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2011年7月31日 (日)

中川雅治参院議員の講演内容

七月二十五日に開かれた『新しい憲法をつくる研究会』における中川雅治参院議員の「北方領土訪問記ー国後島へのビザなし渡航」と題する講演を報告する。

「菅総理の献金問題がずいぶん議論されている。『産経』以外はあまり報道しない。テレビも然り。菅さんの政治資金管理団体である『草志会』から『政権交代を目指す市民の会』に平成一九年から二十一年までの間に六千二五〇万円寄付している。『政権交代を目指す市民の会』と『МPD平和と民主運動』と『市民の党』は代表が酒井剛で、この三つの団体は事務局が同じところにある。そこに菅や鳩山前首相、七人の民主党国会銀、十六名の地方議員が合計二億四九六万円寄付している。

『市民の党』所属議員だった井上桜は、二〇〇二年五月、当時の中田宏横浜市長が施政方針演説をしようとした横浜市議会定例議会で、議場正面に立てられた国旗を引き下ろそうとして議長に退場を命じられ、六月五日には、その退場命令の説明を求め、議長席などを約六時間にわたり占拠し、除名処分を受けた。菅も『国旗国歌法』に反対した。思想的に通じている。

『市民の党』から三鷹市議選挙に立候補した森大志の父親は、よど号ハイジャック犯のリーダー・田宮高麻呂、母親は石岡享さんと松木薫さん拉致の実行犯・森順子。森大志は、昭和五十一年に北朝鮮に生まれ、平成十六年に帰国。

平成十三年『九・一一同時多発テロ』が起こった。九月十九日東京都議会が再発防止を訴える決議をした際、菅氏の地元の三鷹の『市民の党』の伊沢けい子都議(当時)は、ただ一人『テロではない』として反対した。この団体の実質的代表・斎藤まさしこと酒井剛は田英夫の娘婿で過激派。菅とは三十年来の付き合い。

菅直人は一九八九年、北朝鮮の拉致の実行犯だった辛光洙(シン・ガンス)の『釈放嘆願署名』に署名した。菅直人をめぐる北朝鮮との関係・闇についてなかなか解明しきれていない。菅政権は行き詰っている。菅が何時辞めるかが注目の的。民主党政権の行き詰まりの原因は一昨年の総選挙のマニフェストにある。マニフェストに書かれていたことが嘘だった。

ソ連が北方四島を占領した時、一万七千人の日本国民が自力で脱出した。ソ連軍は侵入の時相当ひどいことをした。村長射殺の例もある。一九四六年に一方的にソ連領に組み入れた。国際法的に受け入れられない。脱出して来た一万七千人のうち、七千四百人が今も生存。平均年齢は七十七歳。何としても北方領土を取り戻さねばならない。不法占拠であることは間違いなし。

五月十四日から十六日まで、ビザなし渡航により、北方領土の国後島を訪問した。四十数名でバスに分乗して視察した。道路が凄いデコボコ。日本の行政権が及んでいたらこんなことはあり得ない。建物は木造で基本的に二階建て。七千人の人口だが繁華街が無い。ホテルは無い。アパートの中にお店が入っている。オープンスペースは無い。品数は豊富。

ロシア政府は今までほったらかしにして来て、最近になって実効支配を強めている。病院・学校を整備している。予算をかなり投入。幼稚園はかなり豪華。温水プールもあった。

家庭訪問をした。日本で言えばコンビニをしている家。日本人墓地はよく整備されている。『北方領土問題が話題になることはありますか』と聞いたら『時折話題になります。隣人として交流できるのも領土問題があるからこそと思います』と答えた。しかし、もともと日本の領土であるという認識や返還交渉に関しての考え方についての言及は一切なかった。『日本人もアイヌ人を追い出したではないか』と言う人もいた。『日本人を追い出して申し訳なかった』と言う人もいた。

郷土博物館はお粗末だった。『日本人が異常にきれい好きなのだ。汚いのが当たり前』と言う人がいた。

我々が訪問している時に、イワノフ副首相一行四十名が国後島に入って来た。滞在時間二十分。実効支配しているのはロシアだということを見せつけた。旧島民の人々が怒っていた。我々が子供たちの演奏会を鑑賞している建物の前をイワノフ一行がけたたましく走って行った。日本国民が一致団結していかないと足元を見られる。

北方四島の戸籍・住民票・登記簿は根室の登記所に完備されている。国後島の登記所責任者がそれらを根室に運んだ。」

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千駄木庵日乗七月三十日

午前は、母のお世話。

午後二時より、春日の文京区民センターにて、『日本の心を学ぶ会』開催。渡邊昇氏が司会。瀬戸弘幸氏及び小生が「日本人の自然信仰と東日本大震災」と題して講演。活発な質疑応答が行われた。内容は後日報告します。

帰宅後は、資料の整理など。

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2011年7月30日 (土)

宮崎正弘氏の講演

七月二十四日之行われた『二宮報徳会講演会』における宮崎正弘氏の講演を報告する。

「中国は新幹線を八千三百キロ作った。あと七千キロ作ると言っていた。川には橋を架けるのに、川底の工事に手抜きがあった。四川大地震の時、倒壊した小学校の地下にペットボトルとゴミがあった。ATМが全く効かない。信号システムはフランスの技術。すべてが背伸びしている。

中央政府と地方政府は権限が違う。中央政府はデベロッパーと組んで開発を進める。許可権限は地方政府が握っている。工事費用の二十%が賄賂として使われる。二十%を超えない限り捕まらない。その二十%分が手抜き工事になる。地方政府が権限を持って腐敗する。幹部の息子はアメリカに留学する。留学するとアメリカに永住して帰国しない。

国有企業は債権の山積み。返済の見込み無し。流通貨幣の二十%が偽札。日本の銀行は五兆円貸し込んでいる。二~三兆円は不動産投資。焦げ付きになる可能性あり。

中国人には公に尽くすという奉仕の精神はない。日本の中国は一衣帯水・同文同種ではない。まるで異なる文明である。日本文化は支那文明の亜流でも支流でもなく、まったく別のもの。漢字の四十%は意味が異なる。日本における中国のイメージを誤解させたのはメディア。

中国人は嘘をつくのは常態。白を黒と言う。いったん言ったら永遠にそう言う。これが中国における処世術。人間も食べ物。『三国志』に出てくる。私は中国の悪口は一切言っていない。中国の真実を言っている。

一人っ子政策の弊害が出てきた。中国の出生率は〇・五七%。相当深刻。温州で新幹線事故が起きた。あこぎな中国人の中でも最もあこぎな商売をするのが温州人。中国は法治ではなく人治の國。中国人は酔っぱらいを軽蔑する。宴席で酔っぱらうと軽蔑の対象になる。

天安門事件の後、中国の孤立を救ったのは日本。中国人は投機・賭け事が大好き。マカオの売り上げはラスベガスを超した。ジャスミン革命は中国では起きない。公安が三十万人いる。プラス退役軍人・警察官が手助けしている。軍は何時でも民衆を鎮圧できる。軍が党を裏切ることは当分無い。軍の待遇が良い。軍が反乱を起こしたらあの国はひっくり返る。

求心力がなかった江沢民は、反日を思いついた。江沢民は日本語がペラペラ。江沢民のオヤジは日本の特務の仕事をしていた。日本に対する激しい何かがある。マルコポーロ橋の近くに抗日記念館がある。誰も見て来ていない。歴史とは権力者がでっちあげるものと思っているから来ない。撮影禁止。日本の国連常任理事国入り阻止のために反日運動を起こさせた。公安が用意した卵と牛乳を投げさせ、二日間で止めさせた。参加した人に反日意識無し」。

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千駄木庵日乗七月二十九日

午前は、母のお世話。

午後は、原稿執筆。

この後、病院に赴き、父に付き添う。父の院内におけるケガのことについて看護師さんと話し合う。

帰途、谷中の飲食店にて、久しぶりにお会いした知人と懇談。今日ハワイから帰国したという。一年の半分は仕事でハワイに行っているとのこと。ハワイの悲しい歴史、そして、日本人の移民の歴史についてお話を伺った。

帰宅後も原稿執筆。

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2011年7月29日 (金)

日本伝統精神を現代において生かす事が何よりも必要

日本における科學技術の進歩とその利用は目を見張るものがある。現代社會の快適な生活はその科學技術によるものである。しかし大自然は、時としてその科學技術によって成り立つ人間の快適な生活をも一瞬にして破壊する。そして人間は、悲惨に状況に追ひ込まれる。それは、福島原発の事故を見れば火を見るよりも明らかである。

これだけ文明が発達し、科學技術が進歩した、その恩恵によって成り立っている現代人の生活は、自然の猛威によってもろくも破壊され、多くの人々が惨禍に喘ぐこととなる。科學技術が進歩しているが故になおさら惨禍がひどくなる。

