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2011年11月10日 (木)

日米開戦は東條首相が、昭和天皇の御心を無視して行ったということは絶対にない

昭和十六年十二月八日の「日米開戦」は、先帝・昭和天皇のご意思に反して当時の軍部が行ったという論議がいまだに横行している。「昭和天皇は平和を望んでおられたのだが東条英機などの軍部が陛下の大御心を無視して戦争に突っ走った」という議論である。

東条英機氏を「戦争犯罪人」とし、靖国神社にお祀りすることすらこれを否定する人が外国のみならず日本国内にもいる。

東条内閣時代に開始された対米英戦争は米国大統領ルーズベルトの挑発によるものであることは今や明白になっている。

当時の状況下において「支那及印度支那より一切の陸海空軍兵力及警察力の撤収」などという最後通牒(ハル・ノート)を受け入れることは東条英機氏であろうと誰であろうと不可能であった。それは東京裁判においてインドのパール判事が「こんな最後通牒を受け取ったら、ルクセンブルグ大公国やモナコ王国のような小国でも、敢然として剣を執って起ったであろう」と述べ、英国の軍需大臣オリバー・リットルトンが昭和十九年六月に「米国が戦争に追いつめられたというのは、歴史上の改作狂言である。日本をしてパールハーバー攻撃にまでに追いつめ強圧したのは米国である」と述べたことによって明白である。

大東亜戦争の開戦は、アメリカのあまりに理不尽なる圧迫が原因となったやむを得ざる選択であって、東条英機首相が陛下の大御心を無視し国民の声も聞き入れず戦争に突っ走ったなどということは絶対にない。むしろ大東亜開戦を一億国民が双手を挙げて歓迎し歓喜したというのが歴史の真実である。

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