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2011年8月18日 (木)

ぺマ・ギャルポ氏の講演

八月六日に行われた『アジア問題懇話会』におけるぺマ・ギャルポ氏の講演内容は次の通り。

「今年三月、ダライ・ラマ法王は、政治的役職から身を引き、四百年続いた政教一致制度廃止を発表された。暫定憲法が決定され、亡命政府という言葉も使ってはならないということになった。民主化は手法であり、我々の目的は独立であり、中国の侵略への抵抗であったのに、目的が変ってしまった。

一九八九年、法王にノーベル平和賞が授与され、世界的関心が集まった。人権問題が表に出てしまった。平和は言うが、独立と言うと右翼と言われる環境ができた。『ペマ・ギャルポは右翼と絡んでいる』と言われるようになった。デモの時、日本の国旗とチベットの国旗を持ってはいけないということになってしまった。ダラムサラの状況は先輩達が何のために血を流したのか分からなくなってしまった。私は道義的責任を感じる。

北京政府は、七〇年代の開放政策で、ダライ・ラマ法王に会話を持ちかけ、私を含めた代表団が中国に行った。『独立以外は何でも話そう』と言った。連邦制度を中国は本気で考えていた。一九八〇年、胡耀邦によるチベットへの謝罪があった。胡耀邦の中国共産党主席就任に対するダライ・ラマ法王の祝電全文を『人民日報』が掲載した。本来のチベット領を確認するために北京政府の局長クラスが青海省・雲南省などを歩いて調査した。

一九八七年九月二七日、ラサにおいて二百人を超えるチベット人がデモを敢行した。公安の責任者であった喬石の命令で武器を持たないデモ参加者への無差別発砲が行われた。

ダライ・ラマ法王は、私たちに『独立を求めてはならない』とは一回も言っていない。人権派の人々は『独立を求めるのは法王の意志に反する』と言い出した。四百年以上続いたダライ・ラマ制度はなくなった。法王の純粋な民主化の思いが利用されるのは残念。亡命政府という言葉や国のマークも使えなくなった。北京政府の遠距離操作で今の状態になった。国内では若者が焼身自殺をした。

中国はチベットを呑み込んだかもしれないが、消化してはいない。チベット人の独立願望は消えていないし、中国政府の支配に納得している人はいない。チベット人にも抵抗する権利、先祖から受け継いできた土地を守る権利はある。伝統文化・自分たちの価値観に基づく生き方を守る。

ネパールでは難民を中国に引き渡している。中国はネパールを援助している。中国は着実に南アジアに入って来ている。今の中国は大火災になってもおかしくない状況。公安武装警察は三百九十万人いる。防衛予算より多い予算。盤石な国家体制になっていない。

チベット問題で、人権問題以上に許されないのは、植民地支配が行われていること。ラサでは、百軒以上ある売春宿から科学技術開発まで党と軍が支配している。私は七歳でヒマラヤを越えた。日本が『中華人民共和国倭自治区』にならないように願っている。私の第二の故郷・日本も危ない」。

司会の澤英武氏は「独裁国家の寿命は七十余年。ソ連は崩壊した。地続きの中国も同じ。」と語った。

            ○

ペマ氏は途中涙を流しながら語った。アジア最大の侵略国家・覇権主義国家・軍国主義国家・専制国家が『中華人民共和国』である。そしてその手先・ミニ版が北朝鮮である。この二つを解体しなければ、アジアの平和はあり得ない。

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