われわれは、自然及び科學技術文明との付き合ひ方を今一度深く考へなおすべきである。麗しき自然に恵まれつつも自然の脅威にさらされる日本民族、科學技術を巧みに使ひこなして来た日本民族はさういふ使命を帯びてゐると思ふ。

壮大なる宇宙の神秘=無限の可能性は、人間の理性や知能によって全てが説明できるものではないといふ謙虚な姿勢を持つべきである。人間が作り出し進歩させてきた科學技術の力によって自然を支配できるなどといふ考へが根本的に間違ってゐたことは、今回の東日本大震災によって實感された。

生命尊重、自然保護、公害追放は、政治政策・経済政策によってそれを全面的に解決することはできない。今日の日本人には、西洋精神の影響を受けて自然への畏敬の念を失ってしまった人が多い。現代日本の混迷は、天皇を祭祀主と仰ぐ祭祀共同體を隠蔽し、日本傳統精神を否定し、神を否定する思想が蔓延して来たことがその根本原因である。

日本民族が継承してきた傳統的な正しき信仰精神を正しく継承し現代において生かす事が何よりも必要なのである。そのためには日本國民自身が『記紀』や『萬葉集』を學び、神社に参拝し、日本の自然風土に親しむことが大切である。

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千駄木庵日乗七月二十八日

午前は、母のお世話。医師の往診あり、母に付き添う。また、小生も診察していただく。

昼は、知人と懇談。

午後は、原稿執筆。

午後六時より、市ヶ谷のアルカディア市ヶ谷にて、『呉竹会アジアフォーラム』開催。頭山興助が挨拶。山際澄夫・中山義隆・小磯明・木村三浩の各氏によるシンポジウム。この後、山際氏が講演。内容は後日報告します。盛会であった。

帰宅後は、原稿執筆・脱稿・送付など。

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2011年7月28日 (木)

品川美容外科・白鳥警部事件に思う

父が入院している病院はそんなことはないが、大病院と患者とのトラブルは日常茶飯事である。とくに美容整形外科は深刻なトラブルがあるので、警察の役割が大きくなる。またトラプルの防止と処理のために退職警察官が病院に雇用される。

ところが、今回の品川美容外科病院にかかわる不祥事は、そうしたことに乗じて、直接その病院のトラブルというか犯罪行為の捜査に当たっていた捜査員が、病院に対して不当不法な要求を行ったのである。断じて許すべからざることである。今回は発覚したが、氷山の一角である可能性もある。ミニコミ誌の報道がなければ、今回の事件も表ざたにならず、白鳥陽一が逮捕されることもなかったと言う人もいる。

法と証拠に基づいて犯罪を捜査し、人を逮捕拘留する権限を有する警察官が、その公権力を利用して、私腹を肥やしたり、利益を得るなどという事はあってはならないことである。「水戸黄門」「必殺仕留め人」などの時代劇に出てくる悪徳目明し・岡っ引き・同心・代官と全く同じようなことを、今日唯今の警察官それも現場の指揮に当たる警部がしていたのだ。実に以て許し難いことである。

それにしても、左翼暴力革命勢力によって殺された、札幌警察の白鳥一雄警部は、あの世で顔をしかめていることであろう。

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千駄木庵日乗七月二十七日

午前は、母のお世話。訪問介護の方と共なり。

午後は、原稿執筆。

この後、お茶の水にて、『伝統と革新』編集実務担当者の方と打ち合わせ。

この後、病院に赴き、父に付き添う。父は額に怪我をしていた。看護師の不注意によるもの。看護師と医師が謝罪。こういう事があるので、できるだけ病院には毎日行かなければならない。

帰宅後も、原稿執筆。

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2011年7月27日 (水)

東日本大震災と日本人の反省

東日本大震災の後、「日本は変わらねばならない」という議論が起こっている。

一つは、戦後の経済成長至上主義を反省し、生活の質を追求する文化に移行すべきだという議論である。これは、大量生産・大量消費から質素・倹約へ移行すべきだということであろう。平たく言えば、GDPが第二位だとか三位に落ちたなどということにとらわれることなく、貧しくとも心豊かな生活へ回帰すべだ、ということであろう。

二つ目は、明治維新以来の西洋近代合理主義・科学技術文明を反省し、精神性を回復すべしという議論である。日本民族における精神性の回復とは、天地自然に神を見る日本伝統信仰への回帰以外のなにものでもない。

この二つの議論は、大震災が起こるはるか以前から、心ある識者によって論じられてきた。私の文芸上の師である中河与一先生も、もう四十年くらい前から論じておられた。

天地自然に神を見る日本伝統信仰を回復とは、国民の多くが、祭祀国家日本の祭祀主であらせられる天皇陛下に神習い、天地自然の神々への祭祀の心を回復することである。そのことによって、自らの罪穢れを祓い清め、さらに、荒ぶる神々を鎮め、真の平和と豊穣の世界を取り戻すことが大切であると信ずる。

そういう意味で、この国難は日本再生の絶好の機会なのである。

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千駄木庵日乗七月二十六日

午前は、母のお世話。

昼は、知人と懇談。

この後、『伝統と革新』編集実務担当者の方と打ち合わせ。

この後、病院に赴き、父に付き添う。

帰宅後は、原稿執筆。

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2011年7月26日 (火)

またまた凄まじいテロが起こった

またまた凄まじいテロが起こった。今こそ、日本傳統精神よって強いもの勝ちの覇道精神を反省し訂正せしめるべきである。天孫降臨の精神=稲穂による統治という絶対平和の精神が重大な意味を持つと確信する。      

                                                       

フランスの哲学者詩人ポール・アントワーヌ・リシャルは『日本の児等に』という詩で、「新しき科学と旧き智慧と、ヨーロッパの思想とアジヤの精神とを自己のうちに統一せる唯一の民! 此等二つの世界、来たるべき世の此等両部を統合するは汝の任なり」「流血の跡なき宗教を有てる唯一の民! 一切の神々を統一して更に神聖なる真理を発揮するは汝なるべし」「建國以来一系の天皇、永遠にわたる一人の天皇を奉戴せる唯一の民! 汝は地上の萬國に向って、人は皆な一天の子にして、天を永遠の君主とする一個の帝國を建設すべきことを教へんが為に生れたり」と歌っている。

中華帝國主義・アメリカ覇権主義・イスラム原理主義が世界を席捲し、闘争戦争殺戮侵略を繰返している。また、プロテスタント右派+シオニスト対イスラムの戦いが行われている。それを止揚できる宗教は神道しかない。イスラム教とユダヤ教とキリスト教との争いとを終息せしめ神々のもとに永遠の平和を創造するのは、わが日本の使命である。

自然破壊・民族闘争・宗教戦争は、これまで述べてきた日本精神すなわち明朗心・清明心・武の心・慈しみの心・むすびの心・神人合一・すべてに神を観る心・天皇仰慕の心・まつりの心・自然及び祖霊を神として拝む心によってこそ救済できるのである。一言で言えば、森の宗教が砂漠の宗教を救うのである。

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千駄木庵日乗七月二十五日

午前は、母のお世話。

午後一時半より、永田町の参議院議員会館にて、「新しい憲法をつくる研究会」開催。清原淳平氏が挨拶。中川雅治参院議員が、「北方領土訪問記ー国後島へのビザなし渡航」と題して講演。慶野義雄平成国際大学教授が「議院内閣制と首相のリーダーシップ」と題して講演。質疑応答。中川参院議員は特に菅直人総理の献金問題についても詳しく論じた。後日報告します。

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新しい憲法をつくる研究会

午後四時半より、元赤坂の明治記念館にて、「本間事務所暑気払いの集い」開催。三井理元大阪高検公安部長、評論家の石平氏などが挨拶。

帰宅後は、原稿執筆。

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2011年7月25日 (月)

節電とテレビ放送

今日資料の整理をしていて、『世界日報』四月九日号の社説を読んだ。次のようなことが書かれていた。

(大震災発生後・注)一カ月ほど経過して、低俗な番組が復活しているは問題だ。この際しばらく休番すべきだ。電力削減効果も生れる。電力削減策の一つとしてテレビ各局の放送時間の短縮を提言したい。一般家庭で使用される総電力量に占めるテレビ使用量は約十%と高い。重要な情報や番組は不可欠だが、一日数時間程度の放送短縮なら電力供給量の確保に貢献できよう。テレビ局は率先垂範して危機回避に対処すべきではないか」(要約)。

同感である。テレビのニュースやワイドショーは我々に「節電」を呼び掛けているが、放送時間の短縮は実行されていない。また、低俗番組はますますひどくなっている。そして、テレビ放送の制作や視聴に使用される電力量についても一切報道しない。大新聞もこの問題には一切触れない。

