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2011年6月 4日 (土)

ペテン師と恥知らずの喧嘩は醜い

前総理からペテン師呼ばわりされている人が現職総理ではどうしようもない。民主党は政党の体をなしていないし、菅政権は統治能力の喪失している。もっとも鳩山氏も、「総理を辞めた後、影響力を行使すべきではない。私は議員を辞める」と言っていたのに、前言を翻した。こういう人を恥知らずという。

政治の根底には、それを支える正しき道義観念・哲學が必要である。しかし、わが國は、戦後日本のいわゆる民主化が進行する過程において、伝統的権威や慣習に制約されることが少なくなった。それだけに、一層自己を統制することが必要であった。しかし、今日の日本の政治家の多くは道義観・倫理観が希薄になった。

戦前の日本には、正しき信仰精神があった。しかし戦争に敗北したことにより、それらは全て「軍國主義」「封建道徳」の名を着せられて排撃されてしまった。そしてわが國は道義観なき「自由と民主主義」「個人の尊重」が声高に叫ばれて来たのである。そして今日の体たらくとなっている。菅も鳩山も小沢も戦争後の「民主教育」という名の「日本弱体化教育」を受けた世代である。

わが國には「恥を知る」という倫理観がある。「日本文化は名と恥の文化である」と言われるほどに、わが國民は恥をかくことを嫌うし、名がすたること忌み嫌ってきた。恥をかかさせることに何よりも怒りを覚える國民であったし、恥ずべきことはしないことを何よりも重んじてきた國民である。

 

ところが、今日の若者は浮浪者でも乞食でもないのに平気で地べたに座り込んで話をしたりものを食べている。こういう若者たちを<恥知らず>というのである。若者だけではない。政界・官界・財界のエリートたちも<恥知らず>が多くなってきている。だからわが國近年の外交は屈辱外交を繰り返しているのである。

わが國のすぐれた伝統精神・倫理観念・國家観を回復することが緊急の課題である。混迷の淵にある祖國日本を起死回生せしめるには、戦後民主主義を反省し、わが國の伝統的な道義精神を回復せしめなければならない。それが文字通り専制と隷従、圧迫と偏狭を永遠に除去し、わが國國民が真の平和と自由を獲得する道である。

ともかくぺてん師が総理大臣をやり、恥知らずが前総理として政治力を行使しては困るのである。

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