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2011年4月 3日 (日)

「アジア問題懇話会」における奥野誠亮元法相の話

「アジア問題懇話会」において、奥野誠亮元法相は次のように語った。

             ○

『律令国家体制の始まりは奈良県。都城国家は藤原京から始まった。そして平城京に遷った。昨年、平城京千三百年祭を行った。平城京復元に努力している。私は、「これを機会に日本の国を内外にアピールすべし」と主張した。

推古天皇十五年に小野妹子が国書を持って中国に派遣された。推古天皇から隋皇帝に宛てた国書に「日出處天子致書日沒處天子無恙云云」(日出ずる処の天子、書を日没する処の天子に致す。恙無しや、云々。)と書かれていた。日本は、世界の文化を吸収した。「日本書紀」「萬葉集」が編纂された。「宮中歌会始」など和歌の伝統は今日に至るまで継承されている。東大寺も創建された。当時の日本人の心は進歩的であった。今のようにみみっちい日本ではなく、気宇壮大であった。そうした日本をアピールするために平城京千三百年祭を行った。

今の総理は、国旗・国歌法制化に反対した。民主党政権で対米関係が変になった。チェルノブイリでもスリーマイルでも事故が起きた時、関係者は逃げた。日本は、関係者はとどまって命懸けで努力している。もし、亡くなった方が出たら靖国神社に祀るべきである。災い転じて福とすべし。』

          ○

飛鳥・奈良時代の日本に回帰するべきである。グローバル化の大波、壬申の乱、白村江の戦いという内憂外患に打ち勝ち、「大化改新」を断行し、日出づる國の誇りを持って、東方の君子国として飛躍発展し、長い平和と発展と繁栄を基を築いたのが飛鳥奈良時代である。この時代の国民精神は日本最大にして最古の歌集『萬葉集』に歌われている。

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