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2011年6月 1日 (水)

「国旗国歌訴訟」の最高裁判決について

最高裁が三十日に言い渡した「国旗国歌訴訟」の上告審判決には、次のように書かれている。

「起立斉唱はその性質上、元教諭の歴史観や世界観を否定することと不可欠に結び付くとはいえず、起立斉唱を求める職務命令は、歴史観や世界観自体を否定するとはいえない。

 客観的に見ても、特定の思想を持つことを強制したり、これに反する思想を持つことを禁止したりするものではなく、特定の思想の有無について告白することを強要するともいえない。

 起立斉唱の職務命令は、個人の思想、良心の自由を直ちに制約するとは認められない。」

極めて常識的な判決である。公教育の場で、自国の国歌を斉唱し、国旗を掲揚することに異議を唱え、さらにそれを拒否し、妨害する行為が、教職員によって行われてきた国は、日本以外にはないのではないか。少なくとも、私は聞いたことがない。日本は異常な國なのだ。

個人として、「国旗」「国歌」を受け入れ難いという思想を持つことは自由であろう。しかし、公教育・義務教育の場で、国歌を斉唱し、国旗を掲揚することは、当然のことである。それに対して、「憲法違反だから慰謝料を払え」などと訴訟を起こすことは異常である。こういう異常な人間の異常な行動を否定した最高裁判決は正しい。

公教育の場で、国民としての最低限の良識・規範を守らせることが「強制」であるはずがない。教育の一環である。このような訴訟は、「漢字を強制的に覚えさせた」「掛け算の九九を強制的に覚えさせた」として訴訟を起こし、慰謝料を請求するのと同じ行為であり、まさに常軌を逸しているのだ。馬鹿につける薬はない。また、この判決を批判する「朝日新聞」や日弁連も常軌を逸している。

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