸国諸民族を侵略支配してゐる状況を掃攘するために宣戦を布告したである。即ち、明治維新の攘夷の戦ひをアジア的規模で遂行せんとしたのである。

 一四九二年にコロンブスがアメリカ大陸を発見し、一四九七年にヴァスコ・ダ・ガマが喜望峰を廻って以来、ヨーロッパ諸國=白色人種によるアジア侵略・植民地化は休みなく進み、十九世紀には、トルコから支那大陸に至るまで、アジアのほぼ全体が、欧米諸國の植民地支配下にあった。

十九世紀半ばになると、わが國にも、西からはアメリカ、北からはロシア、西からはイギリスといふやうに西欧列強の侵略の手はひしひしと迫ってゐた。日本もやがて植民地化の運命を辿ると思はれた。

しかし、われわれの父祖は、さうした外圧のさなかにあって、大変革を断行して國内体制を整へ、民族の独立を維持した。それが明治維新である。明治維新は、西欧列強の日本侵略の危機と徳川幕府の皇室軽視・封建支配といふ内憂外患を打開するため「尊皇攘夷」を基本理念として断行された大変革であった。

わが国は、明治維新断行以後、憲法を公布し、議会を開設し、近代国家への道を歩んだ。「富国強兵・殖産興業」を合言葉にして、軍事面経済面でも大発展を遂げた。

日露戦争の勝利は、米英をはじめとした西欧列・白色人種に虐げられてゐたアジア・アフリカなどの有色人種に大きな希望をもたらした。アジアの中でよく独立を維持しさらに近代化を遂げ、発展した唯一の国である日本は、欧米列強の植民地支配からアジア諸国諸民族を守る大きな盾となったのである。

アメリカは日本の強大化を恐れ、日露戦争直後の明治三十七年に、対日戦争計画たる『オレンジ計画』を立てた。アメリカといふ國は、開拓精神にも得た人々によって建国されたといはれてゐるが、この『開拓精神』とは他人の土地に入って行ってそこを占拠し自分たちのものにするといふことである。北米大陸そのものがもともと先住民族(いはゆるインディアン)のものだったのである。そしてハワイ・グァム・フィリッピンと西に進み、シナ大陸に入り込もうとした。ところが、その前に立ちはだかったのが日本だったのである。その日本を打ち砕くために米英は日本に戦争を仕掛けて来たのである。

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今日開かれた講演会で印象に残った話

今日開かれた講演会で印象に残った話を取り急ぎ報告します。

「大詔奉戴七十年を契機に大東亜戦争について弁解がましいことを言わないようにしたい。もっと積極的に大東亜戦争の正当性を明らかにすべきである。侵略論に対して思想的な反撃を大々的に試みていきたい。」

「日本は戦争に引き込まれた。仕掛けられた戦争であった。ところが日本は、間違った歴史観で中国などに遠慮のしっ放しで、国益を損ねている。この国の安全と平和は自らの力で担保せねばならない。」

「米英は、植民地を獲得すると必ず刑務所を作った。アメリカは刑罰と恐怖と暴力で植民地を支配した。アメリカは民主主義の聖地と言うが、奴隷市場があり、イギリスから島流しになった人々来た所。アメリカは黒人奴隷が作った國。」

「第二次世界大戦の根本原因は大恐慌。アメリカによってブロック経済になった。日本は中国から撤退したらどうやって生きて行くのか。日本はアメリカに敵対行動をとったことはない。アメリカの利益を侵害したことはない。しかるにアメリカは『排日移民法』を作った。経済封鎖は戦争行為。」

      

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千駄木庵日乗十二月八日

朝は、母のお世話。

午前十時より、靖国神社本殿にて、「大詔奉戴七十年祭」執行。国歌斉唱・祝詞奏上・大詔奉読・玉串奉奠などが行われた。

続いて、奉納演武が能楽堂で行われた。

午後二時より、靖国会館にて、記念講演会会が開催された。森田忠明実行委員長が挨拶し、藤井非三四・黒田秀高両氏が講演した。小生が閉会の辞を述べ終了した。

この後、病院に赴き、父に付き添う。

午後六時より、永田町の憲政記念館にて、史実を世界に発信する会主催『日米開戦七十周年記念講演会』開催。加瀬英明、平沼赳夫、ヘンリー・ストークス、高山正行、茂木弘道の各氏が講演した。大変な盛況であった。