せめてBS放送の「買い物番組」くらいは自粛すべきではないのか。

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千駄木庵日乗七月二十四日

午前は、母のお世話。

午後一時半より、靖国神社境内の靖国会館にて、「二宮報徳会講演会」開催。小林幸子会長が挨拶。評論家の宮崎正弘氏が「中国人とは何者なのか」と題して講演。質疑応答。内容は、後日報告します。超満員であった。

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講演する宮崎氏

この後、病院に赴き、父に付き添う。

帰宅後は、資料の整理など。

           ◎

今日の講演会の講師・宮崎正弘氏とは四十年来の同志である。日本学生同盟機関紙「日本学生新聞」の編集長をしておられた。鈴木邦男氏は宮崎氏を「日学同のゲッペルス」と名付けた。

昨日の暑気払いを主催された民族革新会議の犬塚博英議長とも四十年来の同志である。私と同じ生長の家出身であり、一水会で共に活動し、長年同じ道を歩んで来た。

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2011年7月24日 (日)

國體と維新

和辻哲郎氏はその著『風土』において「明治維新は尊皇攘夷という形に現わされた国民的自覚によって行われたが、この国民的自覚は日本を神国とする神話の精神の復興にもとづき、この復興は氏神の氏神たる伊勢神宮の崇拝に根ざしている。原始社会における宗教的な全体性把捉が高度文化の時代になお社会変革の動力となり得たというような現象は、実際、世界に類がないのである。」と論じておられる。

我が国の変革の原理即ち維新の精神は、神代以来の國體精神すなわち「神国思想」である。維新とは、「高天原を地上へ」「今即神代」の信仰を原基とする。

日本國體は、地上における天照大神のご代理という魂的靈的神聖性と、邇邇藝命のご子孫としての血統的神聖性を併せ持たれる天皇を、君主・祭祀主として仰ぐ祭式共同体の真姿である。

日本の総氏神であられ皇室の御祖先神であられる天照大神は、母神としての慈愛と父神としての力をお持ちになる。従って、天照大神の地上的御顕現であられる天皇は男性原理と女性原理を併せ持たれるのである。

特に日本國體が万邦無比といわれるのは、神話の世界からの靈統と血統を継承されるお方が、今日の日本の君主であらせられるところにある。かかる神聖なる国家の本姿を開顕することが維新である。現代日本の混迷を根本的に解決するには、維新断行すなわち國體の開顕しかないのである。

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千駄木庵日乗七月二十三日            

午前は、母のお世話。ホームヘルパーの方と共なり。

昼は、友人夫妻と懇談。

この後、病院に赴き、父に付き添う。

午後六時より、江東区東陽の民族革新会議事務所楼上において、「暑気払い・一献会」開催。犬塚博英民族革新会議議長があいさつ。多くの同志と懇談。大原康男国学院大学教授がスピーチ。小生が、『ああモンテンルパの夜は更けて』を熱唱。阿形充規氏の音頭で手締めを行った。

帰宅後は、書状執筆など。

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2011年7月23日 (土)

警部及び警部経験者逮捕に思う

品川美容外科の「業務上過失致死事件」をめぐる捜査資料の流出問題で、資料の写しを同外科側に渡したとして、事件捜査を指揮していた警視庁捜査一課警部の白鳥陽一容疑者を地方公務員法(守秘義務)違反の疑いで逮捕した。また、資料を流すよう働きかけたとして、同外科に再就職したいずれも同庁元警部の中道宜昭・石原三八一の両容疑者を同法違反(守秘義務違反の唆し)容疑で逮捕した。三人は容疑を否認しているという。

そもそも問題なのは、捜査・摘発の対象になっている病院に警視庁の警部経験者しかも病院関係の不祥事・犯罪捜査を担当していた警察官が再就職していたことである。こういうことが平然と行われること自体が大問題である。警視庁の暴力団対策担当のベテラン警部が暴力団の顧問になったのとまったく同じである。許されることではない。こういうことがまかり通っている警察の体質が問題である。そう言えば、だいぶ以前、商法違反事件で実際に摘発された日本を代表する某上場企業に警視総監が天下るという噂が流れたことがあった。

私は、去年の初めまでの数年間、父の入院や通院に伴い、都内のある大病院にそれこそ毎日のように通っていた。その大病院にも、警備関係の職員に、元警察官らしき人物が何人か雇用されていた。そのこと自体はとがめ立てすることではない。金融機関や病院は不特定多数の顧客や患者に直接相手ににするから、トラブルも多い。その処理や防止のために、元警察官が多く雇われるのであろう。しかし、今回のようなことは許されない。

その大病院の父の治療・診断に関して、不適切なところがあったので、何とかならないものかと相談したが、「保健所に行ってくれ」とのことであった。保健所に相談すると、「都庁に行ってくれ」とのことであった。どちらの役所も積極的ではなかった。また弁護士に相談したら、最初は積極的だったのだが、途中から全く動いてくれなくなった。信頼していた弁護士であったのに誠に不思議なことであった。

ともかく、医療機関とりわけ大病院の政治力は大したものである。患者とその家族は弱者であること実感している。そういう弱者を守るのが警察・検察であるはずなのだが、今回の事件を見ると、そうではないように思える。

余談だが、白鳥警部というと、日共火炎瓶闘争時代に札幌で起こった「白鳥警部射殺事件」を思い出す。

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千駄木庵日乗七月二十二日

午前は、母のお世話。

午後、知人来宅、懇談。

この後、病院に赴き、父に付き添う。

午後六時半より、明治神宮武道場至誠館にて、「憲法を起草する会」開催。荒谷卓氏が座長。「地方自治」について討論。

帰宅後は、諸雑務。

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2011年7月22日 (金)

祭祀の精神の復興

今日、自然破壊が人間の心を荒廃せしめる大きな原因になっている。わが国の自然を大切にする心=自然保護の精神は、歴史的にも文化的にも『神社の森』『鎮守の森』がその原点である。わが民族の祖先は、古代から神々の鎮まる緑豊かな『神社の森』『鎮守の森』を大切に護って来た。『鎮守の森』が自然保護の原点と言って良い。 

鎮守の森には、神が天降り、神の霊が宿ってると信じて来た。鎮守の森ばかりではない。ふるさとの山や海に神や精霊が生きていると信じてきた。さらに、海の彼方にも理想の国・麗しい国があると信じた。それが龍宮信仰である。海は創造の本源世界として崇められた。

我が国伝統信仰すなわち神道は、自然の中に生きる神の命と人間の命とが一體となって結ばれる信仰である。それと共に、自分たちの祖先の霊を崇め感謝し奉る信仰である。これを「敬神崇祖」という。

 

日本伝統信仰即ち神道は、自然の命と祖先の霊を崇める精神がその根幹であり全てである。それは日本民族の実際生活から生まれて来た信仰なのである。今日の国難打開は、祭祀の精神の復興がその原基である。

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千駄木庵日乗七月二十一日

午前は、母のお世話。

午後は、『伝統と革新』編集の仕事。

この後、病院に赴き、父に付き添う。

帰宅後は、資料の整理。

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2011年7月21日 (木)

国難打開について

我が国は、大東亜戦争において、アメリカによって広島・長崎に原爆を投下された。世界唯一の被爆国である。そして今回、福島原発の大事故が起こった。つまり、我が国は、原子力の軍事利用と平和利用の両面において、多大な被害を受けたのである。こういう国は他に存在しない。

我々はこれをどう受け止めるべきなのか。神の試練と受け止めるべきなのか。しかし、いずれにしても、日本人の英知・能力は、これまでいかなる国難・災害・苦難を乗り切ってきた。日本国の歴史は、苦難の歴史であると共にそれを乗り切り、克服し、苦難をばねとして、新たなる発展と前進を繰り返してきた歴史である。日本人の努力と共に、それを支える神仏の御加護があったからだと考える。

このたびの震災・津波・原発事故という大きな苦難も乗り切って行かねばならないし、乗り切ることができると確信する。

私たち日本国民には、古来、天地自然の神々に対する深い信仰心があった。これを全国民的に回復することが今一番大切なのではなかろうか。

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千駄木庵日乗七月二十日

午前は、母のお世話。

午後一時半より、三田の駐健保会館にて、『大行社幹部会』開催。顧問としてスピーチ。

帰途、丸の内の出光美術館で開催中の「明・清陶磁の名品展ー』参観。 

この後、数寄屋橋にて、茨城県から来られた知人と懇談。

帰宅後は、資料の整理。

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2011年7月20日 (水)

この頃詠みし歌

若者たち多くたむろするハチ公前に六十四歳の我一人立つ

ハチ公前に人を待ちゐる若者は将来の不安無き如く見ゆ

二人して語らひをれば地震(ない)が来ておびえる母を抱きしめにけり

地震(ない)あればおびえる母を抱きしめて大丈夫だよと励ましにけり

爪を切る時にしみじみ思ふなり 我は確かに生きゐるなりと

炎天下 軒下の巣より飛び立ちし燕を見れば命尊し

茫々たる過去などといふものは我に無し 今も鮮烈な思ひ出ばかり

筆とりて香典袋にわが名をば記しつつ逝きし友を偲べり

なにゆゑか自ら命を絶ちし友 遺影は悲しき笑顔なりけり

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千駄木庵日乗七月十九日

午前は、母のお世話。

午後は、『伝統と革新』編集の仕事。

この後、病院に赴き、父に付き添う。父はすやすやと寝ておられる。

帰宅後は、資料の整理など。

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2011年7月19日 (火)

