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2011年5月 5日 (木)

日本人にとって自然とは

日本人にとって自然とは、対立するものでも、征服するものでも、造り替えるものでもなかった。自然を神々として拝ろがみ、自然に随順し、自然の中に抱かれて生活してきた。自然の摂理に歯向かう時、人間は自然の報復を受けるということを体験的に知っていた。報復と言って悪ければ、摂理に逆らうことによって害を受けることを知っていた。日本人は古来、自然を畏敬し、順応しつつ生きて来た。

原子力開発が「自然の摂理」に歯向かうものであるかどうかは、私には分らない。しかし、日本人のみならず現代の人類は、自然を破壊し自然の摂理に逆って、文明の進歩発展・経済発展の道をひたすら突っ走ってきたことは確かである。

菅原道真は

このたびは 幣もとりあへず 手向山 紅葉の錦 神のまにまに

と詠んだ。

伴林光平は

度會の 宮路に立てる 五百枝杉 かげ踏むほどは 神代なりけり

と詠んだ。

藤原俊成は

雪降れば 嶺の真榊 うづもれて 月に磨ける 天の香具山

と詠んだ。

こうした自然神秘思想を回復することが今最も大切なのであろう。

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