帰宅後は、『政治文化情報』の原稿執筆。

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黄葉が美しい靖国神社参道

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靖国神社神門

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大詔奉戴祭記念講演会

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2011年12月 8日 (木)

『國歌君が代』について

 『國歌君が代』には日本國民の伝統的天皇信仰が高らかに歌いあげられている。

「君が代は 千代に八千代 に さざれ石の いはほ となりて 苔のむすまで」

 元歌は、平安朝初期から知られていた詠み人知らず(作者不明)の古歌(『古今和歌集』巻第七及び『和漢朗詠集』に賀歌として収録)の一首「わが君は千代に八千代にさざれ石のいはほとなりて苔のむすまで」(わが君のお年は、千年も八千年も、小さな石が巌となって苔が生えるまで、末永くお健やかでいて下さい、というほどの意)である。

石と岩の違いは、石が成長した岩には魂が籠っているということである。「いは」の語源は「いはふ」である。「いはふ」は「いへ」と同根の言葉で、霊魂を一処に留めて遊離させないして霊力を賦活させ神聖化することである。そして「いはふ」は神を祭る意にもなった。神を祭る人(神主)を「斎主」(いはひぬし)、神を祭る宮を「斎宮」(いはひのみや)と呼ぶようになった。魂の籠っている「石」を「岩」と言うといっていい。天照大神が籠られた「天の岩戸」は大神の神霊が籠られたところなのである。

人々は、亡くなった人の遺体を墓石の下に埋める。わが國は古墳時代から墓に石を置いた。特に偉大な人の墓の場合は巨大な岩を置いた。墓を石で造るのは、石に魂が籠められるという信仰に基づく。石や岩に霊魂が籠ると信じた日本人は、石は地上にありながら、地下から湧出する生命・霊魂の威力を包み込んだ存在で、地下に眠る霊魂の象徴であり、よりしろ(憑代・依り代。神霊が宿るところ)と考えた。

 

日本の「家」(いへ)はそれを構成する人々つまり家族の魂が一処に籠っているということである。したがって、「君が代(天皇の御代)」が「石」が「岩」になるまで続くということは、天皇國日本は魂の籠っている永遠の國家であるということになる。岩を霊的なものとしてとらえ、それを永遠無窮・天壤無窮の象徴としたのである。そういう信仰を歌っている歌が『君が代』なのである。

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千駄木庵日乗十二月七日

午前は、母のお世話。

午後は、原稿執筆。

この後、病院に赴き、父に付き添う。

午後六時半より、赤坂の日本財団ビルにて、『東京財団フォーラム・アメリカ大統領選オバマの再選なる?』開催。久保文明東京大学教授、マット・デッカーDDPグローバル代表・小栗泉日本テレビ報道局解説委員の三人がディスカッション。内容は後日報告します。

帰宅後は、原稿執筆。

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2011年12月 7日 (水)

天照大御神信仰について

古代日本人の素朴な太陽への信仰・崇拝の心が、次第に純化し太陽の光明温熱によって万物万生が生成化育するといふ、その尊い事実を神格化して太陽を最高尊貴な人格神として天照大御神を拝むようになった。

古代日本人は日の神の永遠性を信仰してゐた。ゆへに、日の神たる天照大御神は、最尊最貴の神と仰がれる。天照大御神は、高天原の主神であり、日の神である。その日の神を祀る祭祀主を共同体の「おほきみ」と仰いだ。そして日の神を「おほきみ」の祖神と信じた。

天照大御神は、日神と穀靈に五穀の豊饒を祈る祭祀主である「おほきみ=天皇(すめらみこと)」の御祖先神としても仰がれるやうになった。天照大御神は、大日孁貴尊(おほひるめのむちのみこと)とも申し上げる。太陽を神格化した御名である。「ヒルメ」は光り輝く意で、「メ」は女神の意である。

天照大御神は、日の神=自然神と、皇祖神=祖先神との二つの面を持つ女性神であられる。

八咫鏡は、天照大御神が岩戸にお隠れになった時、石凝姥命(いしこりどめのみこと)がお造りした。天照大御神の神霊の依代(よりしろ)として天孫降臨後、宮中に安置され、垂仁天皇の時代に伊勢に移されたと伝へられる。伊勢神宮の御神体である。皇位継承のみしるしとして宮中賢所(かしこどころ)に代りの鏡がまつられてゐる。

