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2011年10月24日 (月)

「国際シンポジウム・3.11後の報道や危機管理のあり方を探る」における登壇者の発言・その一

昨日開催された「国際シンポジウム・3.11後の報道や危機管理のあり方を探る」における登壇者の発言。

 

 

サーラ・スヴェン氏(フリードリヒ・エーベルト財団日本代表)「危機管理の全体的尺度はない。破滅的リスクがある原発事故は、政府と専門家を信用せざるを得ない。リスクの評価は、破滅的な事故が起こると未知。メディア報道は、不完全な情報に頼らざるを得ない。ジャーナリストは、すべてのことに専門家ではない。しかし、情報や出来事への評価・分析について一般人よりは優れていなければならない。ジャーナリストは常に、歴史の一項目を書いているといわれる。ニュースの展開の中で、新しい情報で当初のストーリーを訂正する。危機が起こり得るというメディアの警報を無視しがちだ。心理的に警報を信じない傾向があった。九・一一以後は、リスクを過大評価するようになった。東電にはリスクへの過小評価があった。専門家にどのくらい権威があるのかの判断が難しかった。放射能についての知識は持っていても、こうした大事故についての本当の専門家はいない。」

 

青木由利さん(毎日新聞科学担当論説委員)「毎日新聞の二十人の論説委員で、科学担当は私しかいない。三・一一以降、原発・放射能・津波・地震の事をもっぱら書いている。原発政策の大転換を図れと書いた。メディアは私が知る限り情報を隠していない。原発事故の現場に立ち入ることはできないので、情報不足になった。」

 

加藤祐子さん(gooニュース編集者)「英語のメディアをウォッチしている。そういうコラムが成り立つのは日本独特。日本人は外国の評判をものすごく気にする。特に欧米を気にする。私たちに、『政府を信用できない、大本営発表を信用できない』という意識がある。役人は『パニックを起こさせたくない』と言う。不正確なことは言わない。そういうトレーニングを子供の頃から受けた人が官僚になる。海外メディアが、『日本人は暴動を起こさないのは驚異的』と報道したのは良いことだが、『東京はゴーストタウンになった』『東京から民族大脱出』という記事が出た。東京にいれば、事実ではないことは分かる。過剰な報道が海外にいる日本人が見て驚く。時間が経つと、日本に詳しい記者が残ったので、正確な報道になった。」

 

クリストフ・ナイハード氏(南ドイツ新聞東京支局長)「三月十五日、世田谷の自宅から家族を連れて成田まで自動車で走った。ゴーストタウンだった。ミルクも無かった。日本のメディアは電力会社から広告を貰っている。NHKは『危険』という言葉は使えないのだと思った。ドイツの報道は誇張し過ぎたかもしれない。特にタブロイド紙は恐怖を煽る報道をした。自民党には東電と共に、全体としてこの事態を招いた責任がある」。

 

江口隆司氏(東京海上日動リスクコンサルティング株式会社執行役員)「日本は護送船団方式という国による産業発展方式で引っ張られてきたので、リスク管理はあまり必要なかった。七十年代後半に、リスクマネージメントが導入されたがあまり進まなかった。九・一一やリーマンショックでリスクのグローバル化が起こった。日本のリスクマネージメントはそれなりに進んで来た。東日本大震災によって従来の想定を超える事態が発生。見直しが必要になった。巨大な津波が町を破壊しつくす映像がライブで世界に発信された。九・一一に続く大惨事。日本はああいう津波が襲う国という記憶が全世界の人々に焼き付けられた。」

 

ウィリアム・スポサト氏(ウォール・ストリートジャーナル副東京支局長)「広報は真実に基づくべし。最初に嘘をつくと不信感が拭えなくなる。枝野は『炉心溶融』という言葉を使った。『Meltdown』という言葉はもっと強い意味。危機管理でカギとなるのは事前準備。日本の原発会社は『日本の原発は安全』と言って来た。」

 

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