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2011年8月 1日 (月)

慶野義雄平成国際大学教授の講演

七月二十五日に開かれた『新しい憲法をつくる研究会』における慶野義雄平成国際大学教授の「議院内閣制と首相のリーダーシップ」と題する講演を報告する。

「菅直人のリーダーシップ欠如が問題と言われているが、そう言われるわりに独裁者として居座っている。政治体制は立憲主義政治体制と全体主義政治体制に分類される。権力の制限を念頭に置いたのが立憲主義政治体制。立憲主義政治体制は議院内閣制と大統領制に分類される。議院内閣制は内閣を議会の信任の上に立たせる制度。内閣(キャビネット)とは国王の個人的部屋に由来。信任あつい廷臣を自分の部屋に招き入れて国政を審議した。議院内閣制は君主制と不可分。三権分立の一形態。議院内閣制を最初に取り入れたのはイギリス。議会と行政とをつなぐ鎖の輪が内閣。

菅直人は、『民主政治は期限を切ったある種のレベルの独裁を認める』と昨年三月十六日の参院予算委で言った。古代ローマのディクタツールは、共和制維持のための知恵であり、非常事態収拾装置。三か月から四カ月の期限。政権返上が早ければ早いほど名誉になる。ディクタツールを政権の延命に使う発想は無かった。菅直人の『独裁』はロシアの共産党専制に名を借りた専制政治。

また平成二一年十月十五日のNHKの『クローズアップ現代』で『憲法には三権分立とは書いていない』と言った。アメリカ的な大統領制をイメージしているのか。しかしアメリカは厳格な三権分立。君主制あっての議院内閣制。大統領制を目指しては方向性を失う。責任を取らないで政治主導ができるわけがない。『責任は役人が取れ』では政治主導ができるわけがない。

菅直人は教条主義的でないマルクス主義者・松下圭一を自らの政治の原点とする市民運動家。地域は独立国と言うのが松下理論。主権は国家の属性であり、地方主権があるはずなし。

菅直人の裏に怨念(反日)があるのではないか。北朝鮮拉致加害者・よど号ハイジャック実行犯田宮高麿などが関係する革命集団に多額献金したのは背景に反日・日本破壊思想があるのではないか。」

千駄木庵主人曰く。議院内閣制はリーダーシップが発揮できないという意見がある。それと関連して、首相は直接選挙で選ばなければリーダーシップが発揮できないという意見がある。しかし、議院内閣制下で、衆参両院において指名されて総理になった吉田茂・岸信介・佐藤栄作・田中角栄・中曽根康弘・小泉純一郎という歴代総理大臣は、相当なリーダーシップを発揮した。

常に国民の幸福と国家の平安を祈られる日本国の君主=天皇陛下への「かしこみの心」を持つ総理大臣が、リーダーシップを発揮するのが理想的政治であろう。上記の総理すべてがそうだったというわけでは決してない。吉田・岸・佐藤・中曽根の四氏は、今の政治家よりは尊皇精神があったと思う。

慶野氏が「責任を取らないで政治主導ができるわけがない。『責任は役人が取れ』では政治主導ができるわけがない」と論じられたことで想起するのは、仙谷由人氏の発言である。

共産支那漁船領海侵犯事件をめぐるビデオ映像を海上保安官が国民に公表したことについて、昨年十一月十日の記者会見で、仙谷由人官房長官(当時)は、馬淵澄夫国土交通相(当時)らの責任について、「政治職と執行職のトップの責任のあり方は違う」と言った。

仙谷氏の発言は、国土交通相(政治職)と、海上保安庁長官(執行職)とを比較し、責任の重さが違うと強調することで、馬淵氏の辞任要求をはね返すのが狙いだったようだが、現場の官僚に責任を押し付ける言い草であり、あまりにも姑息であった。

そもそもこの「政治職」と「執行職」という言葉自体、仙谷長官が勝手に作り出した「造語」である。「政治職」「執行職」という言葉は法令上、全く規定されてない。如何にも弁護士らしい詭弁であり、逃げ口上であり、屁理屈である。こういう屁理屈を振り回す弁護士・法律家を「三百代言」という。総理大臣も官房長官も閣僚も自分の政治判断に基づいてその権力を行使するのだ。国務大臣は政治職であり執行職なのだ。こういう政治家が上に立っているのでは、官僚はまともにその仕事をできるわけがない、民主党政権が混迷に陥っているのもこういう所に原因がある。

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