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2011年7月13日 (水)

神話と歴史について

日本においては、日本神話の「神聖な歴史の物語」は、今日ただ今も<天皇の祭祀>、そして全國各地の神社で行はれてゐる祭祀に生きてゐる。神話の世界で、天照大神が行はれたと同じ祭祀(新嘗祭)を、今上陛下は今日も行はれてゐる。よその國では滅びてしまった「神話の世界」が、日本においては、仏教やキリスト教といった世界宗教が日本に入ってきた後も、そして、近代科學技術文明が入ってきた後も、<天皇の祭祀>として今も現實に生きてゐる。日本の國の素晴らしさはここにある。つまり<天皇の祭祀>は日本における「生きた神話」なのである。

神話と歴史を区別しないといふ日本傳統信仰基本的性格を「混同」といふ言葉で否定してはならないと考へる。神話の精神が歴史の中に生き続けてゐることが、最も大切なのである。わが國においては、神話と歴史は分かち難くつらなってゐる。「今即神代」が日本傳統信仰の根幹である。「高天原を地上へ」がわが國民の信仰的理想である。

日本おいては、これだけ科學技術が進歩し物質文明が豊かになってゐる今日においても、古代信仰・民族信仰が脈々と生きてをり、伊勢の神宮をはじめとした全國各地で神社で毎日のやうにお祭りが行はれてゐる。のみならず日本傳統信仰の祭り主であらせられる天皇はみ祭りを厳修され、國家の平安・國民の幸福・五穀の豊饒を神に祈り続けられてゐる。そしてその祭り主たる日本天皇は日本國家の中心者として君臨あそばされてゐる。

わが祖國日本は永遠の生命を保ちつつ革新を繰り返してきてゐる國である。これが世界に誇るべき日本の素晴らしさである。

今日の日本の危機を打開し救済するためには、「歴史に生きる神話」すなはち<天皇の祭祀>への回帰が大切である。具體的に言へば、政治権力を掌握した人のみならず我々國民一人一人が、天皇が神をお祭りになる御心を道義的倫理的規範としてならひ奉り、「神を祭る精神」「神ならがの心」を回復するといふことである。それが理想的な國家實現の基礎である。「神話と歴史の混同は、初歩的な學問的誤謬」などと主張して、神話と歴史とを区別してはならない。神と歴史とは連続してゐるし、歴史の中に神話が生きてゐるのである。それがわが國體である。

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