« 千駄木庵日乗六月九日 | トップページ | 千駄木庵日乗六月十日 »

2011年6月10日 (金)

大東亜戦争開戦七十年に思う

今年は大東亜戦争開戦七十周年の年である。あまり論じられることがないのが不思議である。大震災が起きたためであろうか。わが国は、核の軍事利用においても長崎と広島に原爆を落とされるという大きな惨禍を被った。そして今年は、核の平和利用においても原発の大事故という惨禍を被った。

だからこそ、アメリカ・旧ソ連・イギリスと戦った大東亜戦争についてあらためて考えなければならないと思う。私は、あの戦争の歴史を考えるとき「鬼畜米英」という言葉は決して大げさではなかったと思っている。また、旧ソ連そして現在のロシアの侵略体質・火事場泥棒体質は許し難いと思う。

わが国は何故米英に宣戦を布告したのか。それは米英本国に日本が攻め入り、彼の国を占領支配せんとしたためではない。米英が百年来、東亜諸国諸民族を侵略支配している状況を掃攘するために宣戦を布告したである。即ち、明治維新の攘夷の戦いをアジア的規模で遂行せんとしたのである。

日露戦争の勝利は、米英をはじめとした西欧列・白色人種に虐げられていたアジア・アフリカなどの有色人種に大きな希望をもたらした。アジアの中でよく独立を維持しさらに近代化を遂げ、発展した唯一の国である日本は、欧米列強の植民地支配からアジア諸国諸民族を守る大きな盾となったのである。

旧ソ連(ロシア)はそれを恨みに思い、終戦直前に日本に対して侵略を開始し、南樺太全千島を奪い、多くの無辜の日本人をロシアに連行し殺戮したのである。

開戦七十年を期して、大東亜戦争について日本国民全体が正しき理解をすることが大切である。自虐史観・東京裁判史観の脱却がなされなければならない。

|

« 千駄木庵日乗六月九日 | トップページ | 千駄木庵日乗六月十日 »

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/121949/51902185

この記事へのトラックバック一覧です: 大東亜戦争開戦七十年に思う:

« 千駄木庵日乗六月九日 | トップページ | 千駄木庵日乗六月十日 »