「コンクリートから人へ」の欺瞞性

今日、資料の整理をしていたら、大震災当日の『日経新聞』朝刊の文化欄で、田中輝彦氏(川嶋建設顧問)が、「家を一歩出ると道路があり、橋や鉄道も当たり前のようにある。家の中に目を向けると、水は遠く離れた貯水池やダム、電気は発電所から届けられる。堤防は災害から人々の生活を守る。これらの施設はすべて土木技術によって作られている。…土木工事などの公共事業には、最先端の素材や技術が投入される。土木は人間の知恵と科学技術の成果であり、日本の土木技術は世界トップクラスだ。土木は国づくりをになう」と論じているのを発見した。

大震災発生当日の朝刊にこういう論文が掲載されたのは実に不思議であるし、示唆的である。

民主党は「国民生活が第一」と「コンクリートから人へ」という二つを選挙の時に鳴り物入りで訴えた。国家予算の配分で、ダム・道路・堤防などの公共事業・土木事業から、教育や福祉に回そうという政策である。これは国民の多くに支持を受けた。そして、土木工事や公共事業がまるで悪事のように喧伝された。

しかし、今度の東日本大震災で、いかに防災・治山治水そして土木事業が大切であるかが身に沁みてわかった。確かに川岸や海岸線に堤防が作られる事によって景観は壊され、それまでの美しい自然は破壊されることも多かった。

自然が人間にやさしく接してくれる時は、ダムの堤防も要らないかもしれない。しかし、今回の大震災によって、自然が怒り狂い、自然が人間に襲いかかって来た時、いかに堤防やダムや道路が大切であるかが分かったのである。

耳触りのいい言葉、政策は、やはり疑ってかかる必要があったのである。むしろそういう政策やマニフェストと称するものが、「国民生活第一」どころか、「国民生活」を根底から破壊するのである。「戦争になるから国防予算を減らせ」というのと同じ発想である。

「自然と共生」とか「コンクリートから人へ」という耳触りにいい言葉の「本当の意味」を今一度考えなおすべきである。それは、自然と人間の関係を問い直すことでもある。

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千駄木庵日乗七月十八日

午前は、母のお世話。

午後は、諸雑務。

この後、病院に赴き、父に付き添う。

帰宅後は、資料の整理。

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2011年7月18日 (月)

政治と宗教

宗教と政治が、人類の生活を守り救済して来たといわれる。確かにそういうことは言えるであろう。しかし、これまで「正義」を主張し、「世紀末的危機」「終末」を煽り、そして「救済・革命」を説いてきた宗教運動や政治運動が、かえって闘争と殺戮を生んできた側面がある。

政治面では、スターリンも毛沢東も金日成もポルポトも自分の主義主張が正義と信じ込み、國民全体にこれを強制し、自由を奪い、そして何百万何千万という人々を大量虐殺した。宗教面では、イスラム教・ユダヤ教・キリスト教の対立は、テロや戦争を生んでいる。九・一一同時多発テロ以後、『國家なき敵との宣戦布告なき戦争の時代』に入ったという。その後、こうしたテロは絶えることはない。最近起こっている凄惨なるテロの根底には、イスラム教・ユダヤ教・キリスト教の対立がある事は言うまでもない。

 オスカー・ワイルド(一八五四~一九〇〇。イギリスの劇作家・小説家。世紀末文学の代表的作家で、芸術至上主義者。代表作に戯曲『サロメ』がある)に、「もっとも害を与える人は、もっとも善いことをしようと努めている人だ」という言葉がある。「自分の行っていることが正義だ」と信じ込み実行する勢力や個人が、殺戮を行い、世の中を暗黒にし、独裁政治を生み、國民から自由と繁栄を奪うという意味であろう。

自由で幸福な世の中とは、公正(フェア)な世の中ではあっても、ある人の唱える「正義」を絶対のものとして民衆に押しつける世の中ではない。独裁者は必ず「正義」を旗印として独裁政権を手に入れる。レーニン、スターリン、ヒトラー、毛沢東、カストロなどは皆そうだった。

 真に正義を尊重し正義の実現を目指す人は、そしてそれが権力を持つ人であればなおさら、自由で柔軟で大らかな精神を持っていなければならない。正義や人間の幸福は法律や権力のみによって実現されるものではない。法律や権力のみによって実現された正義の世の中とはロボットが動く世の中と同じである。

 「正義」の呪文を唱えながら、自由を否定する狂気は暗黒と専制の世の中をもたらす。それが一七八九年革命直後のロベスピエール独裁下のフランスであり、革命後の旧ソ連であり、共産中國であり、南北分断後の北朝鮮である。誤った宗教教義や政治思想の教条に支配されることなく、自然に國民を正しき道を歩ましめることが必要である。

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千駄木庵日乗七月十七日

午前は、母のお世話。

午後は、原稿執筆。

この後、病院に赴き、父に付き添う。

帰宅後は、書状執筆。

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2011年7月17日 (日)

産経新聞政治部編集委員久保田るり子さんの講演

七月九日午後二時より、内幸町の日本プレスセンターにて開催された『アジア問題懇話会』において、産経新聞政治部編集委員の久保田るり子さんは「朝鮮半島から見た東アジア情勢」と題して次のように講演した。

「今年初め、中東民主化が起こり、エジプトの独裁政権が倒れた。エジプトと北朝鮮は、金日成時代から関わりがある。ナセル政権の時、第三世界の仲間として北朝鮮との関係が始まった。第四次中東戦争(一九七三年)で北朝鮮がエジプト空軍を指揮した。この戦争で北朝鮮は千五百人の軍事顧問団をエジプトに派遣。緒戦のイスラエル先制攻撃(七十三年十月六日)の成功は北朝鮮空軍パイロットの功績が大きい。その時の空軍司令官がムバラク。ムバラクはこの戦果でエジプトの最高勲章『シナイの星』を授与されて国民的な英雄になり、サダト時代に出世して大統領になった。ムバラクはあの時の恩義は忘れないとして、エジプト派兵の返礼として七六年に北朝鮮に二機のソ連製スカッドBミサイル(射程約三〇〇キロ)を供与した。北はこれを分解し、これをもとに八〇年代半ばには自国のスカッド・ミサイル量産体制を作り上げた。その後、ミサイル輸出を本格化させ、エジプトはイラン、シリア、パキスタンと並ぶ北朝鮮の主要武器輸出先になった。北朝鮮は、スカッドを改良しノドンを完成させ、さらに技術革新を続けた結果、『テポドン』や新型ミサイルを開発してきた。しかし、端緒をたどればエジプトとの関係にある。

ジャスミン革命を契機とした民主化で、軍が中立を守ったのでムバラクは追放された。そういうことを金正日は見ている。

金正日はリビアのカダフィとは一歳違いの同世代。独裁政治・反米というのもよく似ている。北朝鮮では、カダフィはカストロと共に『反米』のスター。北朝鮮にとってリビアは数少ない出稼ぎの相手国。

韓国情報機関によると、今年三月、北朝鮮は首都に暴動鎮圧部隊を作った。大量の武器を調達。人民のある種の反乱が起こるかもしれないという変化が起きている。

中国政府は、江沢民死亡を発表していない。わが社が把握している情報では、江沢民はすでに脳死状態と聞いている。心臓は動いているので『生きている』とした。江沢民の死亡によって日中関係に大きな影響なし。

金正日は二〇〇八年に倒れたが回復。今年五月、七泊八日の訪中を行い六百キロ走った。しかし今回、健康問題が取り沙汰されている。メドベージェフとの極東での会談予定が中止になった。健康問題か、事前にメディアに書かれたので警護上の問題があったのか。また、会談のテーマでロシア側とり齟齬があったという観測がある。『労働新聞』に大きな写真が載ったのでかえっておかしいという分析もある。健康問題が何時最終局面を迎えるかは神のみぞ知る。

北朝鮮は、二〇〇九年に組織改革した。四つの工作機関を軍に持って行った。金正恩は秘密警察と工作機関を掌握した。着々と権力基盤を構築している。粛清も起こっている。二〇一〇年六月、金正日の側近中の側近が交通事故で死亡。

韓国の李明博政権は北への資金をストップし、心理作戦を始めた。北の農村は飢えている。軍が農村から食料を収奪している。社会的混乱がゆっくりではあるが広がっている。来年は、韓国・中国・アメリカ・ロシアで政権交代がある。日本も来年、民主党政権が倒れると言う人がいる。

