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2011年5月21日 (土)

「萬葉集」と國體精神の回復

今日の日本は、「グローバリゼーションの時代」などといはれ、日本民族の主體性・誇りを喪失しつつある。わが國は日本喪失の精神状況から脱出して、日本民族の誇りと矜持を取り戻さねばならない。

『萬葉集』が「記紀・萬葉」と並び称される所以は、古事記・日本書紀と並んでわが國の「古典」だからである。ここにいふ「古典」とは長年月にわたる批判に耐へて傳へられ現代でも文化的価値の高い内容の書物」といふ意味だけの「古典」ではなく、「天皇國日本の中核的な傳統精神」即ち日本國體精神をうたひあげた歌集といふ意味の「古典」である。

『萬葉集』は、決して平和安穏の世の文藝ではない。内憂外患交々来るといった國難状況の時に生まれた歌集である。今日の日本も萬葉時代と同じやうにわが國には朝鮮半島及び支那大陸からの外患が迫って来てゐる。精神的・経済的・政治的・軍事的苦悩を強いられてゐる現代においてこそ、勤皇の精神・國體精神の回帰と復興が大事である。

日本國民の草莽の心としての思想・精神とりわけ國體観念は、和歌によって表白せられ傳承されて来た。幕末維新期の志士の歌などを見てもそれは明白である。これを「意識した草莽の精神」と言ふ。

元寇・明治維新・大東亜戦争など、我が國は國家的危機の時に、國民的な尊皇愛國の精神が燃え上がる。そしてそれと一體ものとして「まごころを歌ひあげる言の葉」即ち和歌が勃興する。それが『萬葉集』であり、幕末維新の志士の歌であり、大東亜戦争で散華した英靈たちの歌である。   

『萬葉集』に歌はれた國體精神の回復によって現代の危機を乗り越えなければならない。混迷の極にある現代においてこそ『萬葉集』の精神に回帰し、國體精神を勃興せしめるべきである。

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