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2011年8月12日 (金)

国難打開と祭祀の精神

河合一充氏は次のやうに論じてゐる。「今度の大悲劇の中で、初めて日本人は自分のことに気がついたのではないか。…それは何だろうか。日本は『豊葦原の千五百秋の瑞穂の国』である。米作を基本とする農業共同体であった。田植えは一人では出来ない。…現代は多くの人が都会生活で、個人主義が徹底してきたように見える。が、それでも、あの日、東京で起こったことは…助け合いの精神の発露であった。日本人が『事あるときに』現すこの精神がある限り、国民が一致団結して、互いに同胞としての労りと愛が、日本民族の誇りが再生への力となるであろう」(『大悲劇の教訓』・「ミルトス」本年八月号)。

卓見である。

日本天皇の国家統治は稲作生活と不離一体である。稲作生活は、永遠の循環の生活であり、人と人との共生の生活であり、自然との共生の生活であり、勤労の生活である。これが日本および日本人の基本であり中核精神である。

今回のような大震災・国難に遭っても、日本国民が混乱・闘争・退廃に陥ることがなかった根本原因は、まさに神話の世界以来の日本人の平和的な中核精神が生き続けていることによると考へる。

今こそ、天孫降臨の精神=稲穂による統治といふ絶対平和の精神が重大な意味を持つと確信する。日本伝統信仰即ち神道は、自然の命と祖先の霊を崇める精神がその根幹であり全てである。それは日本民族の実際生活から生まれて来た信仰である。今日の国難打開は、祭祀の精神の復興がその原基である。

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