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2011年5月23日 (月)

荒谷卓氏の講演記録

五月十日に行われた「國體政治研究会」における荒谷卓氏(明治神宮武道場至誠館館長・元一等陸佐)の「大日本は神国、そして武国なり」と題する講演を報告する。

「日本の武士道の根源は天津日嗣。『神皇正統記』には『大日本は神国なり』とある。大国隆正は『日本国は武の国なり』と言った。神武天皇といふ諡号は『神』と『武』との御聖徳を戴いておられる。伊邪那岐・伊邪那美二神は、天津神より天沼矛(あめのぬぼこ)という武器をいただいて国を固められた。須佐之男命が高天原に御挨拶に行かれると、天照大御神は武装された。和魂と荒魂は別のものではない。文武両道という狭義のものではなく、神武として一つになっている。國譲りの時、建御雷神は建御名方神をただ力で制圧したのではない。武威をあらわし、大義を示し、和平のあり様を提示し、国譲りを成立させた。建御名方神は諏訪の地にお社が建てられて祭られた。

武力を防衛力、軍隊を自衛隊と称していることに違和感がある。ある時は攻撃することが必要。防衛と攻撃の両方の力がなければならない。名は体を表す。神武天皇の御東征においては、途中極めて厳しい戦になったが、天照大御神の命により建御雷神が、神武天皇に献じた国譲りの時に使った韴霊(ふつのみたま)という号の御刀を手にした途端、神武天皇の軍は生気を取り戻した。長髄彦等の敵に対しては凄まじいばかりの力でやっつけてしまう。奇襲戦法をも使われる。御刀は知恵と勇気の象徴。国民に対する慈愛の心と長髄彦等征伐の荒ぶる心は、環境に応じて発現する。

『神武天皇橿原奠都の詔』に『大人制を立てて、義必ず時に隨ふ、苟くも民に利有らば、何ぞし聖の造に妨はむ』と示されている。制度は時々によって変化する。国民の幸福が大切。法と制度がこうなっているのだから、国民が苦しんでも仕方がないというのは間違っている。

『イツ』は力を表に発揚する状態。『イヅ』は内に対して発揚する。日本武道は臍下丹田を大事にする。体の中心の力をしぼり込む。丹田に力を蓄えてその力を外に張り出す。まず力を中心に集め、それを発揚する。これが日本独特の発想。大東亜戦争が劣勢でも、あれだけの戦いが出来たのは『イツ』の力のおかげ。体格・腕力を超えた神妙なる力。『イツ』(外に出る力)には正邪はない。『イヅ』(中に入る力、中心に立ち戻る力)には正邪の源がある。中心にいったん引き戻って発揚する力は『スメミマ』の武力。臣下の武は中核に何を据えるかで力の性格が決する。『イツ』元に『イヅ』の御霊がある。武道とはみそぎはらひ。

貞観十一年十月十三日の『陸奥の國震災賑恤の詔』に『陸奥の國境は、地震尤も甚しく、或は海水暴に溢れて、患を爲し、或は城宇頻りに壓れて殃を致すと。百姓何の辜ありてか、斯の禍毒に罹れる。憮然として媿ぢ懼る。責深く予に在り。』と示されている。与謝野馨は『想定外で自分には罪はない』と言うのか。

私財を守るために実力集団が出来た。これが武家の元になる。『私の武家集団』が反乱を起こす。これを征伐した源氏・平氏が武家の棟梁となった。自発的に『まつろはざるもの』を討つ。『棟梁への忠』が『天皇への忠』になった。勤皇精神の篤い人が武家の棟梁であったなら、朝廷への不遜はない。北条時宗の時代が過ぎると、朝廷への誠忠がなくなってしまう。武家だけの『忠』が蔓延る。朝廷への忠が薄くなり、世の中が混乱。楠氏・菊池氏が、天皇への忠を捧げた。

足利時代は惨憺たるもの。下克上の時代になる。世が乱れると、世を一つにまとめる力が出て来る。優れた武将が出て来る。織田信長は刮目すべき武将。敬神尊皇の志が高い。伊勢御遷宮の復活に貢献したのは、信長とその父信秀。御所の復旧に私財を捧げた。正親町天皇・後陽成天皇の御代に朝廷の権威が復活。正親町天皇は『うづもれし道もたゞしき折にあひて玉の光の世にくもりなき』という御製を詠まれた。

徳川の代は、総じて足利的。朝廷を金縛りにして権威を徳川に引き寄せた。徳川幕府への忠誠心を育成。猛々しさや勤皇武士道は無くなった。大伴氏の誠忠・勤皇の精神が下々に降りてきて、各藩の下級武士が朝廷への誠忠を継承実践。明治の御代に、一兵士が皇軍兵士としてお勤めできるようになった。

日本の大義を実践で示して、世界の大国の地位を得ることができる。軍事力・経済力が何番目などということは意味がない。世界はどうあるべきかの大構想を持ち、それを実践する力を持つべし。『神武建国の大理念』が大戦略。

東北大地震で発現した『我が身を顧みずに他人を助ける』という精神を国力に変えるべし。国民として決断する勇気の欠如、持っている能力を使おうとしないところに最大の問題がある。大震災前のつまらぬ世に戻すのではなく、本来の日本に戻すべし。」と語った。

       ○

以上はあくまでも、小生のメモによる記述でして、実際に

は、武道・神道・軍事について専門的な事柄が語られましたが、間違ったことを記してはいけませんので割愛させていただきました。御容赦下さいませ。

荒谷氏は、純粋なる「日本の武の精神」「もののふのこころ」を継承されている方であると実感した。しかもいわゆる机上の空論ではなく、自衛官としてさらに明治神宮武道館の館長として日々実践されているところに尊さがある。

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