『日本書紀』には、天照大御神が天忍穂耳命(あまのほしほみみのみこと・邇邇藝命の父神)に「宝鏡」を授けて

「視此宝鏡、当猶視吾、可与同殿共殿、以為斎鏡」(この鏡を視まさむこと、まさに吾を視るがごとくすべし。ともに床(ゆか)を同じくし殿(おほとの)を共(ひとつ)にして、斎鏡(いはひのかがみ)とすべし)と命じられたと記されてゐる。

『古事記』には、邇邇藝命が天降られる時、天照大御神が、三種の神器を副へて「これの鏡は、もはら我が御魂として、吾が前を拝(いつ)くがごと、斎(いつ)きまつれ」(この鏡こそはもっぱら私の魂として、私の前を祭るやうにお祭り申し上げよ)との御神勅を下されたと記されてゐる。

「八咫鏡」は、天照大御神の依代(よりしろ・神が顕現する時の媒体となるもの)として拝まれるのである。『日本書紀』には、鏡を作って日の神の御像としたことが記されてゐる。

鏡は三世紀代の古墳から発見されてをり、その頃には太陽神(日の神)祭祀に用いられてゐたと思はれる。太陽に鏡を向けると、その鏡は太陽と同じようにまぶしく光り輝くので、鏡は太陽神を象徴するのに最もふさわしいものであったと考へられる。

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千駄木庵日乗十二月六日

午前は、母のお世話。

午後は、原稿執筆。

午後六時より、富士見町の新九段下沙龍にて『憲法勉強会』開催。全員で討論。終了後、忘年会。

帰宅後も、原稿執筆。

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2011年12月 6日 (火)

大東亜戦争及び『極東国際軍事裁判』について

『極東国際軍事裁判』は、裁判とは名ばかりの戦勝国による復讐であり見せしめであった。戦勝国は、わが国を解体し弱体化するために『戦争犯罪人』といわれる人々を捕らえ「裁判」にかけたのである。

 戦勝国は、「戦争は非人道的な行為だ」と主張しながら、「軍事裁判」の「法廷」では、かつてのわが国の指導者を罵倒し、拘置所に収容した「被告」たちには、非人道的な処遇を強要した。それはあまりに非道な処遇であった。

 戦勝国は、法律なき「軍事裁判」という名の復讐の場で、わが国に侵略国家の汚名を着せそれを全世界に宣伝したのである。「日本侵略国家論」こそ、欧米列強の「侵略の歴史」を覆い隠すための主張であった。

 「戦争は人道的行為だ」と決めつけながら、米国は航海の安全を保障されていた日本の「阿波丸」(一万一千二百四十九㌧)を、台湾海峡で魚雷攻撃した。阿波丸は緑十字マークをつけて無防備で航行していたが、二千八名の乗員と乗客が死亡した。

 さらに、米国は広島と長崎の原爆を落とし、わが国主要都市に爆撃を敢行し、無辜のわが国国民を大量虐殺した。ソビエト連邦は、戦争末期に「日ソ中立条約」を一方的に破棄してわが国に侵攻し、南樺太全千島そして北方四島を占拠し、多くの日本人婦女子を殺戮しシベリアに送り込み強制労働に従事させ死に至らしめた。

 米・ソなどの戦勝国こそ、多くの侵略国である。しかもその責任を回避し、補償さえしなかった。それは数百年にわたる白人によるアジア・アフリカ・中南米侵略支配の常套手段であった。

 大東亜戦争は、支那大陸におけるわが国の合法的権益を奪い、支那大陸を手中に収めようとする米英ソの謀略と対日経済封鎖力が引き金となって始まった戦いであり、わが国の侵略戦争ではない。

 わが国近代史を汚辱にまみれた歴史であるとして非難憎悪し続けている戦後日本は、精神の動揺、道義の頽廃、思想の混迷とどまるところを知らず、愈々国家民族の存立の基盤を危うくしている。

 戦後日本は今日に至るまで、いわゆる『東京裁判史観』に呪縛され続けている。我々日本国民は一日も早くこの呪縛から解放されねばならない。そして民族の誇りを取り戻すべきである。

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千駄木庵日乗十二月五日

午前は、母のお世話。

午後は、『政治文化情報』の原稿執筆。

この後、病院に赴き、父に付き添う。看護師さんと相談。

帰途、湯島で久しぶりに会った友人と懇談。

帰宅後も、原稿執筆。

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2011年12月 5日 (月)

