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2011年5月12日 (木)

「からごころ」と「現行憲法」

「どの民族にも、その民族にとってもっともふさはしい自然な心のはたらかせ方がある筈だ──このことが、この一条(『玉かつま』の「からごゝろ」という一条)を貫く宣長の基本的考へであり、この一条のすべての言葉は、この基本の考へ方から発せられてゐると言ってよい」「元来が『これは人類普遍の原理である』といふ言ひ方は、或る一つの文化が他の文化に、自分たちのものの見方を押しつけようとするときの決まり文句であるが、それを日本人は疑はぬばかりか、自らの言葉として繰り返してゐる。これこそが『漢意』といふ名の文化的倒錯の構造である、と宣長は見抜いてゐるのである。」「漢意は単純な外国崇拝ではない。それを特徴づけてゐるのは、自分が知らず知らずの家に外国崇拝に陥ってゐるといふ事実に、頑として気付かうとしない、その盲目ぶりである」。

これは、長谷川三千子さんの『からごころ』という本にある文章である。戦後日本は、アメリカから押し付けられた「憲法三原理」を「人類普遍の原理」なるものを有難く押し戴いてきた。これを根本的に反省しなければならない。日本人には日本人の「心のはたらかせ方」があるのである。これを回復しなければならない。それは排他独善ということではない。日本人にとってどんな考え方がまともなのか、日本の国柄に合致しているのかを考え、日本人らしさというものを正しく自覚することである。『現行占領憲法』の三原理の一つである国民主権論はまさに日本の國の国柄に合わない思想である。

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