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2011年6月11日 (土)

「民主」という美辞麗句について

「民主」という言葉ほど怪しげな言葉はない。戦後日本そして現代日本の荒廃の原因は、道義心・倫理観の低下にある。「民主的」「個人の尊厳」という言葉も字面としては正しい。しかし、戦後日本においてそれは「自分の権利や欲望さえ満たされれば他人や国家はどうなってもいい」という誤れる思想と同意義になっている。根本に、神仏に祈る心、国を愛する心、皇室を敬う心、家族を大切にする心、道義心・伝統を尊重する精神があってこそ、「人としての尊厳」が正しく実現するのである。

民主とは「民が主になること」などと単純に考えるのは大きな間違いである。「民主」とか「民主主義」とは一体具体的にはどういう事なのか明確ではない。中華人民共和国=共産支那、朝鮮民主主義人民共和国=北朝鮮などを見れば明らかなように、麗々しく国名に「人民」とか「民主」とかを冠している国において専制的な独裁政治が行われている。

独裁専制政治が行われていた共産圏諸国において「民主」とか「人民」という言葉がよく使われる。独裁専制政治・一党支配を「人民民主主義」だとか「民主集中制」などと言い換えていたのである。

わが国内においても共産党一党独裁専制政治を目指す日本共産党が、「民主青年同盟」「民主商工会」「民主医療機関連合会」など「民主」という言葉を多く用いている。美辞麗句や奇麗事を声高にいう国や法律や政党ほど危険なものはない。『現行占領憲法』および『教育基本法』の「前文」は美辞麗句の典型である。この二つの法律が、祖国を荒廃させ亡国に導いている。

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