天皇及び日本國體とナショナリズム

 「民族」とは、人間の先天的な身体の特色によって分類される人種を基礎とすると共に、人々が歴史的・後天的に言語・地域・生活・文化・信仰・心理の共通性を基礎として伝統を育み鞏固な歴史的存在意識を持った運命共同体意識に基づいて結合された精神的文化的信仰的共同体である。

 宗教・信仰は、民族精神の最も端的な表現である。わが國の信仰精神・宗教精神の基本は、自然信仰と祖霊信仰である。わが國において太陽神という自然神への信仰と祖霊信仰は、太陽神であると共に皇室の御祖先神たる天照大神への信仰において一体となっている。そしてその祭り主が天皇であらせられるので、わが國の信仰精神は天皇への尊崇の精神によって統合され体現されている。したがって、日本民族の天皇尊崇の念が日本民族としての独自性の原点である。日本民族の信仰・文化・伝統を体現されるお方が天皇である。わが國において、民族的一体感・國民的同一性の中心は天皇以外にあり得ない。そしてわが國伝統信仰は、一神教ではないから、基本的に包容力があり排他的はではない。

 「ナショナリズム」とは、一つの民族が他の民族の支配を排除して、自身の國家の独立を回復あるいは維持しようとする國民的規模の思想及び行動である。わが國には、対外的危機感が伝統精神の復活・回帰の熱望を呼び覚まして来た歴史がある。民族主義・愛國心・ナショナリズムと歴史意識と不離一体である。現代日本もそうした時期である。

 「天皇中心の國體」とは、神話の世界以来の信仰に基づき一系の血統と道統を保持し継承される天皇による國家統治ということである。そして天皇の國家統治は、権力・武力による人民支配ではなく、祭祀主としての宗教的権威による統治(統べ治める)ということである。それは信仰共同体國家たる日本独特の國柄である。

天皇國日本の倫理・生活伝統・信仰精神そしてそれに基づく國柄を総称して「國體」という。「天皇中心の國體」はわが國の伝統の根幹である。日本民族の歴史を我々一人一人の精神の中で甦らせて、自己の倫理観・道義感の基本に置くことによって日本民族の意識・ナショナリズムが形成される。

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黒田勝弘産経新聞論説委員・ソウル駐在特別記者の講演

『アジア問題懇話会』における黒田勝弘産経新聞論説委員・ソウル駐在特別記者の講演内容は次の通り。

「十月に満七十歳になった。ソウルの外人記者クラブでお祝いパーティーをやってくれた。ソウル駐在の外国記者で六十歳を超えた人は、タス通信とCSラジオの記者と私の三人のみ。七十歳という気分にならない。

共同通信の記者だったが、一九九八年、ソウル五輪直後に産経に移った。一九七八年に語学研修で韓国に来て以来、三十年間韓国ウォッチングをしている。若干ぬるま湯的で外に出ると風邪をひきそうな気がする。日本では通用しないのではないかという感覚がある。ソウルは壮大な田舎という感じがする。キチキチしていない。必ずしも法治主義ではない。個人の意思や情が通用する。大きな声を出すと得する。コネを使えば出来ないことでも出来る。ゲマインシャフト的社会。こういう社会に住むと日本に帰って来ると疲れる。日本では人間の情に立脚した弁明を応対してくれない。韓国は隙間社会が厳然と残っている。融通が利く。臨機応変。プラスマイナスはあるが、長く韓国にいると日本には住めなくなる。七十歳で支局長を辞めた。韓国・中国は肩書き社会。韓国では新聞社の支局長とは販売店主のこと。論説委員は韓国ではすごい権威。

現時点での僕と駐韓国日本大使館の最大の懸案は、日本大使館前に慰安婦記念碑を建設される計画。十二月十四日に大使館前で慰安婦たちの水曜デモがある。千回記念で記念碑を作る。『朝日』は『平和の碑』と報道している。僕は、これはとんでもないことと思って怒っている。これを許したら駐韓国日本大使は本国召還ものだと言っている。日本大使館の真正面の十メートル離れたところに慰安婦の碑が建てられることを阻止できねば、外交的大失態となる。大使館は何とか抑えようとしている。あと二週間もない。ソウルの道路上の構造物は区役所の管轄事項。区長の許可が必要。昨日(注・十二月二日)女性代表が区長に談判に行った。結果はまだ聞いていない。許可が出れば彼らは碑を作るし、不許可でも集会をやる。日本の支援団体も東京で集会をやる。

