« 『呉竹会アジアフォーラム』における西部邁氏の講演・その一 | トップページ | 千駄木庵日乗十一月六日 »

2011年11月 6日 (日)

『呉竹会アジアフォーラム』における西部邁氏の講演・その二

東日本大震災で感動したのは、次のような老人の発言。八十四歳のおばあさんは『あの戦争と比べれば何ほどのこともない』と言った。あの戦争でアメリカ軍の空襲で非戦闘員が九十万人殺された。ある老人は、『私は生き延びたが、娘も婿も孫も死んだ。生き延びたことが幸せかどうか分かりません。梅の木が一本生き延びていた。残された梅の木を自分の孫と思って育てる。それしか生き甲斐はない』と言った。生き延びたことは死よりも苦しい。

平凡ではあるが人間同士が親密なつながりを持っていて初めて人生であり人間である。相互扶助を戦後の日本人は忘れてしまった。

クライシスの語源はギリシア語のクリシス。決断という意味。危機とは速やかに決断をしなければならない状態をいう。『維新』とは『詩経』にある言葉。『その命維新たなり』。『糸』がしっかり繋がっていることが今に繋がる。過去と今日と未来が繋がる。復古が維新である。古いものの智慧を今に生かすのが維新。天明を受け付けない王朝を打倒するのが革命。リボリューションとは、古い形が螺旋状にめぐって今に繋がることを言う。

左翼とは、フランス革命で『自由・平等・博愛』をことあるごとに言っていた連中。即ちジャコバン党を言う。戦後は、全てアメリカからやって来た『自由・平等・博愛』。近代人は基本的にフランス革命以来左翼。フランス議会で左側に座って『自由・平等・博愛』を叫んだのが左翼の淵源。アメリカはフランス革命に繋がる。アメリカはフランス革命に繋がる近代主義。歴史不在。USAは実験国家。左翼の集団主義派がソ連・中国。左翼の個人主義派がアメリカ。

伝統とは危機を乗り越えるための常識力。原発が安全というのはとんでもない。技術が安全であったためしがない。東電批判と技術批判の裏返し。技術に安全を要求するのは愚か。

満州事変から日米戦争までは日本のエネルギー・行動力が膨らんだ時代。危機を乗り越える国民の組織を作り直さねばならない。大衆と庶民とは違う。技術や金に狂いメディアに騙される人々が大衆。大衆は世論の名において人材を殺す。そして人材がいなくなったと嘆いて見せる。」

|

« 『呉竹会アジアフォーラム』における西部邁氏の講演・その一 | トップページ | 千駄木庵日乗十一月六日 »

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/121949/53172661

この記事へのトラックバック一覧です: 『呉竹会アジアフォーラム』における西部邁氏の講演・その二:

« 『呉竹会アジアフォーラム』における西部邁氏の講演・その一 | トップページ | 千駄木庵日乗十一月六日 »