« 千駄木庵日乗四月十三日 | トップページ | 千駄木庵日乗四月十四日 »

2011年4月14日 (木)

永井荷風の文明批評

永井荷風の文明批評は、今もその輝きを失ってゐない。荷風の文章を引用したい。

「丸善明治屋三越白木屋などクリスマスの窓飾を壮麗にす子女またクリスマスとて互に物を贈りて賀すといふ近年人心夷狄の祭祀を重んじ我邦在來の豊かにめでたき行事を忘るゝことを歎ずべしといふ者あり。」(『毎月見聞録」大正五年十二月二十四日)

「若し直に國辱の何たるかを問はば獨り對外交渉のみに止まらず現代の世態人情悉く國辱となすに足る…試みに停車場に入りて掲示を見よ。蟇口を開いて貨幣を見よ。皆外國の文字あり。此の如きは欧米何處の國に至るも決して見る事能はざるものなり。…全國停車場掲示の英語は屡々人をして神國六十餘州宛ら英米の植民地たるの思ひあらしむ。そもそも異郷人の異國に遊ばむとするや先づその國の言語を習得するの用意なかるべからず。外客の便不便は元来その國人の深く問ふべき處にあらず。」(『麻布寿襍記』・大正十三年)

そして、大正八年八月には、「地震は安政以來久しく東都の地を襲はぬけれど、浅間しき末世の有様は、何かにつけて古來の迷信を回想せしめる便宜となり易い。」(『厠の窓』)と書いてゐる。関東大震災が起こったのは、荷風がこの文章を書いた五年後の大正十二年九月一日であった。

荷風が憤り憂へたことは今日の日本に於いてますますひどくなってゐる。そして混迷せる現代に於いて天変地異を予測する人は多かった。被災者のことを思へばそんなことは言ふべきではないし、迷信邪教と言ってしまへばそれまでだが、反省の資とすることはあるいは必要かもしれない。

|

« 千駄木庵日乗四月十三日 | トップページ | 千駄木庵日乗四月十四日 »

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/121949/51382337

この記事へのトラックバック一覧です: 永井荷風の文明批評:

« 千駄木庵日乗四月十三日 | トップページ | 千駄木庵日乗四月十四日 »