台湾は来月十四日に総統選挙が行われる。民進党総統候補は女性候補の蔡英文。韓国の与党ハンナラ党の次期大統領候補は朴槿恵。韓国は女性のリーダーシップに否定的。朴槿恵は独身。韓国の古い世代には『夫も持たず子供も育てない人間が大統領になれるのか』という批判がある。台湾で蔡英文が勝利すれば韓国の朴槿恵にとって有利になる。

韓国はもう一回保守が勝たないと社会的に北朝鮮融和に転じる。日米韓の信頼関係が揺らぐ。親北左翼政権が十年続いたので、教育が北融和に傾いた。革新系NGO出身の人がソウル市長になった。弱者保護・福祉強化の人が当選した。李明博は経済人。分配より成長、働く人より企業を重視。格差社会が出来た。世の中は金持ちより貧乏人が多いから、福祉論争は野党が有利。あと一年あるから起伏があるが、朴槿恵は楽観出来ない。

ロシア・中国・台湾・日本は政権交代期。北朝鮮は様子見という事になるのか、政権交代期に何かを仕掛けるのか、私は前者だと思う。北朝鮮は強盛大国(注・政治思想軍事経済強国を築くこと)を叫んできた。ニ〇〇五年は、金日成生誕百年・金正日七十歳・金正恩三十歳の記念の年と設定している。思想と軍事はある程度達成できた。次は経済思っている。国民に経済でも良いことがありましたよという事を国民に見せねばならない。来年はコメを確保せねばならない。『食糧危機だ』と言ってコメの備蓄を集めている。北が対外軍事的冒険をやるかことがプラスかマイナスか、私はこの一年は静かにするのではないかという判断。

日本には中国脅威論があるが、日本人には中国ファンが多い。心底中国が嫌いという日本人はいない。日本人にとって中国は遠くから見る富士山だから美しい。コリアにとって中国は近くから見る富士山だからゴツゴツした溶岩が見える。ソウルで中国が好きな人は少ない。中華料理屋は少ないしまずい。華僑は二万人くらいしかいない。北朝鮮は三万から五万。大陸周辺では少ない。華僑ですらコリアは住みにくい。嫌われる。韓国人は中国が本当に嫌いだが、いつも気を使わねばならない。韓国には親中国の文化人・知識人はいないのではないか。朝鮮戦争では中国が攻めてきた。韓国人は『中国人は貧しく汚い』と露骨に言う。中国観光から帰ってきた人は中国を悪く言う。中国に対して日本は甘く、韓国はリアリズム。日本文明は平安時代から成立している。韓国はかなり中国文化を受け容れている。漢字を簡単に捨ててしまったのはハングルナショナリズムのせい。強制したわけではない。漢字ハングル併用論も大きくならない。公務員試験で漢字は使えない。中国は漢字を捨てた韓国より漢字を使う日本が可愛い。韓国には『北の核は民族の核だ』と言う若者がいる。」

     

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千駄木庵日乗十二月四日

午前は、母のお世話。

午後は、諸雑務。

この後、病院に赴き、父に付き添う。

帰宅後は、原稿執筆の準備など。

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2011年12月 4日 (日)

皇室の尊厳性の奉護は国家存立の基本

敗戦後、戦勝国によって押し付けられたわが国の伝統を破壊し国柄を合わない色々な体制・法律のみならず、精神文化などを祓い清めねば、今後の日本はますます混迷する。

戦争直後、占領軍は、皇室制度の弱体化を進めた。その顕著な例が、宮内省の宮内庁への格下げである。戦前の宮内省は「大宝律令」以来の歴史と伝統を有し、宮中・府中の別が確立され、一般行政の枠外に立っていた。即ち、時の政府から独立した存在であった。

ところが戦後の宮内庁は、総理府の外局にすぎなくなった。戦前の宮内大臣は、伊藤博文・田中光顕・牧野伸顕など総理と同格の人物が就任した。したがって、宮内省が権力者によって利用されるなどということはなかった。今日の宮内庁長官は他の官庁のトップを退職した元官僚が就任する。政治権力者と対等にものを言える立場ではない。それが皇室の政治利用が行われる原因である。

現代日本は、國民の皇室尊崇の念が薄れつつある。メデイアによる皇室への攻撃はますますひどくなっている。このままでは國家崩壊につながる。天皇・皇室の尊厳性の奉護は国家存立の基本である。