北朝鮮が核開発をしていなかったら、世界や日本がこれほど注目することはなかった。ただの最貧国だった。世界はどうして北朝鮮の核開発を止めることができなかったのか。時間だけ経過して何の解決も見られない。

金正日以後は、①親中的集団指導体制になって、部分的に改革開放を行う、しかし北朝鮮は中国圏に入ってしまう、②混乱の中での米中の軍事介入、という二つの可能性がある。求心力に穴があいたら何が起こるか分からない。独裁体制を支えてきた軍や秘密警察がどう動くか。アメリカが北の核に対してどういう選択をするのかということへの認識を高めておく必要あり。

日本に対する北朝鮮テロはあり得る。福島原発事故で、原発が如何に脆弱かを学んだ。数人のテロリストで事故は起こせる。日本という後方基地を使わせないためのテロはあり得る。

北朝鮮には隠れるところがたくさんある。北の森林地帯には穴が張り巡らされている。金正日一族の別荘がたくさんある。平壌の地下に地下道がある。地下宮殿もあるという。

日本はアメリカの情報機関・CIAや韓国の国家情報院と組めるような情報機関をつくらない限り情報収集は難しい。朝鮮半島有事の際、在韓邦人を救出できるかどうかというレベル。拉致被害者救出は推して知るべし。東日本大地震は戦後最大の試練。韓国への脱北者は二万を超えた」。

       ○

日米両国の核問題については執拗に「反核運動」するが、日本の左翼反核運動は北朝鮮や共産支那核開発に対しては何の抗議もしないし、行動も起こさない。左翼反核運動の目的が何であるかを如実に示している。

国際テロ国家・北朝鮮、人道を全く無視する独裁専制国家・北朝鮮に対しては毅然と対峙しなければならない。北朝鮮は日本に最も近くて最も危険な国なのだ。

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千駄木庵日乗七月十六日

朝は、母のお世話。

この後、『政治文化情報』発送完了。読者の皆様には週明けにお届けできると思います。

午後は、諸雑務。

夜は、渋谷にて、九州から上京された方を囲んで数人の同志と懇談。

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2011年7月16日 (土)

日蓮及び牧口常三郎氏の神国思想・天皇信仰

日蓮は天照大神を如何に信じていたであろうか。文永の役の翌年の建治元年(一二七五)、当時五十四歳の日蓮が、国家的危機の真最中に書いた『撰時鈔下』に、「日本国と申すは、天照大神の日天にてましますゆへなり」と書いている。そして、『神国王御書』では日本は「八万の国に超たる国」である論じ、その理由として「此の日本国は外道一人無し。其の上神は又第一天照大神、第二八幡大菩薩、第三山王等の三千餘社、晝夜に我国を護り朝夕に国家を視(みそなはし) 給ふ。其の上天照大神は内侍所と申す明鏡に浮べ影内裏に崇められ給ふ」と論じている。

日蓮は「山王第一」とする天台宗の神観念を継承せず天照大神を第一の神としているのである。

そして『治部房御返事』では「日本国はいみじき国にて候、神を敬ひ仏を崇(たっと) ぶ国なり」と論じ、『聖愚問答鈔』では「念仏の行者は弥陀三尊より外は上に挙げる所の諸仏菩薩諸天善神を礼拝雑行と名け、又之を禁ず。然るを日本は夫れ神国として、伊奘諾・伊奘再尊此国を作り、天照大神垂迹御坐(あとたれいま)して御裳濯河の流久うして今にたえず豈に此の国に生を受けて此の邪義を用ゆべきや」と述べている。

さらに、『報恩鈔』では「神をば天照という。国をば日本(ひのもと)という」と書いている。『弥源太殿御返事』では「日蓮は日本国の中には安州の者なり。総じて彼の国は天照大神の住み初め給ひし国なりといへり。彼処にして日本国を探り出し給ふ、安房の国御厨なり。しかも此の国の一切衆生の慈父・慈母なり。かかるいみじき国なれば……いかなる宿習にてや候らん。日蓮また彼の国に生れたるは第一の果報なるなり」と述べでいる。

このように、日蓮は神祇への崇拝の念の厚い人で強烈な「神国思想」の持ち主であったことは明らかである。

日蓮は「日本国の王なる人は天照大神の御魂の入りかはらせたまふ王なり」『高橋入道殿御返事』と書かれ、現人神思想を持っていた。             

牧口常三郎創価学会初代会長も『大善生活実証録』において「天照大神を始め奉り御代々の御稜威は現人神であらせられる今上陛下に凝集せられているのである。吾々は現人神であらせられる天皇に帰一し奉ることによって、本当に敬神崇祖することが出来ると確信する」と強烈なる現人神思想を述べている。

さらに、牧口常三郎初代会長は、戦時中「吾々は日本国民として無条件で敬神崇祖してゐる。神社は感謝の対象であって、祈願の対象ではない。吾々が靖国神社に参拝するのは『よくぞ国家のために働いて下さった、有難うございます』といふお礼、感謝の心を現はすのであって、」(昭和十七年発行『大善生活実証記録』)と講演している。

今日の創価学会が、「伊勢の神宮をはじめ靖国神社など全国の神社には魔が入っているから参拝したら罰が当たる」などと説くのは、日蓮及び牧口常三郎氏の教えに背く行為である。

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千駄木庵日乗七月十五日

午前は、母のお世話。

午後は、『政治文化情報』発送準備。

この後、病院に赴き、父に付き添う。この数日、安定した状況が続いているので有難い。

帰宅後は、書状執筆。頂いたお手紙への返信などを書いた。

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2011年7月15日 (金)

祭祀と国難打開

 わが国の伝統精神における最も大切な行事は祭祀である。「祭祀」とは神に奉仕し、神の御前において自己を無にして神の御心に従い奉ることである。また、「祭祀」は、自然と人の命を拝み、自然と人の命を大切にする精神の実践である。つまり人と自然の本来の姿を回復する行事が祭りである。

 わが国民が祭りが好きであるということは、日本人が本来明るい精神を持っているということである。厭世的でもなければ逃避的でもないというのがわが国民性である。いかなる困難も罪穢も神を祭ることによってこれを打開し祓い清めることができる信じ続けてきている。この「祭祀」の精神が、自然を破壊し人の命を軽んずる現代の状況を救済し打開する原理となる。

今日、自然破壊が人間の心を荒廃せしめる大きな原因になっている。わが国の自然を大切にする心=自然保護の精神は、歴史的にも文化的にも『神社の森』『鎮守の森』がその原点である。わが民族の祖先は、古代から神々の鎮まる緑豊かな『神社の森』『鎮守の森』を大切に護って来た。『鎮守の森』が自然保護の原点と言って良い。 

鎮守の森には、神が天降り、神の霊が宿ってると信じて来た。鎮守の森ばかりではない。ふるさとの山や海に神や精霊が生きていると信じてきた。さらに、海の彼方にも理想の国・麗しい国があると信じた。それが龍宮信仰である。海は創造の本源世界として崇められた。

我が国伝統信仰すなわち神道は、自然の中に生きる神の命と人間の命とが一體となって結ばれる信仰である。それと共に、自分たちの祖先の霊を崇め感謝し奉る信仰である。これを「敬神崇祖」という。

 

日本伝統信仰即ち神道は、自然の命と祖先の霊を崇める精神がその根幹であり全てである。それは日本民族の実際生活から生まれて来た信仰なのである。今日の国難打開は、祭祀の精神の復興がその原基である。

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千駄木庵日乗七月十四日

午前は、医師の往診があり、母に付き添う。

昼は、知人と懇談。

午後は、『伝統と革新』編集の仕事など。

この後、病院に赴き、父に付き添う。医師に病状について話を聞く。

帰宅後は、『政治文化情報』発送準備。

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2011年7月14日 (木)

今日講義した高市黒人の歌と自然災害

今日講義した高市黒人の歌は次の歌である。 

ささなみの國つ御神(みかみ) のうらさびて荒れたる京(みやこ) 見れば悲しも

 國土の神を鎮魂しなぐさめてゐる歌。「國つ御神」とは、その國の地主の神・國魂の神。日本の神々には、天津神と國津神とがおられる。天津神とは天照大神・天児屋命などの「天の神」のこと。國津神とは大國主命などの「國土の神」のこと。各土地々々に神様即ち國魂がおられる。これを地主神といふ。今日の建物を建てる時に地鎮祭(基礎工事にかかる前に土地の神を祭り、工事の無事を祈る祭事)を行ふ。「上に建物を建てます」と土地の神の了解を得る祭事である。

元初においては、神とは通念としては天津神であった。発生的には天津神だけがいはゆる神としての本質を持ってゐたのだが、土地の精霊・國魂も次第に神としての待遇を受けるやうになっていったといふ。しかし、國津神も元をたずねれば天津神である。國土の神とされる大國主命は須佐之男命の五世の孫であり、須佐之男命は天津神であられる天照大神の弟神であらせられ、高天原から出雲の国に天降ってこられた神である。

