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2011年10月24日 (月)

「国際シンポジウム・3.11後の報道や危機管理のあり方を探る」における登壇者の発言・その二

ジェフリー・キングストン氏(テンプル大学アジア研究科教授)「管直人は悪者扱いされた。彼は個人的資質で災害に正しく対応できなかったということになっている。阪神淡路大震災における村山内閣の対応は惨憺たるものだった。自衛隊に出動要請しなかった。外国から来た捜索犬を『検疫基準がある』と言って入れなかった。管直人は素晴らしかったとは言わないが合格点をとった。東電と保安院はあまりにも楽観的。東電は、意図的に誤った情報を出すことによって管氏の足元をすくおうとした。自民党の谷垣氏がうまく対応したとは思わない。十万の人が避難しているのに不信任案を出した。管直人氏は政治家として十分なコメンテーターではなかった。しかし、より優れた政治的なメカニズムを作ることが大事。日本の緊急対応はかなり良い。死者二万人というのは少ない。緊急対応はできていた。」

 

谷口智彦氏(慶応義塾大学特別招聘教授)「管政権はとても評価できない。どんな事が起きても準備しておくのが大切。平成十一年に制定された『原子力災害対策特別措置法』で、政府は『原子力災害対策本部』を設置し、内閣総理大臣が本部長に就任することになっている。本部長は非常時の全ての権限を行使できることになっている。しかし、管氏は『私が本部長でございます』と国民の前に出てきたのか。全てのテレビコマーシャルがギブアップした。明日が今日と同じかという確信が持てない日々が続いた。米軍と自衛隊の使い方はよかった。余程上手な制度設計が必要。シナリオライティングを書くプロセスが大事。色々な人を集めるべし。官僚は、『これをやるな、あれをやるな』という環境で育っているから出来ない。総理が変わっても制度が変わらなければ駄目。何のリスクも何一つ考えていない今の状況から少し前進すべし。自衛隊が十万出動した時、尖閣の中国漁民が押し掛けるリスクを考えていたのか。リスクを敏感に感じる職業組織はどこの国でも軍隊。日本はリスクを感じるセンサーが弱い。危機管理の仕事はボトムアップではなく、あくまでもトップダウン。管さんは頼れたかもしれない官僚組織を鼻から信用しなかった。官僚を全く寄せ付けなかった。個人としてはリスクの種類によって経験を積んだ人を見つけてついていくのが一つの方法。メディアは経済的に苦しくなっている。分析し、リードし経験年数を持つジャーナリストを育てるのが難しくなっている。インテリジェンスの世界は日本語だけの世界ではなくなった。英語の世界に入らねばならない。」

 

ヒル・エモット氏(英『エコノミスト』前編集長)「日本人は自然災害リスクに直面してきた。そして回復・立て直しに長けている。許容可能なリスクはどの程度か。我々のやることにはリスクが伴う。政治もリスキー。管直人氏は政治のリスクの犠牲になった。イギリスで予想外の暴動が起こった。警察の準備体制が十分ではなかった。しかし六日間で暴動は終わった。風評は原発問題に限らない。一般の人々の対応は自分のイメージとコンセプションによる。一九九〇年英国で狂牛病が発生した。感染する人の数の予測が過大だった。狂牛病死亡者予測は全く間違った。英国の畜産業界の倒産だけでなく、貿易相手国が牛肉を買わなくなった。予防的措置はこういうことも起こる。」

 

江里口隆司氏(東京海上リスクコンサルティング()執行役員)「リスクマネージメントとは自分の会社が囲まれているリスクを把握し評価する。経営に対するインパクトの大きいリスクを回避する。日本の企業経営者はリスクに関する意識、リスクマネージメントが必ずしも高くない。しかしトップの意識が根底から変わって来た。責任は最後には自分に来ると自覚した。他の役員がついて来ることができない。」

 

ウィリアム・スポサト氏(ウォール・ストリート・ジャーナル副東京支局長)「東電は安全を第一にしていたのか。東電は航空会社ほどやるべきことをやっていたのか。外国メディアは誤解されている。ロイターの東京在住百人の記者の七割から八割が日本人。基本的に日本人の記者が書く。日本語でまず理解して英語で説明する。」

 

 

 

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