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千駄木庵日乗十二月三日

午前は、母のお世話。

午後二時より、内幸町の日本プレスセンターにて、『アジア問題懇話会』開催。黒田勝弘産経新聞ソウル駐在特別記者・論説委員が朝鮮半島情勢について講演。質疑応答。大変興味深いことが語られた。内容は後日報告いたします。

夕刻、日比谷で知人と懇談。

帰宅後は、書状執筆・資料整理など。

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講演する黒田勝弘氏

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2011年12月 3日 (土)

いわゆる『皇室批判』について

近年、國體護持・皇室尊崇の念を持つ人々による、皇室・皇族に対する「諫言・批判・苦言」が雑誌新聞などに発表される以前より多くなった。天皇・皇室を仰慕し、国の将来を案ずる憂国の思いからの切言であろうから、これを反國體勢力の皇室批判と同列に論ずることはできない。

尊皇愛国の精神が篤い人は、天皇皇后両陛下・皇太子殿下同妃殿下が「自分たちの抱く天皇・皇族の理想像」あるいは「天皇・皇族にはこうあっていただきたいという思い」と異なる御発言や御行動をされた時、批判の思いを抱くことがある。心の中でそういう思いを抱くことはあるいはやむを得ぬことかも知れない。

 しかし、天皇皇后両陛下をはじめ皇太子同妃両殿下などの皇族方の御行動・御発言に対し奉り、雑誌新聞などで色々と批判し苦言を申し上げることは如何なものであろうか。何か他の方法にて、諫言申し上げるべきではなかろうか。

日々神を祭り、国家国民そして世界の平和と幸福を祈っておられる天皇は、最高に尊い御存在である。生きたもう神であらせられる。天皇陛下以上に国家・国民を思い、その幸福安泰を神に祈られている御方はいないのである。

そういう尊貴なるお方に対し奉り、いかなる憂国の士・学識のある愛国者といえども、自分の考え方や、ものの見方や、思想・理論を押し付ける資格はない。天皇・皇族のご意志ご行動が、自分たちの抱く理想像や自分たちの抱く國體思想と異なっているからと言って、天皇・皇族をあからさまに雑誌新聞などで批判するのは慎むべきである。

とくに、皇位継承や皇室典範改定など皇室にかかわる重要な御事については、臣下・国民が真摯に議論し、その結論を天皇陛下に申し上げることは許されても、ます以て天皇陛下の大御心に沿い奉るのが臣下・国民としての姿勢である。

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この頃詠みし歌

先帝陛下慈愛の御心満ち満つる皇居の林を一人歩むも(皇居東御苑)

林間を歩み行きたり緑一色の視界となりて心清(すが)しも()

ベランダより見下ろす街路に登校の子供らの列楽しげに見ゆ

晩秋の朝日に照らされかがよへる日暮里諏方台の木々美しき

急激に色づきにける丘の木々遠く眺める晩秋の朝

友どちの贈りくれたる柿の実の甘く柔らかきを食す喜び

銀杏の薄き緑の実を食す晩秋の夜の酒うまかりき

その昔富久町で出会ひたる台独の闘士は天に昇れり

日本と台湾の絆は固くして王育徳黄昭堂の御霊尊し

秋晴れの空に真白き雲浮かび さやかなるかも生きてある時

飼ひ主の墓より離れぬ犬のことテレビで見ては心潤ふ

葡萄の実一つ一つを千切りつつ母と食せる朝の食卓

昇り来し太陽仰ぎ柏手を打ちて喜ぶ朝々のならひ

天空に浮かぶ満月これの世に何がありても煌々と照る

御民われ一人し祈る秋の夜 すめらみことの萬寿無窮を

山部赤人吉野を讃へる歌を読み心のどかにいにしへを偲ぶ

聞こえ来る音何もなき夜の更けにペンの音のみさらさらと鳴る

柔らかき物言ひで語る噺家は毒舌家といふ仮面つけゐし

根津の街で時々会ひて語らひし噺家はこの世を去りてさみしも

根津の街に秋の夜の雨降り出しぬこの世を去りし噺家を惜しみ

自転車がフルスピードで走り行く道歩みつつ怒り湧き来る

炎の絵見つめてをればわが内の炎も燃え立つ思ひするなり(速水御舟『炎舞』)