「うらさびて」はウラとは心のこと。サビルは衰へる・さみしくなる・荒む・しぼむといふ意、言ひ換へると神としての威力・生気・パワーがなくなるといふ意。「國つ御神のうらさびて」とは、國土の霊魂が遊離してしまふこと。

通釈は、「ささなみの國土の神様の生気がなくなって荒れてしまった都を見るのはさみしいなあ」といふほどの意。

ささなみの國土の神の威力がなくなり、それが原因となって荒れてしまった大津の都を見るのは悲しいといふ歌である。荒れてしまったささなみの國の土地の神を鎮魂し、なぐさめてゐる歌である。自然を擬人化してゐるのである。

現実的に考へると、大津の都が荒れてしまったのは壬申の乱の結果である。しかし古代信仰から考へると、國魂(くにたま)の神の生気がなくなった結果なのである。天皇の祭り事が行はれる宮廷がなくなると、國土の霊も威力がなくなってしまふのである。近江朝廷か滅んでお祭りしなくなったから國土の霊の威力が無くなったのか、國土の霊の威力が無くなったから近江朝廷が滅んだのかは、相関関係にある。

黒人は信仰的なものの見方をした人なのである。黒人の内向的な憂ひがあると共に古代人の信仰が直截的に表現されてゐる。「壬申の乱」によって近江朝廷が滅んでから二、三十年後に詠まれた歌といはれてゐる。黒人は個性的な客観歌を歌った先駆けの歌人であると共に自然神秘思想を歌った歌人である。

古代日本人は、国土の荒廃・自然災害を防ぐには、天地の神々に対する祭祀を正しく行ひ、天地自然に対して畏敬の心が持つことが大切である考へたのである。今日に生きる日本人もそうした心を大切にすべきだと思ふ。          

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千駄木庵日乗七月十三日

午前は、母のお世話。

午後は、『政治文化情報』発送準備。

午後六時半より、駒込地域文化創造館にて、『萬葉古代史研究会』開催。小生が柿本人麻呂・高市黒人の歌を講義。質疑応答。

帰途、出席者の方と懇談。もつ焼きが美味かった。夏はもつ焼きが一番。

帰宅後も発送準備。

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2011年7月13日 (水)

神話と歴史について

日本においては、日本神話の「神聖な歴史の物語」は、今日ただ今も<天皇の祭祀>、そして全國各地の神社で行はれてゐる祭祀に生きてゐる。神話の世界で、天照大神が行はれたと同じ祭祀(新嘗祭)を、今上陛下は今日も行はれてゐる。よその國では滅びてしまった「神話の世界」が、日本においては、仏教やキリスト教といった世界宗教が日本に入ってきた後も、そして、近代科學技術文明が入ってきた後も、<天皇の祭祀>として今も現實に生きてゐる。日本の國の素晴らしさはここにある。つまり<天皇の祭祀>は日本における「生きた神話」なのである。

神話と歴史を区別しないといふ日本傳統信仰基本的性格を「混同」といふ言葉で否定してはならないと考へる。神話の精神が歴史の中に生き続けてゐることが、最も大切なのである。わが國においては、神話と歴史は分かち難くつらなってゐる。「今即神代」が日本傳統信仰の根幹である。「高天原を地上へ」がわが國民の信仰的理想である。

日本おいては、これだけ科學技術が進歩し物質文明が豊かになってゐる今日においても、古代信仰・民族信仰が脈々と生きてをり、伊勢の神宮をはじめとした全國各地で神社で毎日のやうにお祭りが行はれてゐる。のみならず日本傳統信仰の祭り主であらせられる天皇はみ祭りを厳修され、國家の平安・國民の幸福・五穀の豊饒を神に祈り続けられてゐる。そしてその祭り主たる日本天皇は日本國家の中心者として君臨あそばされてゐる。

わが祖國日本は永遠の生命を保ちつつ革新を繰り返してきてゐる國である。これが世界に誇るべき日本の素晴らしさである。

今日の日本の危機を打開し救済するためには、「歴史に生きる神話」すなはち<天皇の祭祀>への回帰が大切である。具體的に言へば、政治権力を掌握した人のみならず我々國民一人一人が、天皇が神をお祭りになる御心を道義的倫理的規範としてならひ奉り、「神を祭る精神」「神ならがの心」を回復するといふことである。それが理想的な國家實現の基礎である。「神話と歴史の混同は、初歩的な學問的誤謬」などと主張して、神話と歴史とを区別してはならない。神と歴史とは連続してゐるし、歴史の中に神話が生きてゐるのである。それがわが國體である。

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千駄木庵日乗七月十二日

午前は、母のお世話。

午後は、『伝統と革新』編集の仕事。

この後、病院に赴き、父に付き添う。

午後七時より、ホテルサンルート高田馬場にて、『一水会フォーラム』開催。澤田哲生東京工業大学助教が「原子原子力発電と新エネルギーを考える」と題して講演。質疑応答。

帰宅後は、諸雑務。

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2011年7月12日 (火)

安倍晋三元総理の講演

七月六日午後七時より、永田町の自由民主党本部にて開催された『修学院政経セミナー』において安倍晋三元総理は「戦後レジュームからの脱却」と題して次のように語った。

「膝を交えて激論を交わしつつ考えるのが政治の原点。震災復興の財源を得るために増税するのは間違っている。今年中に九州電力の原発はゼロになる。九州は、消費電力の四割は原電に依存している。九州の企業はリストラを始めている。そうした中での増税は間違っている。経済成長をせずに経済再建した国はない。

損得を超える価値の基準がある。それは家族であり、故郷であり、日本である。命を懸けなければ家族・故郷・国を守ることはできない。命を懸けるべきものの再発見が大事。マッカーサーは日本を再起できない国にしようとした。

北朝鮮は暴発しない。金正日は暴発したらアメリカがトマホークをどんどん撃ち込むと分かっている。

『日本国憲法』には『平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した。われらは、平和を維持し、専制と隷従、圧迫と偏狭を地上から永遠に除去しようと努めてゐる国際社会において、名誉ある地位を占めたいと思ふ』と書かれている。これは敗戦国家の詫び証文にすぎない。

一九七七年のダッカ日航機ハイジャック事件で日本は自衛隊を送ることができなかった。『人命は地球より重い』と言って、獄中メンバーの釈放に応じた。ドイツは同じ敗戦国でありながら、テロリスト全員を射殺した。

北朝鮮が日本人を拉致したと判明しても、日本の警察は北朝鮮との関係を慮って発表しなかった。この時、日本が北朝鮮に抗議していれば、横田めぐみさんの拉致は起こらなかった。アメリカ人が北朝鮮に拉致されたら、アメリカは海兵隊をピョンヤンに派遣して占領するだろう。

戦後レジュームから脱却しなければ誇りある国にはならない。自由と民主主義は国があるから担保できる。誰かが国を守るために命を懸けねばならない。外交とは国益の確保。『現行憲法無効論』は理論的にはそうだが、政治的には通らない。

大震災で日本の素晴らしさ、特性を経験した。天皇陛下が被災地に足を運ばれるお姿を見て多くの人々が感動した。千年以上国民の安寧を祈って来られた家系だからこそ感銘を与える。『お言葉』で、自衛隊・警察・消防と具体的に名称を挙げられた。

宮内庁は、陛下とは自衛隊との距離を広げようと頑張っている。陛下は、栄誉礼の時閲兵を受けられない。勲章も、自衛官には低く出されていた。私が官房副長官の時にそれを変えた。

天皇陛下は、東北地方太平洋沖地震に関する天皇陛下のおことば』で、『何にも増して,この大災害を生き抜き,被災者としての自らを励ましつつ,これからの日々を生きようとしている人々の雄々しさに深く胸を打たれています。』と仰せになった。明治天皇は、『しきしまの大和心のをゝしさは
 ことある時ぞあらはれにける』と詠まれた。昭和天皇は、終戦翌年の歌会始で『ふりつもる み雪にたへて いろかへぬ 松ぞををしき 人もかくあれ』と詠まれた。「雄々しさ」という言葉は、明治陛下も、昭和陛下も、今上陛下も、ここぞという時にお使いになる。

アメリカの日系政治家であるジョージ・アリヨシ氏(ハワイ州知事を務めた)は、終戦直後東京GHQの通訳として勤務された。靴磨きの少年と親しくなり、腹を減らしているその少年にサンドウィッチを渡した。その少年は『有難う』と言って、それを道具箱にしまった。そして『家に帰って三歳の妹にあげます』と言った。アリヨシ氏は、『みすぼらしい身なりをしているが、妹への優しさと凛々しさとを持つ少年と、同じ日本民族の血が流れていることを誇りを持った』と語った。こういう少年が居たことは戦前の日本の教育の結果である。

