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2011年11月21日 (月)

三島由紀夫氏の「辞世」について

三島由紀夫氏は次の「辞世」を遺された。

「益荒男がたばさむ太刀の鞘鳴りに幾とせ耐へて今日の初霜」

 

直訳させていただくと、「日本男児が腰に差している太刀の刀が鞘に合はないために持ち歩くと音がすることに幾年も耐へてきたが今日初霜が降りた」といふ意。

しかし、「鞘鳴り」は、単に音がするといふ物理的な意味ではない。日本には古代から刀には魂(多くの場合蛇・雷の靈、須佐之男命の八岐大蛇退治の神話がある)が宿ってゐるといふ信仰があった。鞘が鳴るといふのはその刀剣に宿っている靈が発動するといふ意味である。

太刀のみならず、日本における矛・弓などの武器は、鎮魂の祭具であり神事的意味を持つ。八千矛神(多くの矛を持つ神)は武神であると共に呪術的機能を持った神であった。弓は弦を鳴らして鎮魂する。

「太刀」は、「断つ」「立つ」と動詞の名詞形が語源である。「太刀」の神霊が発動して、一切の罪穢れ・邪悪を絶つのである。それが「太刀」の本質である。

三島由紀夫氏は、太刀の靈力が発動するのを何年間も耐へたといふことを歌はれたのである。『檄文』にあるところの「我々は四年待った。最後の一年は熱烈に待った。もう待てぬ。自ら冒涜する者を待つわけには行かぬ」といふ叫びに呼応する歌なのである。

「今日の初霜」といふ季節感のある言葉を用いて志を述べるのは、まさに日本文藝・敷島の道の道統を正しく継承してゐる。

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