寒くなりし夜をいそいそ行くところカウンター席の焼き鳥屋なり

急勾配の階段の上に駅はある太りたる身で昇らねばならぬ

乳母車に乗りしみどり子の清らけき瞳を見れば心なごめり

幼子の如くになれば天国に入ること叶なふと言ふを信ぜむ

苦しみを訴へる眼を我を向ける父に真向かふ時の切なさ

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千駄木庵日乗十二月二日

午前は、母のお世話。医師の往診あり。

午後は、諸雑務。

この後、病院に赴き、父に付き添う。熱が下がったので一安心。

帰宅後は、原稿執筆。

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2011年12月 2日 (金)

『祭り』について

神道の基本行事たる「祭り」とは神に奉仕(仕へ奉る)し、神の御前において自己を無にして神の御心に従ひ奉ることである。つまり神の御心のままに勤めることをお誓ひする行事である。祭祀は、〈神人合一〉の行事である。

「祭祀」とは、「始まりの時」に行はれた行事を繰り返し行ふことによって、「始まりの時」に回帰する行事である。日本神道の祭りは、お祓ひ、祝詞奏上、玉串奉奠などを行ふことによって、罪けがれを祓ひ清めて、人としての本来の姿に立ち帰るといふ行事である。言ひ換へると、禊祓ひによって生成の根源に回帰するといふことである。「無私」になって神に一切を「まつろふ」(従ひ奉る)から「まつり」といふのである。

神祭りは、日本傳統精神の原点であり日本傳統文化の祖型である。

「祭り」とは厳粛なる行事ではあるが、堅苦しい苦行ではない。明るく愉快な行事である。神人融和・神人合一の状態は明るく面白いのである。

「阿波礼、阿南於毛志呂、阿南多乃之、阿南佐屋気、於気於気(あはれ、あなおもしろ、 あなたのし、あなさやけ、おけおけ)」

これは、天照大神が天の岩戸からお戻りになり、世界が明るさを取り戻した際、天の岩戸の前で神々が歌ひ踊って喜ぶ場面の掛け声である。

日の神たる天照大御神の再臨は、笑ひによって實現した。日本民族にとって「笑ひ」とは、暗黒や邪気を除去し明るい日の神を迎へる歓びであった。つまり祭りの原義と一體である。

日本人が「祭り」が好きなのは、日本人が本来明るい性格の民族であるからである。「面白い」といふの言葉は、實に天の岩戸開き以来の言葉である。神人合一とは、明るい面白い境地なのである。

厭世的でもなければ逃避的でもないといふのが我が國民性である。いかなる困難も罪穢も神を祭ることによってこれを打開し祓ひ清めることができると信じ続けてきてゐるのである。

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『野分祭』における東谷暁氏の講演

十一月二十四日に行われた『野分祭』における東谷暁氏(ジャーナリスト)の「追悼講演」の内容は次の通り。

「私は経済学者・エコノミストが嫌い。そういう人たちを批判してきた。三島由紀夫は経済繁栄を真っ向から否定した人。三島氏は『無機的な、からっぽな、ニュートラルな、中間色の、抜け目がない、或る經濟的大國が極東の一角に殘るのであらう』と言っていた。昭和四十五年十一月二十五日のことを思い出すと、高校二年だった。三島氏が自決したと知り愕然とした。『潮騒』を読んでいた。今でも正直言って何かをとらえたとは言えない。戦後日本とは何かを考える時、昭和四十五年十一月二十五日に戻る。私がものを考える時の拠点。

一九九〇年代日本は経済没落したと言われるが、そうではないと考える。株価が下落した時、グローバル経済に後れを取ったから駄目になったという議論が勢いを増したが、私は全く逆だと思う。グローバル化を受け容れたことによって経済が駄目になったと考える。

日米構造協議でアメリカは二百数十もの要求を日本に突き付けた。アメリカは日本国内の経済制度を変えることを要求した。異常な話。日本はほとんど受け容れた。米国通商代表部のグレン・S・フクシマは、『日米貿易不均衡は解決できない』と言った。日本は輸出し貯金をした。アメリカはお札を刷って消費をした。ブッシュの人気を取り戻すため日本のアメリカが始まった。

九十年代に入って日銀改革が行われた。政府からのコントロールを外すため金融庁設置が行われた。アメリカから金融検査マニュアルを持って来て日本の金融機関を取り締まろうということ。中小企業がバタバタつぶれた。

