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2011年8月11日 (木)

邇邇藝命の御陵

 南九州の地には邇邇藝命の御陵が鎮まりまします。埋葬地である「筑紫の日向の可愛の山陵」の御陵伝承地は南九州各地にある。私は、昭和四十年代後半に、鹿児島県薩摩川内市宮内町新田神社境内に鎮まりまします可愛山陵(えのやまのみささぎ)に参拝させていただいた。

我が國創世の神話は薩摩を中心とする南九州の地から始まってゐる。故に、薩摩人は古来、敬神・尊皇の念が篤い。薩摩には、聖武天皇の御代に國分寺が立てられてゐる。奈良の都からははるか遠い南端の地でありながら、天皇を君主と仰ぐ律令國家を担ふのが早かったことを証明する。

津田左右吉氏が、『記紀』におさめられた「神話」及び応神天皇以前の「歴史」を、六世紀の大和朝廷が自己を正当化・神聖化するための作り話・フィクションであると論じたことに対して、梅原猛氏は次のやうに論じてゐる。

「津田が文献のみで記紀を批判して、現地(注・南九州や出雲のこと)を訪れていない…彼は、出雲神話や日向神話をまったくのフィクションだとしたけれど、その神話の故郷を訪ねた形跡はない。また、津田の時代には歴史研究に考古学がほとんど採り入れられておらず、彼の歴史學も考古学的発見を参考にしたところは乏しい。彼の記紀論は、伝承をあつかう民俗学や遺跡を調べる考古学と、まったく無関係に提出されたものである。しかし、このふたつの学問に助けなくしては真実をつかむことができないというのが現代の歴史学の方向である」(『天皇家の〝ふるさと〟日向をゆく』)。

 

その通りである。

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