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2011年7月16日 (土)

日蓮及び牧口常三郎氏の神国思想・天皇信仰

日蓮は天照大神を如何に信じていたであろうか。文永の役の翌年の建治元年(一二七五)、当時五十四歳の日蓮が、国家的危機の真最中に書いた『撰時鈔下』に、「日本国と申すは、天照大神の日天にてましますゆへなり」と書いている。そして、『神国王御書』では日本は「八万の国に超たる国」である論じ、その理由として「此の日本国は外道一人無し。其の上神は又第一天照大神、第二八幡大菩薩、第三山王等の三千餘社、晝夜に我国を護り朝夕に国家を視(みそなはし) 給ふ。其の上天照大神は内侍所と申す明鏡に浮べ影内裏に崇められ給ふ」と論じている。

日蓮は「山王第一」とする天台宗の神観念を継承せず天照大神を第一の神としているのである。

そして『治部房御返事』では「日本国はいみじき国にて候、神を敬ひ仏を崇(たっと) ぶ国なり」と論じ、『聖愚問答鈔』では「念仏の行者は弥陀三尊より外は上に挙げる所の諸仏菩薩諸天善神を礼拝雑行と名け、又之を禁ず。然るを日本は夫れ神国として、伊奘諾・伊奘再尊此国を作り、天照大神垂迹御坐(あとたれいま)して御裳濯河の流久うして今にたえず豈に此の国に生を受けて此の邪義を用ゆべきや」と述べている。

さらに、『報恩鈔』では「神をば天照という。国をば日本(ひのもと)という」と書いている。『弥源太殿御返事』では「日蓮は日本国の中には安州の者なり。総じて彼の国は天照大神の住み初め給ひし国なりといへり。彼処にして日本国を探り出し給ふ、安房の国御厨なり。しかも此の国の一切衆生の慈父・慈母なり。かかるいみじき国なれば……いかなる宿習にてや候らん。日蓮また彼の国に生れたるは第一の果報なるなり」と述べでいる。

このように、日蓮は神祇への崇拝の念の厚い人で強烈な「神国思想」の持ち主であったことは明らかである。

日蓮は「日本国の王なる人は天照大神の御魂の入りかはらせたまふ王なり」『高橋入道殿御返事』と書かれ、現人神思想を持っていた。             

牧口常三郎創価学会初代会長も『大善生活実証録』において「天照大神を始め奉り御代々の御稜威は現人神であらせられる今上陛下に凝集せられているのである。吾々は現人神であらせられる天皇に帰一し奉ることによって、本当に敬神崇祖することが出来ると確信する」と強烈なる現人神思想を述べている。

さらに、牧口常三郎初代会長は、戦時中「吾々は日本国民として無条件で敬神崇祖してゐる。神社は感謝の対象であって、祈願の対象ではない。吾々が靖国神社に参拝するのは『よくぞ国家のために働いて下さった、有難うございます』といふお礼、感謝の心を現はすのであって、」(昭和十七年発行『大善生活実証記録』)と講演している。

今日の創価学会が、「伊勢の神宮をはじめ靖国神社など全国の神社には魔が入っているから参拝したら罰が当たる」などと説くのは、日蓮及び牧口常三郎氏の教えに背く行為である。

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