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2011年11月28日 (月)

『見る』という言葉の信仰的意義

感覚器官の中でもっとも発達し精密で大事なのは視覚と言われる。人間は視覚を通して外界をとらえ、環境に適応する。視覚以外のことについても「見る」という言葉が使はれる。「味を見る」「触って見る」「匂いを嗅いで見る」「試して見る」という言葉を使う。

聴覚を表す言葉に視覚を表す言葉が使われる。たとへば「明るい声」「明るい音」「暗い響き」「黄色い声」である。このように、我々の感覚は常に視覚が優越している。それが言語表現にも及び、視覚の上に立った描写の言葉がよく用いられる。事物をありありと描き出すための手法として視覚の言葉が用いられる。

「見える」という言葉を使った歌が『萬葉集』には多い。『萬葉集』における「見る」とは単に視覚的な意味ではない。柿本人麻呂に、「天ざかる夷(ひな)の長道ゆ恋ひ来れば明石の門より大和島見ゆ」という歌がある。瀬戸内海を西の方から航行し明石海峡に来たら、故郷の山々が見えたという感激を詠んだ歌。これは単に「見えた」というだけでなく「故郷に近づいた」という感慨を歌った。また、柿本人麻呂が、浪速の港から西の方に向かって航行していく時の歌に「ともし火の明石大門(あかしおほと)に入らむ日や漕ぎ別れなむ家のあたり見ず」というのがある。明石海峡を越えていくと自分の故郷である葛城山系が見えなくなるといふ歌である。

このように「見る」といふことが非常に大事に歌はれてゐる。

天智天皇が崩御された時に、倭媛大后は、「天の原ふりさけ見れば大君の御命(みいのち)は長く天(あま)足らしたり」「青旗の木幡の上を通ふとは目には見れどもただに逢はぬかも」「人はよし思ひやむとも玉かづら影に見えつつ忘らえぬかも」とお詠みになった。三首とも「見」という言葉が用いられている。

天皇が行い給う「国見」とは、単に景色を眺めるということではなく、国土と国民を祝福し、五穀の豊穣と自然の安穏そ

して民の幸福を祈られる祭祀である。「見る」という言葉にはきわめて信仰的な深い意味があるのである。

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