この二十一年間のバブル崩壊後、改革という名で日本の経済で強い部分を廃棄処分にした。郵政民営化・簡保市場の開放・郵政公社の民営化でバラバラにしてしまった。自分たちの強みを皆捨ててしまって日本の経済が強くなるはずがない。グローバル経済はアメリカの都合で行われた。日本の金融制度と投資の仕組みを変えてしまった。金融のグローバル化は禁じ手であった。

アダム・スミスは金融のグローバル化をしてはいけないと言っていた。アダム・スミスは『国際貿易はろくなものじゃない』と言った。アダム・スミスは国富論であって世界経済論ではない。『お金がお金を産むやり方は最低』と言った。アダム・スミスを復活させたのはケインズ。ケインズは『グローバル化した経済は止めるべし。お金を世界に流通させるな、物だけを流通させるべし。閉鎖経済が良い』と言った。アダム・スミスとケインズの指摘は正しい。

『グローバル化すると物が入って来て競争が生まれ、製品が良くなる』と言われる。しかし、コシヒカリが生まれたのは開放体系になってからではない。日本人がおいしいものを食べたいということから生まれた。

自由貿易にすると得というのは嘘。一九七〇年代までアメリカは金融制度が厳しい国だった。八〇年代になって変わった。金融がその国の価値観を駄目にする。

民族の思い入れを保持しようという決意を持っていれば、天皇と文化は継続する。尾崎秀実は『インターナショナルで統一された時、天皇家は残る』と言った。尾崎はロマノフ王朝がどんな目に遭ったか知らなかったのか。グローバル化の気味悪さを確認したい。

アメリカは二〇〇八年にTPP参加を申し出た。TPPの性格が変わった。TPPを利用して金融と投資の自由化を目論む。TPPが危険なのは色々な取引がなされること。お米だけに注目しては危険。お米を取引に使われ、他の物でやられる。経済は国民経済・経済ナショナリズムが本筋。日本国民経済を追求しなければならない」。

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千駄木庵日乗十二月一日

午前は、母のお世話。

午後は、知人と懇談。

この後、病院に赴き、父に付き添う。熱が出ている。

千駄木に戻り、知人と懇談。

帰宅後は、原稿執筆。

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2011年12月 1日 (木)

天皇は日本国の道義精神の中核であらせられる

 「個の確立」という美辞麗句があるがそれは有り体に言えば、「自分さえ良ければいい」という考え方である。これは、<滅公奉私>の心といってよい。

 戦後日本で言われ続けて来た「個の確立」「主体性の確立」は<戦後民主主義>の精神的支柱であるが、「個」や「自我」というものを如何にとらえるかが大事である。正しき人間観・國家観の確立なくして、正しき「個の確立」も「主体性の確立」もあり得ない。道義精神なき「個の確立」は欲望民主主義に陥り、正しき國家観なき「個の確立」は利己主義となる。

 戦後日本は「愛國心」とか「國家への忠誠」ということを「悪」として否定し、「みんなのため」とか「國のため」という意識が希薄になっていると言われてきた。しかし、今回の東日本大震災において、必ずしも日本人が「みんなのため」という精神を忘却しているわけではないことが立証された。

権力國家を統制するのは成文法と権力であるが、信仰共同体國家は信仰と道義が基本である。そしてその中心者が天皇であらせられる。わが國の道義精神の中核は天皇にまつろひ奉るか否かにある。

今上陛下がいかに国民の幸福と国家の平安を祈られているかは、東日本大震災に於ける被災者の方々や公務で亡くなられた方々への慰霊と激励の御行動を拝すれば明らかである。天皇は日本国の道義精神の中核であらせられる。

 西欧において理性的存在者たる自我を拡張し、或いは自我を実現することを根本と考えるのとは対照的に、わが國では『私』を去り『我』を無にすることを大切にしている。天皇は、日本民族の長い歴史の中で、清明心の根源、無我の体現され、日本人の『道』の中心者として君臨されてきた。これは、日本人だけでなく、全人類のかけがえのない宝である。

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千駄木庵日乗十一月三十日

午前は、母のお世話。ケアマネージャーの方来宅。母の介護について相談。

午後は、広尾の山種美術館にて開催中の『ザ・ベスト・オブ山種コレクション』展参観。

帰途、久しぶりに銀座の街を散策。

帰宅後は、原稿執筆・脱稿・送付。

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