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2011年10月21日 (金)

カダフィの死と大久保利通

リビアの国民評議会が二十日、カダフィ大佐が死亡したと発表したニュースで、血にまみれたカダフィ大佐とみられる映像が流されている。何とも残虐に映像であり、正視に耐えない。こういう映像を公開すること、そしてそれをテレビで流すことに違和感を覚える。以前、ルーマニアのチャウシェスク夫妻の射殺死体も放送されたのと同じだ。

独裁者に対する憎悪が如何に深いかを物語るが、異常だ。『目には目を。歯には歯を』という言葉があるが、やはり農耕民族とは感覚が異なるのであろうか。

日本にも、織田信長とか豊臣秀吉のように相当残虐な武将もいたが、はるか過去の事である。「市中引き回しの上獄門申しつける」という刑罰もあったが、江戸時代の事だ。「獄門」とは、刎ねた首を台に載せて見せしめとして晒しものにする公開処刑刑罰梟首晒し首ともいう。

大久保利通は、西郷隆盛・木戸孝允と共に「明治維新三傑」の一人として、且つ、近代日本の基礎を築いた人として評価されている。しかし、内務卿として政敵であった江藤新平前司法卿を、謀略を用いて死地に追いやり、「梟首」即ち「獄門」の刑に処した。あまつさえその江藤新平が梟首された写真を全国の役所に掲示させた。また、大久保利通内務卿は川路利良初代警視総監を使って西郷隆盛をも死地に追いやった。大久保は相当冷酷にして残虐な人物だった。だから、大久保自身も、石川県士族によって天誅を加えられた。私は大久保利通がいかに日本近代化に功績があったとしても、彼を全く尊敬することはできない。

カダフィの死と大久保利通とは全く無関係だが、以上のことを考えてしまった。

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