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2011年9月19日 (月)

『特別展・名物刀剣ー宝物の日本刀』を参観して思う

根津美術館は、東武鉄道の社長などを務めた実業家である初代・根津嘉一郎氏の収集品を展示するためにつくられた美術館。美術館の敷地は根津嘉一郎氏の私邸跡。広大な日本庭園があり、庭内を散策すると山の中に来たような気がするくらい鬱蒼と木々が茂っている。池もある。今日の上場企業の経営者はその殆どがいわゆるサラリーマン社長だから、とてもこのような大邸宅は建てることはできない。

『特別展・名物刀剣ー宝物の日本刀』は、「日本刀は『武士の魂』といわれ、刀剣は武士にとって最も大切な道具でした。戦国時代、天下取りに命運をかけた織田信長・豊臣秀吉・徳川家康らも、『名物刀剣』を大量に手中に収めることに意を尽くしました。…本展では、名だたる武士が所持したと伝わる日本刀の名物を中心に、国宝9件、重要文化財22件、重要美術品3件を含む約50件を一堂に展示します。」との趣旨(案内書)で開催された。

国宝の「短刀 無銘 正宗(名物 庖丁正宗)」「太刀 銘 三条(名物 三日月宗近)」、重要文化財の「三鱗文兵庫鎖太刀(号北条太刀)」「黒漆太刀 (号 獅子王)」などが展示されていた。わたしは、重要文化財の「黒漆太刀 無銘」「短刀 名吉光」がとても美しいと思った。刀剣は言うまでもなく、武器であり有体に言えば人を斬る道具であるが、日本刀は発する光も姿形も実に美しい。まさに美術品である。

それにしても、展示された刀剣は、徳川美術館所蔵の刀剣が非常に多かった。半分くらいは徳川美術館のものであったと思う。

信長・秀吉・秀頼を経て家康のものになった刀剣が多かった。つまり、戦国の覇者徳川家康がその武力と権力で自分のものにしたのである。『切り取り強盗は武士の習い』という言葉は真実である。

大阪城落城の時には、豊臣家所蔵の刀剣・美術品の多くが焼けてしまったが、焼け残った物は、もちろん徳川の所有になった。戦利品という言葉があるが、勝った者が負けた者の所有物を手に入れるのは当時は当たり前のことだったということである。

徳川宗家ではなく、尾張徳川家に刀剣・美術品が伝わっているようである。徳川宗家のものは公開していないのであろうか。

わが国においては、刀剣は神聖なるものとして大切にされてきた。皇位の「みしるし」として、御歴代の天皇が伝承される「三種の神器」(やまとことばでは、みくさのかむたから)に「剣」があることがそれを明白に証明している。

「神器」とは、神の依代(よりしろ・神霊が出現するときの媒体となるもの)であり、神霊の寄りつくものを意味する。古代日本における劔・矛・弓などの武器は、鎮魂の祭具であり神事的意味を持つ。

草薙(くさなぎのつるぎ)」は、須佐之男命が、『記紀神話』では出雲國簸川上(ひのかわかみ)で八岐大蛇(やまたのおろち)を切った時に、その尾から出現したと傳へられる剣である。「天叢雲剣(あめのむらくものつるぎ)」とも称される。

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根津美術館の庭園

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