« 千駄木庵日乗十一月十三日 | トップページ | 千駄木庵日乗十一月十四日 »

2011年11月14日 (月)

「戦後」という言葉は何時まで続くのだろうか

「戦後」という言葉は何時まで続くのだろうか。日本が米英支蘇四国に対しその『共同宣言』を受け入れてからすでに六十六年も経過している。戦後とは敗戦後ということであり、屈辱的な時代という事だ。しかも、日本は侵略戦争を行なったという歴史観が『憲法』の『前文』にも記され、且つ、閣議決定の『戦後五十周年の終戦記念日にあたっての村山首相談話』にも記されている。即ち、「日本は侵略戦争を行なった悪い国だった」というのが『国是』になっているのである。

「戦後」という言葉はそういう意味で何となく陰鬱な響きを持っている。戦争のことを忘却しろとか反省するなと言っているのではない。しかし、大東亜戦争は決して日本の一方的な侵略ではなかったこと、アメリカによって追い込まれ、挑発されて開始せざるを得なかった戦いであったことを正しく認識すべきである。

また、昭和十六年十二月八日に渙発された『開戦の大詔』に示された「帝国ハ今ヤ自存自衛ノ為、蹶然(けつぜん)起ッテ一切ノ障礙ヲ破碎(はさい)スルノ外ナキナリ」との戦争目的を正しく認識すべきである。

大東亜戦争は、自存自衛の戦いであったのであり、且つ、結果としてアジア解放の戦いだったのである。

私たち日本人は、「終戦以来何年たった」という事を意識することはもう止めにして、「開戦以来何年たったか」を意識すべきではなかろうか。今年は、開戦以来七十年である。その事に思いを致し、民族の誇りを取り戻すべきだと考える。侵略者そしてその手先は日本ではなく、米英支蘇だったのである。

|

« 千駄木庵日乗十一月十三日 | トップページ | 千駄木庵日乗十一月十四日 »

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/121949/53239520

この記事へのトラックバック一覧です: 「戦後」という言葉は何時まで続くのだろうか:

« 千駄木庵日乗十一月十三日 | トップページ | 千駄木庵日乗十一月十四日 »