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2011年7月19日 (火)

「コンクリートから人へ」の欺瞞性

今日、資料の整理をしていたら、大震災当日の『日経新聞』朝刊の文化欄で、田中輝彦氏(川嶋建設顧問)が、「家を一歩出ると道路があり、橋や鉄道も当たり前のようにある。家の中に目を向けると、水は遠く離れた貯水池やダム、電気は発電所から届けられる。堤防は災害から人々の生活を守る。これらの施設はすべて土木技術によって作られている。…土木工事などの公共事業には、最先端の素材や技術が投入される。土木は人間の知恵と科学技術の成果であり、日本の土木技術は世界トップクラスだ。土木は国づくりをになう」と論じているのを発見した。

大震災発生当日の朝刊にこういう論文が掲載されたのは実に不思議であるし、示唆的である。

民主党は「国民生活が第一」と「コンクリートから人へ」という二つを選挙の時に鳴り物入りで訴えた。国家予算の配分で、ダム・道路・堤防などの公共事業・土木事業から、教育や福祉に回そうという政策である。これは国民の多くに支持を受けた。そして、土木工事や公共事業がまるで悪事のように喧伝された。

しかし、今度の東日本大震災で、いかに防災・治山治水そして土木事業が大切であるかが身に沁みてわかった。確かに川岸や海岸線に堤防が作られる事によって景観は壊され、それまでの美しい自然は破壊されることも多かった。

自然が人間にやさしく接してくれる時は、ダムの堤防も要らないかもしれない。しかし、今回の大震災によって、自然が怒り狂い、自然が人間に襲いかかって来た時、いかに堤防やダムや道路が大切であるかが分かったのである。

耳触りのいい言葉、政策は、やはり疑ってかかる必要があったのである。むしろそういう政策やマニフェストと称するものが、「国民生活第一」どころか、「国民生活」を根底から破壊するのである。「戦争になるから国防予算を減らせ」というのと同じ発想である。

「自然と共生」とか「コンクリートから人へ」という耳触りにいい言葉の「本当の意味」を今一度考えなおすべきである。それは、自然と人間の関係を問い直すことでもある。

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