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2011年5月20日 (金)

「朝日新聞」の皇室報道を糺す

先日取り上げた『朝日新聞』五月十六日号の「皇室と震災」と題する「社説」で、天皇皇后両陛下に対し奉り敬語が全くと言っていいほど使われていない。「訪問した」「足を運ぶなどして」「励ましている」「声をかける」「手を添える」「そのスタイルを貫いてきた」「電気のブレーカーを落とした」といった具合である。また同紙五月十二日号の「両陛下、福島訪問」という記事でも、「福島を訪れた」「小学校を訪問した」「避難してきた人たちを見舞った」というように、敬語が全く使われていない。

石破茂衆院議員の平成二十一年十一月十三日の「ブログ」には次のように書かれている。「以前からとても気になっているのですが、テレビや新聞などのメディアが両陛下をはじめとする皇室についての報道をする際の敬語の使い方はどこかおかしくないでしょうか。たとえば本日朝刊のいくつかの新聞記事では、『天皇陛下は・・・と述べた』『・・・と心情を示した』『・・・お祝いに応えた』『・・・とあいさつした』などという表現が使われていますが、どうにも違和感をおぼえざるを得ません。せめて『述べられた』『示された』『お応えになった』『あいさつされた』と表現すべきものではないかと思うのです」。

神道政治連盟平成十一年六月十日発行の「敬語が消えていく これでいいのか皇室報道」には次の様に論じられている。

「象徴たる天皇に対して、各種の報道機関が一切敬語を使わなくなったら、わが国は一体どうなっていくでしょうか。…心理的にも皇室に対する敬意が次第に薄れていくことが危惧されます。それは結局のところ、皇室を一般人と変わらぬ存在へと解消していこうとするごく一部の人々のたくらみに、われわれが手を貸すことになっていくのです。このまま放置すれば皇室は尊厳性を喪失し、やがては、天皇の象徴としての権威も無化されて国民統合の働きを失い、日本が日本でなくなっていってしまうのです。これまでにわれわれの祖先が永永と築いてきた世界に誇るべき二千年来の歴史伝統と文化そのものが、根底から破壊されていってしまうことになるのです」。

『朝日新聞』は、「皇室を一般人と変わらぬ存在へと解消していこうとするごく一部の人々のたくらみ」の先頭に立ち、「皇室の尊厳性の喪失」「天皇の象徴としての権威も無化」を狙っているのである。そして、「れわれの祖先が永永と築いてきた世界に誇るべき二千年来の歴史伝統と文化そのもの」を根底から破壊せんとしているのである。

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