民主党に日本を預けておくわけにいかない。民主党にも保守派はいるが左翼政権。企業対消費者、国民対市民、国対地方と対立的にとらえる。自民党は、日本伝統文化を大切にする。大切なものを守るために改革していく党である。党の『綱領』がしっかりしている。山口県知事は、『菅さんを長州出身とは認めない』と言った。」と語った。

        ○

ジョージ・アリヨシ氏と靴磨きの少年との話は、涙なしに聞くことはできなかった。

自民党の中にも、民主党左派と同じような考えの人がいる。自民党政権時代にも、國體・教育・国防・靖国神社問題などで、国を危うくすることが行われた。しかし、今の民主党政権よりはましであることは確かである。国歌を歌うことを拒否し、国旗・国歌法制化に反対した人物が総理をやっているよりは、自民党の方がましである。

と言うよりも、一回政権を離れ、民主党政権のあまりのひどさを目の当たりにした自民党が真正保守に回帰することを期待したい。その旗手の一人が安倍晋三氏であろう。ともかく民主党政権は一日も早く打倒せねばならない。

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千駄木庵日乗七月十一日

午前は、母のお世話。

午後は、病院に赴き、父に付き添う。

この後、平河町の平河天満宮参拝。そして先輩の事務所訪問。懇談。

帰宅後は、水曜日の『萬葉古代史研究会』のおける講義の準備。

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2011年7月11日 (月)

傳統への誇りを忘却した民族には未来はない

明治維新が「尊皇攘夷」を基本理念にして戦われたように、現代維新においても、「尊皇攘夷」の精神を根底に置いて戦われなければならない。「尊皇」とは萬世一系の天皇を中核とする國民的統一・道義心の高揚を図る事であり、「攘夷」とは國家民族の自主独立を回復することである。内憂外患交々来るといった状況にある今こそ、尊皇攘夷の精神が必要な時であると言える。

民族の傳統への誇りを忘却した民族には未来はない。しかし、我々は絶望してはならない。上に天皇おわします限り、民族の命は必ず新生し甦る。そして、民族の歴史の流れ、民族の道統に立脚した変革が行われなければならない。日本國體精神こそが永遠の維新の原理である。

我々日本國民は誇るべき國體精神を恢弘してわが國の革新と再生そして世界の真の平和実現に邁進しなければならない。 

西洋から発した唯物文明・強いもの勝ちの覇道精神を反省し訂正せしめるものとして東洋の精神特に農耕生活から発した大自然と人間の共生の精神がある。東洋精神よって西洋唯物文明を克服するべきである。

ナショナリズムとは将来へ向けて自国・自民族が独立を維持するための精神であって決して回顧的なものではない。これからの日本の独立のために欠くべからざるものなのである。ただし、明治維新の基本精神が神武建国への回帰であったように、インドの反英独立運動=ナショナリズムの思想的基盤が古代精神への回帰であったように、ナショナリズムの基礎にはその国の古代からの伝統精神への回帰があった。これを復古即革新という。

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千駄木庵日乗七月十日

午前は、母のお世話。

午後三時より、早稲田のリーガロイヤルホテルにて、『末次一郎先生に学ぶ会』開催。中曽根康弘・森高康行・小池百合子・原口一博・袴田茂樹の各氏らが偲ぶ言葉を述べた。そして小野田寛郎氏の発生で献杯を行い、懇談に移った。渡邊五郎三郎氏が閉会の辞を述べて終了した。大原康男・国枝克一郎両氏と同じテーブルでした。色々語り合う事ができた。また、多くの先輩・同志とお会いすることができた。

中曽根元総理は、「末次先生は人格力を持っていた。私は大臣よりも敬意を表していた。同感した意見は実行した。野人であったが大きな仕事をした。人間的迫力があり、国士だった。今の日本に一番欲しい人』と語った。

昨日は、奥野誠亮氏、今日は中曽根康弘・小野田寛郎・渡邊五郎三郎三氏に会った。お四方とも大変にお元気。この暑い中、会合に出て来られること自体が、まさに驚異的。

小池百合子衆院議員が「少子化の時代なのに、国会には子供がたくさんいる。以前は、小泉チルドレン、今は小沢チルドレン」と言ったのが印象に残った。

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中曽根康弘元総理

              ◎

帰宅後は、資料の整理、書状執筆など。

暑い一日でした。

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2011年7月10日 (日)

日本伝統精神と現代

現代文明・文化の欠陥を是正し、新たなる文化を形成するには、欧米文化偏重から東洋文化とりわけ日本伝統文化へと回帰しなければならない。

自然の生命の循環と全ての生きるものの相互扶助の不思議な原理を生活の中で体験する農耕民族たる日本民族の信仰精神即ち日本皇道が世界の神の平和を作り出すであろう。一切の自然や人に神が宿るという大らかにして健全なる信仰精神たる日本伝統精神が、世界を救い、統合し融和して調和するのである。

日本伝統精神は、大自然を尊ぶ。大自然から、人生を学び、生き方を学び、国の平和と人の幸福の道を学ぶ。山・川・海・風・樹木・石等々全ての自然に神の命が宿ると信じる。また、人の命は神の命であると信じる。一人一人が「命(みこと)」なのである。一人一人が「日子(ひこ・日の神の御子)」であり「日女(日の神の姫御子)」なのである。日本人は、森羅万象ことごとく神ならざるものはないと考えた。

こうした精神は排他独善の精神ではない。あらゆるものから学ぶべきものは学ぶのである。だからわが国は古来外来の文化を大らかに包容摂取してきた。

 

人も国土も神から生まれた、神が生みたもうたと考える日本民族の信仰は、神が人間と自然を造ったと考える西洋一神教の創造説とは全く異なる。神と人間と自然とは対立し矛盾した存在ではなく、調和し、融和し、一体の存在であると考える。


闘争と自然破壊に明け暮れる現代世界を救済するのには、日本伝統精神によるしかないのである。
これからの時代は、古代の日本より継承されて来た日本伝統精神を基として全人類の危機を打開しなければならない。  

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千駄木庵日乗七月九日

午前は、母のお世話。

午後二時より、内幸町の日本プレスセンターにて、『アジア問題懇話会』開催。産経新聞政治部編集委員の久保田るり子さんが「『朝鮮半島から見た東アジア情勢』と題して講演。質疑応答。内容については後日報告します。奥野誠亮・小田村四郎両先生をお元気なお姿を拝す。奥野先生は白寿だそうである。すなわち九十九歳。矍鑠としておられる。実に驚異的である。内務省では後藤田正晴の一期先輩。大体同じような人生を歩んで来られたが、思想・信条は後藤田氏とはだいぶ異なっている。

この後、病院に赴き、父に付き添う。

帰宅後は、『政治文化情報』の原稿執筆・脱稿・送付。

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2011年7月 9日 (土)

この頃詠みし歌

くだらない番組流すテレビこそ節電の対象となるべしと思ふ

五臓六腑煮えくりかへる思ひする朝日新聞の社説を読めば

国の爲命捧げしますらをの墓を濡らせる初夏の雨かな(無名烈士墓前法要)

雨上がり緑滴る青山の墓地を飛びゐる喋喋二匹()

降り続く雨を厭はしく思ふなり水は大切なものにしあれど

實朝の歌思ひ出す此の日頃 雨雲仰ぎて溜息をつく

大日本は神國なりとの大宣言 幾たびも読みて心励ます

輝やかに太陽は天に昇り来ぬ今日のひと日の幸多くあれ

シャワー浴び汗流しゐる時にしも郵便局員がチャイムを鳴らす

びしょびしょの体のままに玄関で荷物受け取ることのせはしさ

蝋燭を灯して真向ふ観音像尊き慈顔に手を合はせたり

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千駄木庵日乗七月八日

午前は、母のお世話。

午後は、『政治文化情報』の原稿執筆。

この後、病院に赴き、父に付き添う。

帰宅後も、原稿執筆。

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2011年7月 8日 (金)

この頃詠みし歌

サッカーボールを知事に投げつけ喜べる国務大臣は許しがたしも

「部落解放の父」の孫といふ政治家が権力悪をまざまざと示す

政治家の資質はここまで堕ちたるかと思ひつつ見る辞職大臣の顔

横柄な口をききたる大臣が「卑にあらず」とのたまひ職を辞したり

ペテン師と宇宙人が宰相を務めたる我が国はまさに万邦無比か

煙草吸ふことが犯罪の如くにてベランダに出て吸ふほかはなし

萎れたるあじさいの花が路地端に残るを見つつ歩みゆくなり

夜の街ますます暗くなりにけり人の心は明るくあるべし

父上は我が来たるを喜びて明日も来るかと問ひたまふなり

故郷を遠く離れて東京の病室に父は一人苦しむ

再びは父と共にぞ阿波の国を訪ねたき思ひに胸張り裂ける

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千駄木庵日乗七月七日

午前は、母のお世話。

午後は、『政治文化情報』の原稿執筆。

この後、病院に赴き、父に付き添う。

帰宅後も、原稿執筆。

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2011年7月 7日 (木)

