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2011年5月24日 (火)

敬神崇祖は日本傳統信仰の基本

今日、菩提寺で行われた「施餓鬼法要」とは、先祖の御霊を供養する「法会」である。弘法大師・空海によって日本に伝えられたという。

死後の世界は、まだ行ったこともなく見たこともないが、やがては必ず行くことになる「他界」である。それは平安時代の歌人・在原業平が「つひにゆく道とはかねて聞きしかど昨日今日とは思はざりしを」(最後には行かなくてはならない死出の旅路だとは思っていたが、それが昨日今日と差し迫っているとは思わなかった、というほどの意)と詠んでいる通りである。

そして死んだ人は草葉の蔭から生きている人を見守ったり祟ったりするのである。ということは、死後の世界と現世は遮断していないで交流し連動しているということである。それは『古事記』に記されている伊耶那岐命と伊耶那美命の黄泉国(よみのくに) の神話を拝すれば明らかである。

日本人は基本的に、人間の肉体は滅びても魂はあの世で生き続けるという信仰を持っている。死後の世界は、次第に理想化・光明化されていき、神々の住みたもう世界と信じられるようになった。

今日行われた「施餓鬼法要」、春秋二回のお彼岸、そしてお盆仏教行事であるが、日本人の他界信仰・祖霊信仰から生まれた行事なのである。

他界に生きている死者の靈を祭り報恩感謝の誠を捧げると共に、現世に生きる者たちを護りたまえと祈ることがわが傳統信仰として今日まで生き続けているのである。こうした日本民族の傳統的死生觀から、「よみがえりの信仰・七生報國の志」が生まれてきた。また、仏教の輪廻転生思想受容の下地にもなった。

祖靈・死者の魂をお祭りすることは、日本民族の傳統信仰の基本であり、道義心・倫理觀の根幹である。わが國民は、鎮守の神を敬い、亡くなった祖先の御靈を崇め、その御加護を祈ってきた。これが我々日本民族の生活の土台である。

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