日本人の死生観

日本人は、肉体は滅びても、生命は永遠といふ信仰を持ってゐる。生の世界と死の世界は絶対的に隔絶してゐない。人が死んでも、その魂をこの世に呼び戻すことができると信じてゐる。

「七生まで唯同じ人間に生れる」とは、よみがへりの思想である。黄泉の国(あの世)に行かれた伊邪那美命の所を訪問しこの世に帰って来られた伊邪那岐命は「よみがへられた」のである。『萬葉集』では、「よみがへり」といふ言葉に「死還生」といふ字をあててゐる。「黄泉の国から帰る」から「よみがへり」なのである。

日本人が死者は必ずよみがへると信じたといふことは、日本人にとって絶対的な死は無いといふことである。人は永遠に生き通すと信じたのである。「七度生きる」とはさういふことである。

死後の世界は、まだ行ったこともなく見たこともないが、やがては必ず行くことになる「他界」である。従って人が死んだことを「他界した」といふ。それは平安時代の歌人・在原業平が「つひにゆく道とはかねて聞きしかど昨日今日とは思はざりしを」(最後には行かなくてはならない死出の旅路だとは思っていたが、それが昨日今日と差し迫ってゐるとは思いなかった、といふほどの意)と詠んでゐる通りである。

そして死んだ人は草葉の蔭から生きてゐる人を見守ったり祟ったりするのである。といふことは、死後の世界と現世は遮断していないで交流し連動してゐるといふことである。

 日本人は基本的に、人間は肉体は死んでも魂はあの世で生き続けるといふ信仰を持ってゐるのである

本来日本人は、「死ぬ」と言はず「身罷る」「逝く」「神去る」「隠れる」と言った。肉体は滅びても生命・霊魂は生き続けるといふ信仰に基づくことはである。今でも、丁寧な言い方をする時には「死んだ」とか「死ぬ」と言はない。「亡きがら」「遺体」とは言っても「死体」とは言はない。

日本人は、古来、霊魂が遊離して肉体は滅びても人間が無に帰するといふことは無いと信じているのである。

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千駄木庵日乗七月六日

午前は、母のお世話。

午後は、『政治文化情報』の原稿執筆。

夕刻、西小岩の月光殿で執行された『樺山卓司氏通夜祭』に赴き、冥福を祈る。樺山氏は、学生時代の同志友人で、共に民族派学生運動を行った。日本大学卒業、葛飾区議・東京都議を長年務められたが、七月一日六十三歳で逝去された。まことに残念なことであった。色々書きたいことはあるが、今はご冥福を祈るのみである。同年代の方しかも元気だった方が幽明境を異にされるのはまことにつらい。

午後七時より、永田町の自由民主党本部にて、『修学院政経セミナー』開催。安倍晋三元総理が「戦後レジュームからの脱却」と題して講演。質疑応答。久保田信之院長が挨拶して終了。講演内容は後日報告します。

帰宅後も、原稿執筆。

      

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2011年7月 6日 (水)

松本龍氏の辞任について

松本龍氏は、辞任の記者会見で自分のことを「粗にして野だが卑ではない」との言葉を残した果たしてそうか。粗とは粗末・ぞんざい・荒い、という意味。野とは野蛮・自然のまま・飾り気がない、という意味。卑とは卑しい・下劣、という意味である。

国務大臣は認証官であり、天皇陛下の臣下である。その自覚が大切である。したがって、下劣であったり卑しくあってはならないのは勿論だが、粗末でも困るし、野蛮でも困るのである。

松本龍氏は「粗にして野である」と自認している。山口喜久一郎という人が、何かの問題で衆院議長辞任した時、『やはり野に置け蓮華草』と言った。自分は議長になるべきではなかったという意味であろう。

松本氏もまた『やはり野に置け蓮華草』だったのかもしれない。

それにしても部落解放同盟は「天皇制反対」のスローガンは下ろすべきだ。一君万民の日本國體を明らかにしてこそ。差別はなくなるのである。

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千駄木庵日乗七月五日

午前は、母のお世話。

午後は、『伝統と革新』編集の仕事など。

この後、病院に赴き、父に付き添う。

帰宅後は、『政治文化情報』の原稿執筆。

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2011年7月 5日 (火)

松本龍は国務大臣を即刻辞任すべきだ

どうしてこうも民主党の政治家は質が悪いのだろうか。松本龍は、即刻辞任すべきだ。一体自分を何様だと思っているのか。部落解放同盟副委員長が、差別的言辞を弄するとは何事か。こういう人物を重要閣僚に起用した菅直人の責任も大きい。

そもそも部落解放同盟は、「天皇制反対」を主張している組織である。一君万民の日本國體を否定しているのだ。その組織の最高幹部=副委員長が、天皇陛下の「大臣」となっていること自体間違っている。

民主党政権は、「宇宙人」から「ぺてん師」と言われた人が総理大臣なのだから、どうしようもない。

民主党政権は一刻も早く打倒すべきである。

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千駄木庵日乗七月四日

午前は、母のお世話。

午後は、『政治文化情報』の原稿執筆。

この後、病院に赴き、父に付き添う。看護師にもいろいろな人がいる。今日の看護師は不愉快極まりない。何処かの国務大臣のように叱りつけたくなったが、父のことを考えるとそうもいかない。患者とその家族は、病院に対して弱者である。しかし私の性格からして我慢が出来なくなるおそれあり。

帰宅後は、『月刊日本』連載中の『萬葉集』講義の原稿執筆など。

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2011年7月 4日 (月)

台湾が共産支那に併呑されることを防がなければならない

今朝、台湾問題の専門家の同志と電話で話した。李登輝氏起訴については、台湾国内では、来年の総統選に勝ちたい馬英九による嫌がらせという意見が多いという。むしろ、馬英九を批判し、李登輝氏を擁護する人が多いという。

李登輝氏は、公金を流用して私腹を肥やしたわけではない。かつての部下たちのしたことは、総統経験者が、国のために活動する態勢を築いたにすぎない。無理矢理「公金流用」の罪を着せようとしているのだと思う。韓国で言われる『権力型不正蓄財』では決してない。

韓国では、大統領経験者が辞職後、汚職などで起訴されたり、逮捕されるのが恒例化している。台湾も似たような国になったのである。

馬英九の後ろには、共産支那がいるというのは今度のことでますます明らかになったのではないか。台湾における与野党の戦いは、単なる政策の違いとか、権力や利権争奪の争いではない。台湾人と支那人の戦いという面がある。李登輝氏の言った外来植民地政権およびそれに追随する人たちと、台湾の独立を目指す台湾人との熾烈な戦いなのである。

台湾が親日国家から親支那国家=反日国家になるのを何としても防がなければならない。否、親支那国家になるなどという生易しいことではない。台湾が共産支那に併呑されることを防がなければならないのである。

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千駄木庵日乗七月三日

午前は、母のお世話。

午後は、技術者が来宅し、不具合が発生したパソコンのメンテナンス。年に一回くらいこういうことが起こる。パソコンは、文字通り「文明の利器」であるが、故障すると仕事にならない。原発問題と似ている。何とか正常な状態に戻ったが、そろそろ買い替えの時期だとのこと。

夜は、『伝統と革新』編集の仕事など。

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2011年7月 3日 (日)

李登輝氏起訴について

台湾最高検による李登輝氏起訴は、来年一月の総統選を有利にするための政治的陰謀を見るべきと思う。国民党独裁体制時代に戻る危険が高い。否戻りつつあるのだ。しかも、蒋介石・経国父子時代の国民党は反共だが、今の国民党は容共である。

李登輝氏の権威を貶めるということは、台湾親日勢力に対する打撃となる。きわめて憂慮すべき事態である。国民党独裁体制における権力者による国家の私物化・権力乱用による不正蓄財は全く追及されず、八十八歳の台湾独立を目指す親日政治家を罪に陥れ、獄に送り込もうという馬英九政権の策謀に戦慄を覚える。

支那権力者は権力維持のためなら手段を選ばない。そのことがいよいよ明らかになった。台湾の支那化がいっそう進み、中華帝国主義の支配下にはいることを恐れる。

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千駄木庵日乗七月二日

午前は、母のお世話。

午後は、パソコンの調整。

この後、病院に赴き、父に付き添う。

帰宅後は、資料の整理など。

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2011年7月 2日 (土)

李登輝氏起訴に思う

李登輝氏が起訴された。馬英九の画策。チャンコロのやりそうなことだ。汚い。私は、李登輝氏を支持する。

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お知らせ

パソコンの具合が悪いうえに、小生の操作ミスも重なり、更新ができない状態が三日間続きました。ご了承くださいませ。

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